チームミーティング
インターハイという一つのレースを終えただけなのに、何がこんなにチームの雰囲気を変えたのだろう?
同じウエアを着た仲間として、異なるウエアを着て走る選手達と戦ったからだろうか。
てんでばらばらだった少女達は一日を経て、何か共通のもので結ばれ、ひとつ大人になったような感じがする。
インターハイの翌日、桜蕾学園の一つの教室でミーティングが行われていた。
一人一人が、インターハイを走っての感想やこれから改善していきたい事、次に目標としたい事などを話した。
美里はその都度、各々の良かった点、悪かった点、改善点などアドバイスし、いくつか質問を投げかけた。
美里だけでなく、他の子達がチャチャを入れたり、「私はこう思うよ」などと言う事もあり、なかなか良い雰囲気になっている。
以前なら他の部員達を前に、自分の正直な思いなどほとんど話せなかった生徒達が、今はかなりの所まで本音で話せているようだ。
一花も深い所までは話さなかったが、正直な気持ちを初めて皆の前で言ってみた。
「あたしはこれまで頑張る事を避けてきたから、今は頑張ろうって思っても身体が拒否してしまうの。それを少しずつ克服していって、ちゃんと頑張って走れるようにしたいと思います」
皆、びっくりした顔になっている。
「え? 一花さん、頑張ってないのにあんなに走れちゃうんですか? 凄すぎる!」
道穂が思わず言った言葉に皆が凄い凄いと顔を見合わせている。
一花が困ったような顔をしているのを見て、美里が言う。
「凄いよね。私もはっきり言って、一花の走りにはびっくりした。頑張ってないのにあんなに走れちゃうってのは、確かに凄いけど、一花だけじゃなくて、みんな凄いんだよ。道穂のように、上手く走れなかったけど最後まで頑張れるっていうのも凄い事なんだよ」
美里は皆に話しておかなきゃと思っている事に上手く繋げようとしていた。
「一人一人、凄くいいものを持っていて、それを比べる事は出来ないと思うの。私は一人一人を大切にしたいと思っているし、誰かを特別扱いとかはしたくない。
でもね、これが競技である以上、可能性のある者には、とことん上を目指してほしいと思っています」
皆がどんな反応をするかが怖かった。でも、はっきりと言う事にした。
「昨日、一花と話したんだけど‥‥‥」
少し言いにくそうにしている美里を見て、一花が立ち上がった。
「あたし、来年六月にある全日本ジュニアを目指そうと思う。そこで優勝すれば、世界に繋がる可能性もあるんだって。でも、昨日優勝したあの子を倒さないとならない。それはすっごく大変な事だと思うんだ。でも、挑戦してみたいなって思ってる。その為にはまず、自分自身を変えないといけない。頑張れる自分を作っていかないといけない。少しずつ、頑張れる自分を作っていきたいって思ってます。
それから、美里先生は私達の先生だけど、私達の為に先生のやりたい事を犠牲にしてほしくないって思っていて。みんなはどう思うか聞きたいんだ。先生がやりたい事も言ってみてよ」
一花がお膳立てをしてくれた。美里は皆を生徒としてではなく、対等な立場としてしっかりと話そうと思った。
「私は選手をやめて、桜蕾学園の教師としてここにやってきました。だから教師の仕事に専念しようと努めてきたけれど、自分の中に燻っている物がずっとありました。
本場で、世界で、戦うということ。
自分が出来なかった事を、誰かに託したいという気持ちが一つ。
それと、私は解雇されて引退の道を選んでしまい、自分が出来る事をやり切って納得して選手を終える事が出来なかった。だからしっかりと納得のいく形でケジメを付けたいという気持ちがある事。
そこで考えたのが、来年六月の全日本選手権を目指すという事です。一花はジュニアなのでレースは別なのだけど、私は一花と一緒にそのレースを目指したいって思いました。
勿論、一花を特別扱いする気は無いのよ。みんなの事はしっかりと見て、これまで通り指導します。
ただ、やっぱりそういうのが嫌だなって皆が思うなら、それは良くないと思うから、皆がどう思うか知りたくて」
「凄い‥‥‥」
道穂が無意識に言葉を落とした。
マネージャーの結奈が立ち上がる。
「私はすごく素敵な事だと思います。一花さんの昨日の走りは、多くの人達の目を惹きつけたと思います。一花さんにも、先生にも、思い残す事がないように挑戦してほしい。私も出来るだけ協力したいし、皆も自分の目標に向かって頑張るだけじゃなくて、チームとして助け合っていければ素晴らしいと思います」
先生を独占したいという思いが強い道穂も言う。
「羨ましいです。一花さんが。私もそんな挑戦をしてみたい。でも私はまだまだです。もっともっと頑張って、いつかそんな挑戦が出来るようにしたいです。悔しいけど、先生と一花さんを応援します。私も二人の頑張りに負けないように、私は来年のインターハイに向けて強くなります」
紅葉が一花に笑顔を向ける。
「私も勿論、協力するよ」
華も思いを精一杯、言葉にした。
「カッコいいです。そんな先生と一花さんに付いていけるように私も頑張ります」
美里は涙ぐんでいた。てんでばらばらのように見えていたあの子達が、こんな風に言ってくれるとは思わなかった。
わがままな自分の気持ちを非難するどころか、皆で応援してくれるなんて。
この子達に無様な生き様は見せられない。上手くいってもいかなくても、しっかりとした手本となるようにと、美里は一段と気を引き締めた。
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