ⅩⅣ
■十四.
青鎧の九度軍は強かった。九たび襲撃してくるという名のとおり、彼らが決めた目的を遂げる為には何度でも襲ってくるつもりのようだった。
九度軍は毒蜂のように襲来しては限られた護衛しかいないアフロディテの兵力を削いでいった。彼らはアフロディテが海の孤島から脱出したことを重くみており、彼らの面子にかけても逃げ出したアフロディテをもう一度捕まえるつもりであることを隠さなかった。そこには最初の依頼主の指示などすでになく、あるのは彼ら独特の掟による、面子を潰した帝国の女への報復心だけが燃え立っていた。
九度軍は異常なほど執念深く、獲物への執着には人の心を超えた獣のような獰猛さをみせていた。
何よりも気が沈むのは、青鎧たちが時折一斉にたてる叫び声だった。それは勇壮なものではなかった。地底の底の鬼の吼え声のような、呻き声のような、彼らに捕らえられた者たちの断末魔をなぞるかのような酷い声をあげるのだ。こちらの士気を下げる目的でやっているのだとは分かっていても、拷問にかけられた者の悲鳴のような寄声が耳を震わすたびに気が塞いで陰気になった。
青い鎧に赤い旗を掲げた九度軍は気味の悪い蠍のようだった。本物の砂漠の蠍のように猛毒をもち、夜空に浮かぶ巨大な蠍座のように威圧感をもって覆いかぶさり、集結しては分散し、縦横無尽に陣形を組み替えては群がる虻のように何度も激しくアフロディテたちに襲い掛かってきた。
「背後を絶たれた」
「伊達将軍さまの領土にも行けない、巣環国に戻ることも出来なくなった」
ウィトルウィウス卿の城から出たアフロディテと近衛隊は森を抜けて帝国領を目指したが、国境沿いに網を張って待ち構えていた九度軍に補足されてしまい、荒野の外れに追い込まれていた。
戦闘を想定していなかったアフロディテたちは数が限られていた。軍備も不足だった。常ならば鮮やかに先陣を切っている彼らは、このような摺りつぶされる一方の防衛戦にはまったく慣れていなかった。
霧のような小雨が荒野を泥地に変えていた。早朝の空には薄い色の虹が遠くに出ていたが誰もそれを見る余裕などなかった。
追い込まれていることは理解していたが、九度軍の攻め手に絡めとられているうちに、じりじりと荒れ野の一点に第七軍は追い詰められていた。
「降伏せよ」
時々翻弄するかのように九度軍の騎馬が駈けて来ては皇軍兵士をなぎ倒して過ぎて行った。兵は踏み潰されるばかりだった。兵の数も武装も何もかもが足りなかった。
兵士たちはアフロディテの命令で固まることなく散っていたが、どんなに「固まるな、分散せよ」と云われても、次第に恐怖に縮こまるようにして、近くの兵士同士が寄り集まり、狙われやすくなっていた。
斃れた兵士の数が増えてきた。矢が飛んできても、持ち上げる盾もなければ身を隠す岩もない。地に丸まって転がり、死体の裏に隠れるしかなかった。
雨がやみ、明け方の風が吹く中、明るくなってきた視界をぬって九度軍から何度目かの使者が立った。降伏勧告は夜間もずっと繰り返されていた。篝火を焚いて円形に第七軍を取り囲んだ九度軍は夜の間もそこから動かず、七軍もその包囲を破ることが出来なかった。
青鎧をまとった使者は旗を立てて告げた。
「降伏されよ。姫をお渡しあれ。命は取らぬ」
「信じては駄目です」
身を隠し、泥壁に背をつけてしゃがみ込んでいるエトナが剣で身を支えながら吐き捨てた。
「あんなこと云って、いつも皆殺しにするんだ」
「救援を待て」
アフロディテは云い渡した。
「待つのだ。皇帝陛下は我らが此処にいることを知っているはずだ。国境の守備隊から耳に入っているはずだ。いかな皇帝とて皇軍を見棄てることはしない。必ず救援がくる」
タキトゥスたちは、ウィトルウィウス卿の口から伊達将軍を通して皇帝に状況が伝わっているはずだとも聴いていた。第五軍を率いる伊達将軍の領は此処から一番近い。
「伊達将軍さまの所領の近くまでせめて進めればよかったのですが」
負傷したマイウリが呻きながら云った。九度軍は弓隊にも手練れを揃えており、飛来してきた矢がマイウリの肩を掠めていた。
考えることは敵方も同じだった。七軍は伊達将軍の領地を目指したが、その先には分厚く九度軍が待ち伏せており、行くことも戻ることも出来ぬまま、第七軍は荒野に押し込められてしまったのだ。
「必ず助けが来るはずだ」アフロディテは将兵を励ました。
「九度軍は我を生かしたまま捕らえたいはずだ。殲滅したいのならばとっくにそうしている。ああして降伏を呼び掛けている間は本気で向かってはこない。その間に必ず皇軍が来てくれる」
救援は来なかった。
荒野のわずかな窪地にアフロディテたちは隠れていた。第七軍だけでなくアフロディテまでも皇帝は見限ったのか、地平に援軍は現れないままだった。
朝方に出ていた虹が薄れて消えた。霧雨が止み、大地には晩秋の風が流れていた。夕刻前には力尽きるとタキトゥスは残った兵の体力を見積もった。雨に濡れて風に吹かれている上に、誰もが昨夜から寝ていない。
「いかな九度軍とても帝国の姫には配慮するのではないのか」
絞り出すようにそう云う者がいたが、誰もが無言だった。エトナが「捕まったら……」と云いかけたが、やはり口を噤んだ。
九度軍が通り過ぎた後には生きている者はいないと云われていた。特に女への暴行は度を超していた。兵士たちで輪姦した後で生きたまま馬に繋ぎ、引きずりまわしながら帰国するのだと云われていた。
「昔、帝国領土でそれをして、激怒した当時の帝国皇帝が自ら大軍を率いてあいつらの国を滅ぼしたくらいだからな」
「そういう意味では帝国に恨みがある連中だ。逆恨みだが、そんな道理は通じない。皇帝の従妹だからといって遠慮する連中ではない。むしろ高貴な女であればあるほど逆のことをする。アフロディテさまに報復するためだけにあいつらはあそこにいるのだ」
見張りの近衛兵が声を潜めて呼ばわった。
「来たぞ」
これでもう何度目なのか、逃げ場のない彼らをあざ笑うかのように九度軍の騎馬が泥を跳ね飛ばしながら駈け寄せてきた。
矢を射かけられ、半月刀で斬られ、転んで倒れて伏せたところを青鎧の軍馬の蹄が踏みしだく。勇敢な者が騎馬に跳びかかって馬を奪い、剣で斃すこともしていたが、圧倒的に数で負けていた。
近衛兵が敵の馬を追いかけて手綱を掴んだ。その腕が斬り落とされた。腕は投げ棄てられてタキトゥスたちの眼前に落ちてきた。
「タキトゥスは動くな」
出て行こうとするタキトゥスを近衛将校たちは何度も力づくで引き止めていた。
「お前は温存だ。アフロディテさまの傍にいて、最後の盾になってくれ」
窪地に隠れている彼らの眼の前でよろめきながら皇軍兵士が立ち上ったが、すぐに倒れた。後頭部を刀で割られていた。
第七軍の兵士たちは矢が来れば身を伏せ、敵の軍馬が来れば剣を立てて逃げ回り、防戦一方のまま消耗していった。
二度三度と円を描くように蹂躙すると九度軍はまた引き潮のように陣地に戻っていった。
何度か襲ううちに九度軍はアフロディテの隠れている位置を把握していた。この次かその次の襲来で、青鎧はまっすぐにアフロディテの隠れているこちらに来るだろう。
窪みの淵に片膝をついてアフロディテは前方を睨んでいた。タキトゥスは迷った。今なのか。今なのだろうか。
敵陣に動きがあった。陣形を整えている。弓矢隊が前に出てきた。矢の狙う先はこちらだ。頬を叩くような強い風が荒野に吹いた。朝を迎えた九度軍は次で勝敗を決めるつもりなのだ。
タキトゥスの肚に落ちるものがあった。
隠し持っていた細く長い針剣を取り出すとタキトゥスは手に握った。アフロディテは前を見ていた。女のあの細い首の後ろを刺すだけでいい。頭の中で何度も確実に最後まで果たしてきたことだ。あの女を殺すのだ。
剣先を伸ばして薄くしたような針を手にタキトゥスが姫の後ろ姿を睨んでいると、それに気付いたストラボとマイウリがこちらを見ていた。彼らと視線が合った。強張った顔をしている二人の血走った眼が微かに首肯した。エトナも唇をふるわせてタキトゥスにそれを促していた。他の者も同じだった。泥だらけの近衛隊の全員が喘ぎながら無言でタキトゥスを見つめて頷いていた。
青鎧の手に渡す前にアフロディテを殺す。その覚悟が第七軍の男たちには既にできていた。惨たらしく殺される前に女を敵の手の届かぬところに送るのだ。
タキトゥスが静かに動いた。男たちの意向を確かめたからではない。ずっとそうしようと想っていた。ずっとアフロディテを殺すために傍にいた。そのために剣闘士は闘技場から外の世界に出されてきたのだ。
女を殺せと云われた。敵に渡すくらいなら殺せと厳命を受けた。それが今なのだ。タキトゥスはアフロディテの細首に手を伸ばした。
俺がやろう。
俺が皇帝に頼まれたことだ。剣闘士である俺が殺そう。苦しませはしない。想念の中で何度も姫を殺してきた。すぐに終わることだ。あの女を今殺すのだ。
剣闘士よ。なぜお前が呼ばれたのか分かるか。
殺せ。
アフロディテが振り向いた。女と眼があった。追い詰められたその顔は蒼ざめていたが強かった。姫の灰色の眸は静かな闘志に燃えて耀いていた。
「立て」
タキトゥスを押し退けてアフロディテは泥地に立ち上がった。その姿は荒れ地に落ちて来た白い雷のようだった。アフロディテの声が荒野に響き渡った。
「闘え。第七軍。立て」
アフロディテは吼えた。
「立て!」
女の声に打たれて、死んだようになっていた兵士たちが泥沼から身を起こしていた。折れた剣や弓を手に怪我人も立ち上がった。
「アフロディテさま」
「アフロディテさまをお護りせよ」
「剣を握れ。まだ我らは負けてはおらぬ。皇軍は負けてはおらぬ。エトナ!」
泥に埋まって俯いていたエトナが「はいっ」と弾かれたように顔を上げた。
「ここから一番近いのは第五軍だ。将は信義に厚い御方だ、必ずお助け下さる。走れる馬を掴まえて第五軍に援軍を乞うのだ」
「はい」
「行け」
「はいっ」
エトナが走り出した。アフロディテはエトナの行方を見ることもしなかった。援軍を呼んでも間に合うわけがない。少年一人くらいなら見逃されて追う者もいない。アフロディテは傅役の孫を逃がしたのだ。
「タキトゥス。我はあそこに勝機があると想う」
アフロディテは敵陣の一点を凝視していた。泥に汚れたその横顔には不屈の意志が満ちていた。タキトゥスは愕きながらそんな女の云うように示された先を見るしかなかった。
「タキトゥス、どう想う」
「何処です」
「先ほどから見ていたが、前面の弓隊を外すと西寄りに若年兵が固まっているようだ。どうせ我の位置はあちらに分かっているのだ。我が姿を見せる。巣環国に戻ると見せかけて、敵の眼を引きつける。逃げ回るだけの時間は稼げるだろう。その間に近衛隊の精鋭と走れ。初年兵の塊から崩して中央に寄せていければ、タキトゥス、そなたならば敵の将を討ち取れる」
アフロディテは前に進み出た。
遠くから喇叭の音がした。空耳ではなく確かに吹き鳴らされていた。泥沼の戦場にその音がしていた。厳かで高らかな音が確かに聴こえてきた。鳴り渡るその音が戦場を揺らして近づいてくる。
しかしタキトゥスは聴いてはいなかった。喇叭の音とは違う方向にタキトゥスの意識は飛んでいた。九度軍の弓隊が構えている。風を切るひときわ強い音がした。
「姫さま!」
剛矢が鎧ごとアフロディテを射抜いていた。タキトゥスは叫んだ。胸に飛来してきた矢をまともに受けたアフロディテの身が傾いた。タキトゥスは腕を伸ばして姫を抱きとめようとした。
「姫」
四肢を宙に投げ出し、アフロディテは矢の勢いに吹き飛ばされるようにしてタキトゥスにぶつかってきた。反動で女は矢の刺さった上体をそらした。その首ががくりと倒れた。
「アフロディテさま」
細く血を吐いてアフロディテはタキトゥスの腕から滑り落ち、壊れた人形のように地に倒れていった。タキトゥスはアフロディテの胸を貫いた矢を抜くことが出来なかった。大地に雹が降るような音がした。唸りを上げて矢が突き刺さってきた。
伏せろ。
第七軍の誰かが叫んだ。タキトゥスは倒れた姫の上に覆いかぶさった。
九度軍の放つ矢が豪雨のように荒野に降り注いできた。
大丈夫よ、アフロディテ。
大丈夫。
お父さまとお母さまを見て。そんな怖ろしいことはさせないわ。
大丈夫よ。
助けて。
水音と助けを求める叫びを遺して母の頭が沈んでいった。溺れてもがきながら父母の姿が沼に消えていった。黒い沼の向こう岸から女が残されたアフロディテを見ていた。名を呼ばれた。幼いアフロディテは沼の縁に凍り付いたように立ち尽くして水面を見つめていた。静かになった沼には黒に黒を重ねるようにして樹木の影が落ちていた。
アフロディテ。
父母を殺した兵士たちを下がらせて女はこちらに歩いて来た。今からあの女に自分は殺されるのだ。幼いアフロディテは眼を閉じた。父と母を殺すように命じた女が、次はわたしを殺すのだ。
女の両手が幼いアフロディテの頭を掴んだ。女の唇がうごいた。
世界を支配する冠をお前にやろう。
対岸にはアフロディテよりも年長の少年が立っていた。蒼白い顔色をした痩せた少年は黒い沼でも女でもなく、樹の蔭からアフロディテだけを見ていた。
そういうことか。
やがて少年は呟いた。
第五軍の伊達将軍はすぐに立ち上った。伊達将軍はちょうど領地に戻ってその城にいた。
「前回は迷った末に姫をお助けすることが叶わなかった」
走り込んできたエトナから状況を聴くなり、
「あの時は我が身の不甲斐なさに情けない限りであったが、此度は迷うまい。皇帝のお怒りも処罰も甘んじて受けるぞ」
速攻で先発隊を先に送り出すと、伊達将軍は大号令をかけて領内の兵士を招集し、予備役まで引きずり出した。
「遅れる者は後からついて来い」
自ら馬を出すと伊達将軍は僅かな供を連れて疾風のように飛び出して行った。伊達将軍は先日ウィトルウィウス卿から届けられた書に対応できず、アフロディテを孤島に見棄てたかたちになったことを心底悔やんでいた。それもあってエトナから仔細をきくや否や何の迷いもなく荒野に救援を送り出す道を選び取った。
「殿」
「任せた」
後のことは阿吽の呼吸で城に残る奥方にすべて託した。伊達将軍は出立する際に奥方と何かを打ち合わせたり取り決めることすらしなかった。
残された奥方は長年、夫君に付き従って戦地に出ていただけあって万事心得ていた。任された奥方は後の一切を取り仕切った。
「殿に遅れをとるは恥ぞ」
奥方は自ら指揮をとると兵を叱咤激励し、戦時を告げる旗を城の塔に掲げさせ、用意が出来た小隊から次々と出立させて途切れなく後続を荒野に送った。
「殿に続け。アフロディテ姫をお救いするまで者共、戻られるな」
奥方は将兵に檄を飛ばした。
「鍛錬を重ねてきたわが五軍の精強さを九度軍に見せつけよ。九度軍は帝国に土足で踏み入ったことを、わが殿の前に後悔するであろう」
第七軍の窮状を知らせに転がり込んで来たエトナは最初の先発隊と共に急いで引き返そうとするところを奥方に引き止められた。
「馬を見なさい、少年」
奥方はエトナの乗って来た馬が泡を吹いていることを指摘すると、無理やりエトナを馬の鞍から引きずり降ろした。早く戻らなければと焦るエトナを奥方は一喝して城の方へ押しやった。
「思い上がるのはおよしなさい」
「奥方さま。第七軍は包囲されて孤立しております。戻らなければ」
「少年。ではなおさら、そなたをそのまま戻すわけにはいかぬ」
奥方は美しい顔をエトナにふり向けた。
「姫の侍従。傅役殿のお孫であったな」
エトナの腕を掴むと奥方はどんどん後ろに追いやった。エトナだけを寄こして来た七軍の苦境が分かるだけに奥方の胸の内は暗かったが億尾にも出さなかった。
「そちの剣が一つ増えたところで戦局は何も変わりませぬ。行くなとは云わぬ。新しい馬を用意させます。その間に食堂へ行き、今のうちに腹を満たしておきなさい」
エトナを食堂に追い払ってしまうと、奥方は命令を矢継ぎ早に発した。
「城下にも非常時の鐘を鳴らして触れを出せ。九度軍は我らを敵に回した。この隙に九度軍と共謀した外国でももしあらば、こちらにも攻め入ってくるやも知れぬぞ」
馬を飛ばしに飛ばして荒野に到着した第五軍の先発隊は、伊達将軍を待っていた。さほど間をおかずに、まとまった兵を率いて伊達将軍も追いついて駈けつけた。彼らは騙されたかのように立ち尽くしていた。
「これは、どういうことだ」
伊達将軍は馬から降りると荒野に踏み出した。
「姫と七軍は何処に行ったのだ」
荒野にはすでに何もなかった。敵である九度軍も完全に去っていた。激しい戦闘の名残の折れた剣、弓矢、へし折れた旗竿、兵の死体が一面に散っていたが、生きている者はただの一人もそこにはいなかった。
伊達将軍は一帯を捜索させた。
「アフロディテさまはどうされたのだ。何処に消えてしまわれたのだ」
薄日のさす荒涼とした野には死骸をついばむ黒い鳥が舞っていた。
「これはいかなることだ」
「殿」
「何か見つかったか」
馬の蹄の跡を辿って先の方まで探索に出ていた兵士が戻ってきたが、彼らも首をふった。
「大軍が過ぎた跡はありましたが、河に阻まれました」
「工兵を呼べ。簡易の橋を架け渡河せよ」
伊達将軍は索敵に長けた兵を四方に放ち第七軍の行方を探させた。その間に奥方から馬と従者を貸し与えられたエトナが駈け戻って来た。
「誰もいない」
愕きの声を発して、エトナは鞍の上につんのめるようにして馬を停めた。
「なんで」
エトナはふらふらと馬から降りた。
「誰もいない。姫さまは。みんなは」
「激しい戦闘の爪痕はあるが、第七軍も、九度軍も完全に消えているようだ」
第五軍の将はエトナに気の毒そうに云った。エトナは戦場を見渡した。
「では、姫さまは九度軍に捕らわれて攫われてしまったということでしょうか」
「分からぬ。しかしもしそうならば、急ぎ、皇帝陛下から南国に使者を立てていただき、青鎧の雇い主である南の国の王の力をもって九度軍から姫を取り戻す他あるまい」
青鎧が王の云うことをきくならば。伊達将軍は最後の一言を喉の奥に呑み込んだ。
「姫さま」
エトナは震える脚で、水たまりの残る泥土に駈けだした。死体をひっくり返して顔を確認していった。
「アフロディテさま。みんな。誰かいないのか」
エトナは大声で近衛将校の名を順番に呼んだ。ストラボ、マイウリ。
「タキトゥス。生きている者はいないのか。援軍を連れて帰ってきたぞ」
エトナはアフロディテを探した。近衛隊を探し、タキトゥスを探した。何処かに生きている兵士がいないかとエトナは荒野を走り続けてその姿を求めた。
吹きつける冷たい風の他に応える者はいなかった。
》続く
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