第14話 通告

 





 雪永先輩とは三年の教室で別れ、俺は昇降口に向かうため廊下を歩いていた。


 窓からは沈みかかっている夕日が見える、ほどなく一気に暗くなっていくのだろう。


 なんでこんな遅い時間に俺は廊下を歩いているのだと、今日の出来事を思い返してみた。



 クラスメイトとの勉強会。


 あれほどクラスの中心になった事は今までに一度もない。いいように使われているだけかもしれないが、少し前までと比べると驚くべき変化だ。



 愛ポンこと、晴山華絵との勉強会。


 気になる女子その一。なぜ気になったのか、正直よく分からない。


 あれだけ可愛いのだ、男が可愛い子の事が気になるというのは、別におかしな事ではないだろう。


 可愛いのにポンコツというのには驚きだったが、それも彼女の魅力の一つなのかもしれない。


 まぁ単純に、デカいから気になっているだけかもしれないな。



 年上キラー後輩、時雨愛莉との再会。


 ナンパされている所を助けるなんていう、どっかの恋愛ゲームのような出会い方をした彼女。


 彼氏がいないと聞かされた時は、実は少しだけ嬉しかったのは内緒だ。


 そんな彼女はその容姿性格ゆえ、俺の中では守ってあげたくなる女子No1だ。


 彼女の事が気になり始めているのは、間違いないだろう。



 ツンツン女子、安曇玲香とのデート約束。


 気になる女子その二。まぁデートではないと念を押されたが、中身だけ見れば買い物デートなんだが。


 あれだけ可愛いのに、その美を更に高め維持しようと頑張っている女子。


 それは誰のためなのか。彼女に想われている奴は幸せだな。


 ツンツン彼女のデレを見る事ができる男は、果たして誰なのか。



 いつの時代の女子高生? 雪永睦姫とのやり取り。


 薬では治せない病気があるという事を教えてくれた、一つ上の美人先輩。


 一つしか違わないのに、なんでああも大人に見えるのだろう? 少なくともクラスの女子たちより、遥かに大人っぽい。


 そんな大人な先輩が時折見せる可愛らしい姿は、正直反則だ。



 ここ数日で、随分と俺の周りは賑やかかつ煌びやかになった。


 何かに突き動かされるように自分を変え、何かに導かれるように自分で行動した。


 そして四人の気になる女の子達と出会い、接点を持った。



 しかしここ最近、俺は頭を悩ませていた。


 ここから四人とどうなるのか、どうしたいのか。それらを考えると、なぜか頭が混乱して考えが纏まらないのだ。


 彼女が欲しいとの思いで自分を変え、行動したハズだった。しかしせっかく出会った四人に対して俺が思うのは、受け身でいるという事。


 意味が分からない。彼女が欲しいと思うのなら、自分で選んで自分から行動しなきゃいけないのに。


(なんなんだよこれ……)


 デジャブとは違う感覚。まるで何者かに思考を縛り付けられ、動けなくされているような感覚だ。


 四人の事が気になっているのに、自分から行動しようと思わない。思えないじゃなくて、思わない。



 思い返せば彼女達と出会った時も、何一つ自分で選んで行動したという感覚がない。


 だが晴山の泣いている姿を見た時、時雨がナンパされていて助けた時、安曇の自転車が壊れて直した時、少なくともそれらは自分から行動したはずだ。


 俺は何を思って彼女に声を掛けた? そんなの決まっている、ただの親切心なんかではありはしない。


 下心がなかったか? あったはずだ。あわよくばと思わなかったか? 思ったはずだ。


 彼女が欲しいと願っている時に、都合よく可愛い子達が困っていて、接点を持てるチャンスだったのだから。


(あったはずだ……あったはずなのに……)


 まるで誰かに、動かされたという気持ちの悪い感覚しか残ってない。


 まぁ、なるようになるだろう。俺の役目は変わらない……って、またデジャブ。




(ダメだ、考えるのやめよう。なんか気持ち悪い……)


 恋愛なんてした事がない。行動した後の失敗を恐れている部分もあるだろう。恐らくそういった深層心理的なものが、俺の心にブレーキを掛けているのかもしれない。


 もしかして、心の病気だったりするのかもな。恋愛が怖くて、自分の行動を他人のせいにしてしまっているとか。



 なんて自分を都合よく納得させ、日が沈み切った影響で薄暗くなった廊下を歩き、昇降口までやって来た時だった。


 自分が来た方向と反対側から歩いて来る、一人の男子生徒と目が合った。


「…………」

「…………」


 お互いに見知った顔のはずなのに、特に挨拶などはない。


 向こうの男も無表情、恐らく俺も無表情だろう。交差した目はすぐに外され、何事もなかったかのように下駄箱へと向かう。


 二人の靴がしまわれている場所はすぐ近くのため、微妙に気まずい空気が流れだした。


 近くなのは当たり前、だってクラスメイトなのだから。



 ほぼ同時に靴を履き替え、ほぼ同時に昇降口を出た。


 薄暗くはあるが互いの顔は問題なく認識できる明るさの中、昇降口から校門に向かう道の途中で俺は足を止めた。


 それに気づいたのか気づかないのかは分からないが、クラスメイトは足を止めることなく校門へと向かって行く。


 徐々に離れていく距離。次に姿を見るのは明日だろうと思っていた時、気が付いたら俺はクラスメイトに声を掛けていた。



「――――天道」


 俺の声に反応し振り向いた、クラスメイトの天道進。


 こいつとは二年生になってからの付き合いだが、話した事は一度もない。


 まさか話しかけられると思っていなかったのだろう。天道の顔は僅かに驚いている様にも見えた。


 離れた距離のまま、俺はその言葉を口にした。



「一つ、道が消えたぞ」


 これはデジャブ。この光景この言葉は、過去にもあったような気がする。


 そんな俺の頭の中にあったのは、天道に対する通告。


 自分でも何を言っているのか分からないけど、言わなきゃいけない、言わずにはいられなかった。

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