12代目の勇者と人喰い魔王

@amaki_kagami

プロローグ「記憶」

夢だと思う、たぶん。

きれいな花が咲いていて、それなのにあちこち襤褸のあばら家で。白くて可憐な花、のような、長い黒髪の女性と。

誰なのかわからないけれど、よく知ってるような。

隙間だらけの壁や天井から吹き込む風が心地好いと感じるのに、汗だくで。何をしているんだろう。彼女は艶のある黒髪を乱している。柔らかく紅潮した頬、涙をたたえて潤んだ瞳、そんな彼女を見下ろしている。

自分の腕や手が見える。自分のもののはずなのに、知っている自分の腕よりだいぶ逞しく見える。

全身が痺れるみたいに気持ちいい。頭は空っぽで全部どうでもよくなる。彼女が誰で自分であるはずのこの体が何者であったとしても、今この瞬間、自分として感じているのだから、それだけでもうどうでもいい。

ただの夢なのだから。

彼女が現実にいる女性と似ていることには目を伏せて、このまま愛し合いたい。愛してる。何度も何度もその名を呼んで、自分のものである証を、注ぎ込みたい。

誰かを愛したことなんてないはずなのに。燃え上がる激情はまるで自分の中から湧き上がってくるように、どうしようもなく彼女が愛しい。

気が遠くなる。彼女の名を呼ぶ喉からは声が出ているだろうか。繰り返し繰り返し漏れる声は、彼女の名を呼べているだろうか。

やがてひとつ大きな鼓動。全身の熱が放出されるように、世界が暗転した。

深いまどろみに沈み込んで行く意識の中で、何かが見える、何かが聞こえる。


──痛い、苦しい、助けて

燃え盛る業火に身を焼かれながら、女は愛しい子を抱いたまま破滅していく。


──たすけて、アダム

最後に聞こえたのは、誰も知らない名前。

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