かつてのライバル

 九月に世界選ロードがイタリアで行われた。美里は一花と一緒にアパートの部屋でテレビ観戦をしていた。


 今年のコースは結構上りがキツいが、上りの距離はそれほど長くなく、クライマー向けという感じではない。純粋なスプリンターが生き残るのは難しそうだが、レース展開によって、あらゆる選手にチャンスがありそうだ。

 世界選は国別対抗で争われる大会で、普段所属しているチームメイトも敵となる。

 国毎に持っているポイントで出場できる選手数が違うので強豪国ほど参加人数は多く、日本は一人しか出場できない。


 現在日本人でただ一人、ワールドチームに所属している京子きょうこは今年は調子が良さそうだ。

 七月に行われたツール・ファムでもチームの仕事をしっかりと全うしつつ、総合順位も全完走者中で中殆の順位が付いていた。

 普段はチームの中のアシスト選手として、自分の成績を犠牲にして仕事をする彼女も、世界選は自分の順位を求めて走れる。

 自分をアシストしてくれる仲間はいないけれど、自分から動く必要は無く、強豪選手達をマークしながら上手く立ち回ってレースに乗っかっていく事が出来る。勿論、それ相応の力が無いと生き残る事は出来ないが。


 こうして女子のレースもスタートからゴールまでライブで中継されるようになったのは昨年からだ。

 昨年はツール・ファム初開催を皮切りに、女子レースが注目されるようになった年だった。

 私が走っている時にこうなってほしかったな、とやはり美里は思ってしまう。


 同じ日本人として、本場のレースを走る後輩として京子を応援するのが普通だと思う。応援したいと思う。

 けれど、素直に応援できない自分が情けなくなる。自分はもう選手を引退した身だというのに。


 現役時代、二人は強いライバル関係にあった。

 京子が現れるまで、日本には美里に対抗できる選手がいなかった。数年前に突然京子という素質のある選手が現れ、毎年全日本選手権では二人の対決に注目が集まった。

 二人共、ライバル意識が強かったのは確かだが、周りがあらぬ事を言ったりして不仲説が飛び交っていた。

 その不仲説はお互いにとって気持ち良い物ではなく、意識的にお互いを遠ざけるようになっていった。


 京子は駆け出しの頃から、真っ向勝負を挑んでくる選手だった。

 レースを作らずにただ付いていって、力を貯めて最後だけ勝ちにいくような選手ではない。

 初対戦でまだ美里と力の差があった時でさえ、出来るだけ対等に必死になって先頭を引いていたし、強い者が勝つべきだとよく言っていた。

 勿論頭を使って自分の勝利を手繰り寄せる戦略は必要だけれど、根本的な考え方は美里と似ている所があって、走りのタイプも似ていたので美里は彼女の走り方に好感を持っていた。


 ただ、京子が力を付けていくにつれて、彼女との戦いは本当にキツく、神経をすり減らした。

 彼女はロードレースに取り組む姿勢が本気だったし、根性があって簡単に勝たせてはくれなかったからだ。

 こんな日本人選手は初めてで、彼女に対する思いは色々あったけれど、話をする事もほとんど無く、世界を相手に戦う先輩として、何も教えてあげる事は出来なかった。

 結局美里は彼女に負ける事なく引退する事になってしまった。


 美里は世界で戦う事の厳しさを知っているだけに、京子は本当によく頑張っていると思うし応援したい気持ちは山々ある。だけどまだどこかでライバル視してしまっているのだろうか。


 京子は頭も良く、本場のレースでもきちんとレースを観る事が出来、大切なレースでは持てる力をきちんと発揮できる選手だ。

 今回のレースでも、終盤まで先頭集団に食らい付き、最終回に割れた二つの集団の後方に取り残されてしまったが、25位という立派な成績を残した。海外勢のとんでもないパワフルな走りに、よく耐え切った。

 25位という順位だけでは一般の人には分かり難いだろうけれど、今回の激しい生き残りレースの中でのこの順位は賞賛されるべきものだ。

 彼女の活躍を目の当たりにして、嬉しいという気持ちとは少し違うのだけれど、美里は心から彼女をリスペクトする気持ちが湧きあがっていた。



 フランス代表として出場していたフルールは昨年よりも一段と力をつけていた。

 オランダのチーム力が頭抜けて高く、最後はチームプレーにやられて入賞さえも逃してしまったが、個人の力としてはトップ3には入っているだろうと思えるものだった。

 美里と一花はフルールの走りに釘付けになっていた。ラスト5kmの所にあるキツい坂の頂上でフルールを含む三人が抜け出した時には興奮して二人で声を上げ続けた。

「行け〜! フルール‼︎」

 このまま行けば、この三人で金銀銅。あわや世界チャンピオン⁉︎

 ドキドキワクワクが止まらない。


 しかし三人の中にオランダ選手が一人含まれていた事と、追走集団にオランダ選手が人数を残していた事もあり、ラスト300mで三人は十名弱の集団に飲み込まれてしまったのだった。


 結果は残念だったけれど、フルールの走りに刺激を受けて、二人は自分達の中にも熱い物が込み上げてくるのを感じていた。

 フルールは今年、七月に行われたツール・ファムでは新人賞に輝いていたし、今後の活躍が益々期待できる。



「先生、来年の全日本って、あの京子選手も出場するの? 先生はあの人と対決することになるの?」


 突然の一花の言葉に、美里はビクッとした。

 そして咄嗟にこんな事を言っていた。

「おそらく出場するはずよ。京子は勝って当然の選手。私はただの挑戦者。気楽なものよ」と。


 全日本というレースに本当に気楽に出場できるものなのだろうか。

 美里の顔は少し引き攣っていた。

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