第45話 互いの想い
ドレスと宝石を取り戻した後、ノアベルトはリアを城ではなく別の屋敷に連れてきた。別荘代わりに使っているとのことで、使用人は不在だったが定期的に手を入れているため問題なく過ごすことができるらしい。
(城に戻らないのは、やっぱり私のせいかな)
あの後ステラがどうなったのか聞きたい気持ちもあったが、ずっとノアベルトに抱き締められている状態なのだ。そんな中で同性とはいえ、他者の話を持ち出せばノアベルトが良く思わないだろうと思い我慢する。
「エメルド国とは100年ほど前に協定を結んでいる。互いに争うよりも利を与えることで無用な争いをなくす方がいいと思ったからな。それ以降ずっと受け継がれているものだ」
ようやく落ち着いたのか、ノアベルトはエメルド国との関係性と協定の内容についてぽつりと話し始めた。
この世界は元々瘴気が発生しやすい。イスビルは特にそうだが、エメルドや他の国々においても瘴気が発生する場所はある。イスビルでは魔王が魔力を注ぎ、瘴気を抑えることができるが、他の国々は聖女が力を注いでも不十分で対応に困っていたそうだ。
ノアベルトはそれを協定の材料とした。エメルドの瘴気が発生している場所は元々イスビルに隣接した地域だった。自国とエメルドの一部の国土にノアベルトは力を注ぎ、発生を抑えることを条件に不干渉協定を結んだのだ。
消費する魔力量は増えたが、元々膨大な魔力を持っているノアベルトには大した手間ではなかった。だがエメルド国にとっては大きな恩恵となり、イスビルに敬意と感謝を持つようになったのだが――。
「あまり外聞の良い話ではないため、国王含む一部の関係者にのみ伝わっていたようだな。 継承順位の低い王子は知らされていなかったのだろう。もっともあの魔導士は別だが」
『この世界に危機が訪れた時、女神ディアが再び降臨する』
そんな伝承があるそうだ。瘴気が発生し続ければ慈愛の女神ディアが降臨すると思い込みその抑止力となる魔王を排除しようとしたらしい。狂信的な思想に思わず身震いした。
ノアベルトはそんなリアを見てすぐさま抱きしめた。沈黙の中にいつもと違う様子を感じ取って、リアは背中に回した手に力を入れる。
「……リアを失うかと思ったら恐ろしかった」
ようやく口にした言葉は不安げに揺れていた。
「約束破ってごめん。それに――んっ」
続く言葉はノアベルトに舌に絡めとれて消えた。深い口づけに応えようと努力するものの、すぐに何も考えられなくなり、ただ必死に呼吸するだけで精一杯だ。それでもリアはノアベルトを止めようとはしなかった。何度も執拗なほどに求められるのはノアベルトが怯えているように思えたからだ。
ようやく唇が離れた時、ぼうっとなってしまったリアの耳元にノアベルトが囁いた。
「リアが全部欲しい。――もう二度と離れたくない」
気づけばベッドに押し倒されていた。縋るような瞳に拒否する気はなかったが、ノアベルトにまだ伝えないといけないことが残っていた。
「ノア、私の名前のことだけど…んっ」
ノアベルトは軽い音を立てて口づけを落とす。口を開こうとする度に話を拒むかのように何度も深く口づけられて、全身から力が抜けていく。
(いや、一応大事なことなんだけど……)
結果として騙した形になったのだから、そのままなし崩しにしては駄目だろう。リアにも一応言い分があるのできちんと伝えておきたいのだ。
「もう、ノア聞いて!」
「リア、私を受け入れると言ってくれ。私にとってリアはリアだ。それ以外どうでもいい」
(ああ、もう本当にこの人は――)
ノアベルトはいつも欲しい言葉をくれる。自分を全肯定し、甘やかしてくれる心地よさに抗えるはずもない。ノアベルトが望んでくれるなら、それでいいと思えてくるのだ。
「ノア、大好きだ。全部ノアにあげる」
そう告げた瞬間、奪い取るような激しい口づけにくらくらする。切実なほどに抱きしめられて我慢してくれていたことに今更ながらに気づいた。
あんなに好意を告げてくれていたのにそれ以上先に進まなかったのは、リアの気持ちを尊重し準備が出来るまで待っていてくれたのだ。
熱を帯びた視線と身体の線をなぞる指先にぞくりとする。お互いの身体が触れあった部分が熱くて溶けていくような錯覚を覚えた。
恥ずかしい気持ちよりも求めてくれる嬉しさが上回り名前を呼ぶと、ノアベルトは蕩けそうな笑みを浮かべてますます激しく丁寧に愛される。
「ノア、愛してる」
「私もだ。リア、もう絶対に離さない。私の傍にいてくれ」
瞳に昏い色がよぎったが、それもすぐさま口づけによってかき消された。
(多分ノアの愛情は異常なほど重いんだろうけど、それが心地よいと思う私も大概だな)
熱に浮かされながらも浮かんだ冷静な思考に苦笑する。そもそも自分だってノアベルトを守るために命を投げ出そうとしたのだから、同じぐらいどうしようもないのかもしれない。
信じられないぐらいの幸福感にリアは心からの笑みを浮かべて、ノアベルトを受け入れた。
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