ゆるキャラ転生
忌野希和
1章 ご当地ゆるキャラ、異世界に立つ
第1話 ゆるキャラと異世界転生
目を覚ますと視界には青空が広がっていた。
ぼんやりとしていた思考も次第にクリアになり、直前の出来事を思い出す。
着ぐるみのバイト中に何かにつまづき道路に飛び出す。
視界に迫るトラック。
次の瞬間全身を激痛が襲い視界が暗転……。
「うわあ!」
慌てて身を起こして体を確認する。
ふっくらした白い腹や灰褐色の毛並みの頭をペタペタ触るが痛みは無い。
「よかった、生きてる」
ほっと胸を撫で下ろしていると、すぐに疑問が湧きあがる。
「ここはどこだ?」
周囲は見渡す限りに鬱蒼と茂った森で人工物は見当たらない。
俺が倒れていた場所は少し開けていて、見上げれば雲一つない青空が続いていた。
……色々とおかしい。
改めて状況を整理する。
俺は駅前で胡蘭市のご当地ゆるキャラ〈コラン君〉の着ぐるみ姿でバイトのティッシュ配りをしていた。
天気は曇天で時刻は夕方頃、下校途中の小学生の集団に囲まれた。
執拗にボディーブローをかましてくる悪ガキ小学生から逃げるように移動した時、何かを踏んだ。
ご当地ゆるキャラ〈コラン君〉は北海道に生息するエゾモモンガとオジロワシを掛け合わせた架空の生物だ。
ずんぐりむっくりした体型をしていて着ぐるみの視界は非常に狭く、足元に突然現れた何かを視認することはできなかった。
その柔らかい何かが「ギャッ」と短い悲鳴を上げて、驚きよろめいた俺はそのまま道路に飛び出してしまう。
そこへ丁度走ってきたトラックに轢かれた……はずだ。
ところが激痛と共に気を失って、気が付いてみれば無傷で見知らぬ森に倒れていたというわけだ。
場所が違えば天気も違うし、時刻も気候も何だか変だ。
太陽を探すとほぼ真上にあって、秋口だったはずなのに初夏のように日差しが熱い。
「あーつまり夢だなこれは」
「いいや夢じゃないよ」
食い気味に後ろから若い女の声が聞こえて驚いて振り返る。
しかしそこには誰もない。
いや、一匹の猫がいた。
銀色の長い毛並みと紫紺の瞳が綺麗な猫だ。
猫に詳しくないので種類は分からないが、マフィアのボスが椅子に座りながら撫でてそうな、高級感のある猫だ。
とりあえず猫は置いておいて声の主を探してキョロキョロしていると……。
「いやいや、目の前にいるからね」
猫が喋った。
「猫が喋ってるし、やっぱり夢じゃん」
「トラックに轢かれたあの痛みも夢だと?」
吹き替えを見てるかのように喋ってる猫の言葉を聞いて、心臓がドクリと跳ねた。
未だかつて体験したことのない激痛を思い出し、心拍数が上がり血の気が引いた。
「君は間違いなくトラックに撥ねられて死んだんだよ。いやぁごめんね、僕がうっかり君に踏まれなければ死ぬこともなかったんだけどね」
どうやら俺が踏んだのはこの猫だったらしい。
確かに柔らかさと大きさからイメージすると、この猫くらいだったかもしれない。
「それでね、流石に申し訳ないからさ、僕の融通が利くアトルランという異世界に転生させてあげたんだよ。最近流行ってるからわかるよね?異世界転生」
事態についていけずぽかんとしている俺を無視して、猫は前足で顔を洗いながら話を続けた。
「ちゃんと流行に乗っかってチート能力を授けてあるから安心したまえ。どんな能力かといえば、ずばり〈コラン君〉だね……っとやばい、ちょっと今は立て込んでいてね。またいずれ会いに来るから詳細はその時に話そう」
猫は一方的に言い終えるとすたすたと上品に歩き出し、次第にその姿が消えていく。
「ちょ、ちょっとまってくれ!全然話についていけないぞ!」
俺が追いすがろうとしたが、猫はあっという間に消えて居なくなってしまった。
再び茫然としている俺に猫の声だけが遠くから聞こえてきた。
「一つ言い忘れた。別に使命も何もないから自由に生きていいよ。スローライフなんてどうかな―――」
そこから五分ほど茫然自失になっていただろうか。
夢にしてはリアルな風を頬に感じて我に返る。
「とりあえず着ぐるみ脱ぐか」
そして一番重大なことに気が付いた。
「ちょ、着ぐるみ脱げないんですけど……」
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