第1章~トゥルーエンドルート消滅・接点~

第1話 デジャブをよく感じる体質

  





「――――すみません急に。ありがとうございました」


「いえいえ! お母様にはいつもお世話になっておりますので。またいつでもどうぞ!」


 営業時間を過ぎた美容院から、俺は外に出た。


 流石に予約者を押しのけてのカットはできなかったが、営業時間外にカットをして貰える事になった俺は、髪をバッサリとカットし、ついでに髪色も少し明るくした。


 美容院に行く前には眼鏡屋に行き、コンタクトを作成。どれもこれも、全て母親の手回しによるものだ。



「行人さん、お疲れ様です」

「すみません紅月さん、ありがとうございます」


 美容院の前に車で迎えに来てくれていたのは、母さんの部下である紅月朱音こうづきあかねさん。


 パンツスタイルの黒スーツをビシッと決め、それとは対象的に明るい髪色をしているキャリアウーマン。


 もちろんこれも母の手回しで、遅い時間になる事から迎えを用意してくれたのだ。



「随分と変わられましたね」

「心機一転バッサリと……似合わないっすか?」

「いえ、よくお似合いだと思いますよ」


 大人で美人な紅月さんにそう言ってもらえると安心する。カットしてくれた人は人気スタイリストで、予約が取れないと話題な人だったから心配はしてなかったけど。


 髪はよくても、自分の顔はどうしようもないから。親からもらった顔を変えるつもりはなから、似合わないと言われたらそれまでなんだけど。



「これなら、学校の女の子が放っておかないと思いますよ」

「そうっすか? 紅月さん的にもアリですか?」

「ふふ、そうですね。私があと十年若ければ、惚れていたかもしれないですね」


 なんて大人な余裕を見せる紅月さんだが、十分に十代で通用するほど若く見える。


 そんな人にそう言ってもらえたのなら、自信をもってよさそうだ。



「ではご自宅までお送り致します」

「すみません、よろしくお願いします」


 紅月さんに送ってもらい、一人暮らしをしている自宅まで戻った。


 正確には一人暮らしではないのだが、仕事で忙しい母さんは家に帰って来る事がほとんどない。


 いつしか母は会社の近くに部屋を借り、そこで休むようになった。俺の所に家政婦を付けるとか言われた事もあったが、それは丁重にお断りしていた。


 しかし母との関係性は悪くない。過保護で甘々、行動力もあって参ってしまうほど。


 あのパワフル母さんに付き合えるのは、それこそ父さんだけだったんだよなぁ。



「――――ただいま、父さん」


 家に戻り、父さんに帰宅を告げた。


 しかし俺の目の前にあるのは父の姿ではなく、小さな位牌と遺影。


 父は結構前に事故で他界しており、家族は俺と母さんの二人だけとなっていた。


 あの時の母さんは酷く落ち込んでどうなる事かと思ったが、すぐに持ち直して立派に父の仕事を引き継いだのだから、凄いと思う。


 俺は何年引きずっただろう? 長い事ふさぎ込んでいた記憶がある。



『事故じゃなくて病気だったら、父さんは死ななかったの?』


 父が亡くなったあと、母にそう聞いた事がある。


 父さんが死んでしまった事は分かったが、事故死と病死の違いが分からなかった。ただ、病気は治るもの、その認識だけはあった。


 母は泣きながら俺を抱きしめるだけで答えてくれなかったが、思えばその日から母は変わったのかもしれない。


 父は製薬会社の社長だった。どんな病気でも治す万能薬を作る、なんて幼い頃に何度聞かされた事か。



「万能薬は、まだまだ無理そうだよ」


 母を支えるために、俺も幼いながらに努力した。父の代りに母を守れる男になろうと体を鍛え、父の夢に近づけるようにと勉強を頑張った。今でもそれは継続している。


 そんな俺の夢は、母を幸せにする事と、父の夢を叶える事。


「なかなか出来た息子だと思わないか?」


 父の代りに万能薬を作る。


 夢物語だけど、俺は冗談抜きで本気だった。


「地道に努力……だろ、父さん?」


 父の口癖は、いつしか俺の行動指針に。


 ここまで地道に努力してきた。母を心配させないように無理はせず、それでも余所見をしないでやってきたつもりだ。


 これからも……そのつもりだったんだけど。



「でも、ちょっと寄り道してもいいかな?」


 夢を追う道……からは少し逸れるかもしれないけど、なんとなくそれが正解に繋がっていくような気もするんだよな、自分でもよく分からないけど。


 もちろん最終目標は変わらない。


 ただどうしても、やりたい事が、やらなきゃいけない気がする事が出来てしまった。


 それを報告するために、久しぶりに長々と父の前にいる訳だけど――――



「ちょーっと女の子と遊んでもいいかな? 彼女が欲しくなった」


『え……えぇぇ……』


「なんかよく分かんないんだけど、急に欲しくなったんだよな」


『まぁ……うん……頑張れ……』


 父の呆れる声と、応援するような声が聞こえた様な気がした。


 まぁ父も女遊びが酷かったらしいし、そんな人の息子なんだから、仕方がないんじゃないか?



 ともあれ、父の許可は頂いた事だし、少し寄り道をしようと思う。


 なぜそんな事をしなければならないのだと思う自分もいるが、寄り道をしなければならないと思う自分もいる。


 ただこの感覚はもう慣れた。


 あれだよ、いつものデジャブだ。

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