第47話 切望 ~ノアベルト~

気配を隠されていたものの、微弱に感じる自分の魔力を辿ってリアのいる場所にたどり着いた。張られた結界も一部を切り裂き難なく侵入してリアを見つけたが、顔色は悪く怯えた表情を見せた。


(っ、何故そんな顔をする!)

苛立つ心を抑えて駆け寄ろうとしたが、リアの言葉に凍り付いた。


「駄目だ、来るな!!」

激しい拒絶の言葉に頭が真っ白になる。大切な時間やリアの気持ちも全て失われてしまったのかと思うと、思考が上手くまとまらない。

だが続いたリアの言葉で、自分の身を案じての言葉だと分かりノアベルトは大きく息を吐いた。


揺れる声も無理やり微笑んだ顔も気づかないはずがないのに、リアはノアベルトのためだといって拒絶して遠ざけようとする。

(そんなこと、許すわけがないだろう)


抱きしめると怯えたようにもがくが、何度も大丈夫だと囁き口づけを交わすと大人しく腕の中におさまってくれた。リアを利用しようとした者には怒りを覚えるものの、自分を守ろうと必死な様子に愛しさが込み上げてくる。


何度も口づけをするうちに力が抜け、縋るような瞳やしがみつく指先に仄暗い満足感を覚えた。ノアベルトを傷付けることを恐れ遠ざけようとしている半面、助けを望み頼りたいと願っているのだ。いずれもノアベルトのことを想っての反応に嬉しくないわけがない。


(ああ、不愉快な物を付けられているな)

耳元のイヤーカフは自分以外の者の魔力が込められている。早々に取り去ると、しがみついてくるリアが可愛くて仕方がない。このまま別荘に連れて行って、甘やかして抱きつぶしたいが、まだやるべきことが残っている。リアを連れ去り利用しようとした愚か者に償いをさせなければならなかった。


無知は愚かだ。

幼稚で想像力の欠片もなく、身分の高さゆえの傲慢さを持った王子と王女、そして己の能力を過信し驕った魔導士。エメルド国は協定を守り、不干渉を維持しており交流こそないが、一定の信用に値する存在だったのだ。そんな歴代の王が築き上げた信用を台無しにする行為だった。


リアの顔色は軟禁状態からくる精神的負担だけではないと察して尋ねれば、リアの力を奪ったと聞いて心の奥が冷えていくのが分かった。


生まれつき魔力を持っていれば、それを元に魔術の行使が可能だ。だが魔力持ちでない場合、通常は魔術が使えないし、そもそも他人の魔力を勝手に使うことも出来ない。だがそれを可能にする禁呪は存在する。

エメルドの魔導士は祭具を媒介にして、強制的に自分と繋ぎ、リアの力を使った。魔力がないリアが奪われたのは生命力と呼ばれるものだ。一時的であれば、体力を失うだけだが、繰り返し行使すれば命が削られていく。


許し難い所業に八つ裂きにしてやりたい気持ちをこらえて、呼吸ができないよう不可視の首輪をはめる。残酷な光景をリアに見せたくないと思っての行為だったが、それでもリアには刺激が強かったようだ。


これぐらいにしておこう)

自分の唯一を拐かし、苦痛を強いたのだ。死よりも深い苦痛を与えなければ気が済まない。遅れてやってきた宰相や大魔導士の言い分など聞く必要もなかったが、とはいえ落としどころは必要だった。


攫われたリアにこそ詫びを受け取る権利がある。そう思ったが、リアが望んだのは自分が与えたドレスと貴金属の返還だった。


「だってノア……陛下がくれたものですし、他の方からのプレゼントは要らないです」

少し照れたように告げるリアに色々なことがどうでもよくなった。

リアが欲しくてたまらなくなったのだ。


屋敷に到着してわざわざ協定のことなど口にしたのは、自分を落ち着かせる意味もあった。リアと愛し合いたいが、事を急いて嫌われたくはない。

それでも変わらず傍にいることが信じられないぐらいの幸運に思えて、我慢できず抱きしめてしまった。


(本当に良かった…)

本心を口にすると、思いのほか弱々しくて情けない。

謝るリアの言葉を遮って、何度も何度も口づけを交わす。懸命に応えようとするリアを前にもうこれ以上我慢などできなかった。


「私の、名前のことだけど……」

躊躇いがちに告げる様子にリアが罪悪感を覚えていると察した。それを理由にリアがまた距離を置こうとするのではないかと思うと、怖くて必死に唇を塞いだ。

名前などどうでもいい、そう告げると切なそうな表情をした後、リアは切望していた言葉をくれた。


「ノア、大好きだ。全部ノアにあげる」


煽情的な言葉に我を忘れそうになった。ギリギリのところで理性がブレーキを掛け、怖がらせないようにと自分に言い聞かせる。

柔らかくて白い肢体は薄闇の中でもはっきりと分かり、高まる体温は自分に反応した結果だと思うとゾクゾクした。


「ノア、…ノアっ」

初めての感覚に翻弄されながらも懸命に名前を呼ぶリアが健気で、壊さないように大切に愛した。


(もう誰にも渡さない。私だけのリア)

自分の痕跡を刻みつけながら、ノアベルトは心の中で繰り返していた。

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