「チャラい」のがカッコいい⁉︎

風羽

高校一年生

入学式の日

 やっばっ! 先生と目が合った。仕方ない、手を挙げるか〜。


「は〜い」

 一花いちかは右手を挙げて立ち上がった。

「小学校の時、BMXやってました〜。でも楽しくやってただけだし。あたし、苦しい事とか頑張る事とか嫌いだから。先生には悪いけど自転車部なんて興味ないです〜」


 一花は唇を尖らせ、先生をおちょくるようにそう言って椅子に座ると、隣の子にニタっと笑ってみせた。

 この学校では基本、髪を染める事は禁止されているが、一花は肩に掛かる髪の先っぽにほんのりとピンク掛かったメッシュを入れ、少しだけウェイブさせている。

 化粧というほどではないけれど、下地メイクとピンクがかったリップで明るい顔に見えるように細工し、耳には小さな星のピアスがキラリと光る。

 どう見ても真面目な高校生という雰囲気ではない。

 目鼻立ちがくっきりとしていて可愛らしい顔をしているが、見た目を一言で表現するならば。その言葉がしっくりとくるような少女だ。


 ★


 桜蕾学院さらがくいん、女子高一年一組の教室。

 入学式を終えて、晴れて高校生になった女子生徒三十名を前に、ほやほやの新米女教師が教団に立っている。

 背筋がスッと伸びていて、ショートカットであまり飾り気のないボーイッシュなスポーツウーマンといった出立いでたちだ。

 大学を卒業したての若い先生に見えるが、実際はニ九歳。化粧も薄っすらとしている程度だ。



 一花と目が合う少し前に彼女は自己紹介を始めていた。


「皆さん、入学おめでとうございます。

 私も皆さんと同じように一年生になったばかりの新米教師です。名前は沢木美里さわきみさと。この一年一組の担任で英語の先生です。どうぞ宜しく。

 実はこの学校に来て、任されている事が一つあるんです。自転車部を作って私がその顧問にならないといけないんです。私は大学を出て、すぐにヨーロッパに行って、自転車ロードレースのチームに入って六年間レースに明け暮れてました。昨年の秋にチームを解雇され、自分の能力の限界を感じて日本に帰ってきました。そんな私にこの桜蕾学院の校長先生が声を掛けてくれて、ここの教師になったんです。

 自転車競技に興味があったり、やってみたいなって思う人はいますか?」


 美里の言葉に反応する生徒はいなかった。シーンとしらけたような雰囲気の教室。全く興味を示さない彼女達を見回しながら、美里は質問の仕方を少し変えてみた。


「じゃ、これまでにスポーツバイクに乗った事のある人は?」

 そう言って、生徒を見回した時に美里先生と一花の目が合ったのだった。


 ★


 一花の先程のあの言葉を聞き、生徒達の反応を見て、美里は自らの態度を変えた。

 なぜだか分からないが、自分が浮いた存在にならないように、まずは彼女達に合わせる事が大切なんじゃないかと咄嗟に思った。


「だよね〜。苦しい事とか頑張る事とか嫌いって、わかるわかる。

 実を言うと私も疲れちゃったんだよね。真面目に真剣にやる自転車競技はもういっかなって思ってたんだ〜。

 校長先生との約束だから、自転車部は作らなきゃいけないんだけど、どういう部にするかは一緒に考えて作っていけばいいと思ってるの。自転車の楽しみ方は色々あるからね。ね、貴方、なんて名前?」

 美里先生は一花の目を見てそう言った。


「一花。数字の一と野に咲く花の花。雨月一花うづきいちかっていうの」

 一花はまた唇を尖らせて、少し上目遣いでそう言った。


 美里はドキッとした。花という名前が入っている事に何か運命を感じた。

「一花。素敵な名前ね。この後ちょっと残ってくれない? 楽しく自転車に乗ろうよ。話だけでも聞いてほしいんだけど」


 一花は仕方ないな〜といった感じで「は〜い」と言った。ふてぶてしい態度をとっていたけれど、内心ちょこっと嬉しかった。

 小中学校で、これまで先生にいい目を向けてもらった事が無かったから。見て見ぬふりをされるか、問題児という目を向けられていたか、どちらかだったように思う。


 ★


 美里は新しい自分を演出していた。この中には誰一人としてこれまでの自分の事を知る人はいない。


 幼い頃から何事にも真面目に真剣に取り組んできた優等生。高校生の時に自転車競技に出会い、高校と大学では部活に全てをかけてきた。

 七年間、全日本ジュニア、全日本のロードのタイトルは全て獲り、卒業後すぐにロードレースの本場ヨーロッパに渡った。その後世界最高峰のワールドチームに六年間所属し、大きなレースで勝利した事もある。一昨年から怪我や病気が重なり、レースへの出場機会が一気に減り、若手の台頭もあってチームを解雇されてしまったのだ。


 ストイックに全てを懸けてロードレースに打ち込んできた美里にとって人種と付き合う事は非常に苦手だ。どう接したら良いのか分からない。

 それなのに、あの子、一花にあんな風に声を掛けてしまった自分が不思議でたまらなかった。


 ★


 高校に入っての一日目は入学式と簡単なホームルームだけで解散となり、教室には美里と一花、二人だけが残っていた。


「自転車部として活動するかしないかは別として、近いうちに一度、一緒にロードレーサーに乗ってみない? 次の日曜日とか、何か他に予定は入ってるの? よかったら私が乗ってた自転車を貸してあげるから」


「え? 本当?」

 自転車部なんて絶対に入らないと思っていたのに、一花の口から思わずこんな言葉が飛び出してしまった。思わず本心が口から出てしまった事に驚いた一花は、慌てて手で口を覆った。


 小学生の頃、BMXの自転車に乗るのが大好きで、毎日走り回っていたけれど、訳あって中学生になって半年程で辞めてしまった。それからはママチャリ以外、一切乗らなくなってしまっていたけれど、心のどこかに乗りたい気持ちが燻っていたのかもしれない。


「貸してくれるなら、一回くらい乗ってもいいけど。でも、あたしは自転車部には入らないから」


 自転車部には興味が無いし、入らない。その事を貫き通す一花に美里は優しく微笑んだ。

「じゃ、一回だけでいいから乗ってみよう。この学校のすぐ近くに公園があるよね。今度の日曜日、九時にその公園に来れる?

 あ、それから私は一応先生だから、生徒の貴方は出来るだけ敬語を使ってね。本当は私も友達同士のように話したいけど、周りの目もあるから。です、ます、を少し付けるだけでいいから、宜しくね」


「は〜い。わかりました〜。じゃ、日曜日、九時に行きます〜。ジャージに運動靴でいいですか?」


 うん。一花は素直な子みたいだ。なんだかこれから楽しい事になりそうだと美里はいつの間にかワクワクした気持ちになっていた。

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