攻撃当たらない男に足りない物

ねぴあ。

第1話 植物人間



ーアクト=ギルバート 意識戻らずー



サラサラと慣れたペンの動きで看護婦がカルテを付ける。26日も同じ事を書いていたら書き終えるのが早くなるのも当然か。カルテを書き終えるほぼ同時に隣のベットで寝ていた1人の女性患者がカーテンを開ける。




「ごめんね。ちょっと気になったんだけどあの正面衝突事故にあった子でしょ?」


「…はい。ギルバート御一家様はお父様を除いて全員植物状態。相手様のご家族も娘様だけ残されて亡くなられました。しかしその娘様も…」


「…そうかい」




勝手に別家庭の事を聞いて悪かったね。とカーテンを戻す。看護師は目線をカーテンから目の前の動かなくなってしまった男の子に戻す。



「次の患者、頼みます」



またカーテンが開く。仕事が立て込んでいるので早く次の患者のカルテをつけて欲しいとの事だ。



「すみません。すぐ行きます」




約1ヶ月前に起こった交通事故で亡くなったのは2人。


「レミ=ティスターラ」

「ユウジ=ティスターラ」


レミ=ティスターラは車が衝突する際、後部座席の窓ガラスの破片が彼女の背中に刺さり、現場で死亡が確定された。ユウジ=ティスターラの死はかなりグロテスクだった。見つかった時には彼の右目に相手方の車のワイパーが刺さった状態で、駆けつけた警察官達にその光景に嘔吐する者もいたと言う。



生きていたのはその娘だけだった。しかし、ー植物状態ーとして命を拾った彼女は今、何を思っているのだろうか。



シンヤ=ギルバート。ギルバート家の大黒柱だ。今回の交通事故はギルバート一家とティスターラ一家の「乗用車正面衝突事故」だった。彼は両足を切断。事故による死はギルバート一家全員が免れたが、後部座席にいた「母」「息子」「娘」もまた、ー植物人間ーとして現在生きている。いや、彼にとってはそんな家族に対し「生きている」とはとても言えない状態だった。



ー植物人間ー

脳の外傷や脳の病気などで意識のない状態となり、入院して強力な治療を受けて一命をとりとめたものの、意識がもどらない状態になった人間のことを指す。



こんな不幸があるだろうか。昨日まで仕事から帰ってきた自分を笑顔で迎えてくれた人が、今はまるで人形のように動かない。これがシンヤが作り上げてきた幸せの集大成なのか。妻も、娘も息子も何日待っても動くことはない。こんな仕打ちはシンヤにとってただの生き地獄だった。



「お願いだ。動いてくれ。笑ってくれ。俺1人でなんて生きていけない。」



この問いに家族の誰か1人でもいつか必ず答えてくれる。そう信じていた。




「遷延性植物状態です。」




医師に宣告された「遷延性植物状態」その言葉はシンヤにとってあまりに残酷だった。



「ご存知かとは思いますが…遷延性植物状態の多くの場合、精神機能を回復したり、周囲の環境と意味のあるやりとりをできるようになったりすることは、可能性として限りなくゼロに近いです。」


「…は…?」


「ただ、遷延性植物状態の患者の僅かではありますが、最小意識状態に診断が変わる程度には改善しま…」



シンヤが腕を伸ばし、医師の白衣を勢い良く自分の方に引き寄せた後、鬼の様な形相で医師を

睨みつけた。




「おい…!治るんだろ…?俺の家族は戻ってくるんだろ?!くだらねぇ事言ってないで最善の治療を施せ!金なら幾らでも出す!!」


「シンヤさん!やめてください!」


「お前ら…毎日、俺の家族の様子見てんだろうな?!書き物ばっかしてねぇでリハビリとかしてくれよ!」


「シンヤさん!!」




医師の一声でシンヤの医師の白衣を掴んでいた両手の力が少し緩む。



「な、なんだよ。金の事はいいから一日でも早く…」


「治りません。」



シンヤは頭の中で整理をする為に少し時間が必要だった。植物人間の事については端から端まで調べ尽くしていた。「可能性が低い」「回復は困難」そんな言葉は何度も出てきた。しかしサイトは自分に優しかった。少しでも希望をくれるような言葉が選び抜かれていたからだ。



「治らないんです。申し訳ございません。」



医師は地に額をつけ、詫び状をしたためる。シンヤの乗っている車椅子からは医師の背中だけが見える。周りに居た複数の看護師達も同じく頭を下げ、シンヤはそれ以上何も言えなくなってしまった。彼らに対して同情や、認可では無い。目の前の光景と「治らない」という言葉が完全に結びついてしまったからだ。




シンヤはゆっくりと車椅子を自走させ、自身の部屋へ戻る。病院からはせめて家族で一緒にいたいだろう、と同じ号室を用意されている。シンヤの無くなった足が車椅子を動かす度に痛む。



彼の足には義足を付けなかった。勿論彼の要望で。そんな資金があるなら家族を元に戻して欲しかったからだ。何年かかろうと、最後に自分の元へ家族が笑って戻ってきてくれるなら金も時間も問題ではなかった。



「…はは。治らないって言われてきたよ。…こんなにもすぐに動きそうな目、してるのにな。あいつら見る目ないな。」


「……」


「お前達が戻ってくるまでずっと待ってるよ」


「……」


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