第3話 食えない役者
あと三ヵ月もすればいよいよまずいかもしれない。
ホームレス、いや、それこそ死も覚悟した方がいいかもしれない。
とりあえず今現在の収入ではもう今の家での生活は確実に続けていく事はできない。
家具はどうする?服や本やその他の色々なものはどうする?
そうなる前に全て売った方がいいか。
そんな考えても面白くもなんともないただ憂鬱になるだけの事ばかりがひたすら頭を駆け巡る。
今の家に住み始めたのはまだ母が生きていた二年前。
僕は母子家庭の一人っ子なので家族はもう一人もいない。
母の両親もすでに亡くなっていて、母の兄弟の方々も病気で早くに亡くなっており、僕には身内の人間が本当に一人もいない。
所謂天涯孤独の身というやつだ。
僕は高卒で、それからはアルバイトをしながら役者という夢を目指してやってきた。
しかし、三十五を過ぎても一向に状況は変わらず、唯一の身内である母を一年前に亡くし、今や役者の夢も燃え尽きて灰になりかけていて(燃え尽きたというよりもシケって燃やす事すらできなくなったと言った方がいいかもしれない)、ただ気力と少ないお金が減っていくだけの日々になってしまっている。
とにかく淋しい、とてつもなく。
なぜなんだろう。
これは母がまだ生きていた頃からもずっとだ。
ひとりだからか。孤独だからか。
それともまた別の何かか。
それともただ極端に考え過ぎてしまっているだけなのか。
それとも性格の問題か。自意識の問題か。
人間は孤独な生き物、そう思って納得しても、淋しい。
いやそもそも、わざわざ「孤独な生き物」なんて言っている時点で寂しくてしょうがないだけなのかもしれない。
僕は一人を好み、孤独を恐怖している。
僕は人間に期待を持つ事を諦め、しかし、痛い程愛情を求めている。
やはり、友達、恋人、仲間、そういったものが必要なのだろうか。
そもそも人間は、自分自身も含め、なぜ友達や恋人や仲間、繋がりといったものを求め必要とするのか。
それがないと寂しいからか。
そうだとして、なぜ寂しさをそこまで嫌がるのか。孤独を恐怖するのか。
感情の問題か。わからない。
哲学や思想や学問や宗教や芸術ではなく、もっと、生活レベルで、体感レベルで、触感として教えて欲しい。
ただ一つ言えるのは、たまらなく淋しい、その感情は間違いなく本当だという事。
友達、仲間、信頼、絆、友情、愛情。
僕にはこれらが雲を掴むようなもので、全くわからない。
自分にも、友達、らしき人は、いるといえばいる。らしき、というのは確信が持てないからである。
しかし、今までの自分自身の経験という事実から言えば、やはり、らしき人、であって友達ではない気がする。
理性では、友達なのかな、と考えても、感情では全くそうは思えない。
なぜそうは思えないのか。
それは正しく経験という事実から来ているのであって、僕は今まで、たとえ誰かと仲良く親しくなれても、いざ、僕が正直な自分を多少なりとも見せると、友達になれたと思った人間は皆離れていく。
それの繰り返しだ。
嫌がられるか、めんどくさいと思われるか、排他的に流されるか、哀れに思われるか、それだけだ。
僕には人との付き合い方の「術」がわからない。
いや、一般的な方法は把握しているつもりだ。
だが僕という人間は、その一般的な方法では全く処理ができない。
なので友達らしき人は作れても友達はできない。
結局仲間はできない。
僕は人間としての根本的な部分に大きな欠陥があるのか。
そうだとしても、いや、僕は究極に自意識が強いので、自身のそういった部分は十二分に把握している。
つまり、直そうにも直せなかったのである。
なぜ直せなかったのか。
それは直そうとして破綻しかけたからだ。
自分の中にある、奥にある、深い所にある、感情、感性、おののき。
それらを一般的なものに即すように直す事は、自分にとっては、自己嫌悪、ひいては自己否定にしかならず、結局自分自身を追い詰め抑圧し、道化を促すだけで本当の自分の否定に他ならず、ただただ苦しくなるだけで何にもならなかったのである。
また一方で、自分の奥深くにある感情やおののき、それは本当に欠陥なのか?という疑問もある。
そういった部分にこそ人間の本質を見る事ができるのではないか?少なくとも僕は人間のそういう部分に非常に興味がある。
僕には、社会、世の中、そして周りの人間皆「本当」を避けているだけのような気がする。
そしてそういった「本当」のものに出くわした時、自身への問いかけもせず、人は煙たがり、排他的な扱いばかりするのだ。
気に入らない。そんな世の中、人間が。
たとえ自分が大きく欠落した人間であったとしても、気に入らない。
そんな不満と怒りにひとり震えながらも、ふと、また気がついたように寂しくなる。
とてつもない孤独感に苛まれる。
それに加えて、今度はさらに、もっとより現実的な問題が頭をよぎる。
生活、金。
せめて金さえあれば。
思わずそんな事も考えてしまう。
寂しさ、貧しさ、友達、お金。
孤独、貧乏、愛情、金。
もう何もかもがどうでもよくなりそうになる。
そして僕は、ひとり凍てつくような残酷な虚しさに襲われる...。
いい事なんてありゃしない
悲しい事ばかりだ
いい事なんてありゃしない
辛くなるばかりさ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます