第2話 漫画家志望の男子高校生

 クラスで進路が決まっていないのは真太だけ。

 もう高校三年生の冬。


 真太は大学も専門学校も就職も、そんな事は全く考えていない。

 漫画。それが彼の全てで、それに人生を賭けようと決めていたのである。


 勉強は嫌いでスポーツも苦手、おまけに高校には一人も友達がいない。

 そんな真太を支えていたのが漫画。

 孤独な高校生活にも「俺には漫画の世界があるんだ」と強く自分に言い聞かせながら、淋しい学校から帰ってきては部屋で一人、無我夢中で漫画を描いていた。

 高校最後の夏休みも真太は、受験勉強も進路もどうでもよく、漫画に明け暮れた。


 漫画家デビュー、それが夢。

 そしてその夢に向かっていく事が、真太の生きる全てなのである。


 父も母も、真太の進路について特に何も言おうとしない。

 母は心配しつつも真太を応援するスタンスで、父は全く無関心という感じだ。

 父と母の関係は険悪で、真太は父の事が嫌いだった。

 真太の父は五十近いが今は無職で、二年前に仕事を辞めて以来フラフラしているという状態だった。

 父がこんな状態なので当然家庭の経済状況は芳しくなく、母が一人で苦労をしょいこんでいた。

 仮に真太が大学に進学しようとしても、この家にそんな経済力がある訳ないという事を真太自身よく分かっていたので、それもあって大学はさっぱり諦めていたのだった。

 とにかく、こんなふがいない父の事を真太は嫌いでしょうがなかった。

 家族が、母が辛い思いをしているのも全部父のせいだと恨むような気持ちもあった。

 もう真太と父は一年近くまともな会話をしていない。


 三月、卒業式。

 手袋をしても手がかじかむぐらい寒い風、春近いにもかかわらずいかにも冬という感じの灰色に広がる空。

 真太は、まるでこれから戦いに臨むような鋭い目つきで卒業式に向かった。


 退廃的な空。

 他人しかいない。

 それだけ。


 本当は高校も途中で辞めたかったが、母のためにせめて高校だけは卒業しておこうと、真太はやっと卒業までこじつけた。

 真太にとって卒業は「解放」だ。

 何の思い出もない高校生活に別れを告げ、どうでもいい卒業式から帰る真太の眼はさらに鋭さを増していた。

「俺は絶対漫画家になる」

 真太は激しくそう呟き、また強く決意した。


 高校を卒業し、これからはバイトをしながら創作活動に没頭しようと息を巻く真太。

 そして、できるだけ早くに家を出たいとも考えていた。

 母の事は好きで感謝の気持ちもあったが、父親と同じ屋根の下にいるのが真太にはどうにも耐えられないのだ。

 それでとにかくいち早く自立したいと真太は考えていた。


 真太は卒業前から、老婆が営む実にこじんまりとした古本屋でアルバイトをしていた。

 バイトは真太一人しかいなく、客もまばらで、外観も内容も本当にしなびた古本屋だ。

 卒業後も真太は、相変わらずこのしなびた古本屋でのバイトを続けていたが、一人暮らしをするための資金などもっと稼ぎたかったので、かけもちで新たにバイトを探していた。

 バイト探しの中には友達探しも含まれていた。

 孤独な高校生活の反動もあり、その高校生活から解放された事で、今までは抑えていた真太の友達を求める切なる想いも解放されたのだ。

 しかし何より真太は「変えたい」のである。

 友達を含めた周りや環境だけではなく、自分自身も。


 四月に入って少し経ち、もう桜の事なんかすっかり忘れてほとんどの卒業生が新たな学生生活で慌ただしい中、真太は新たにコンビニでバイトを始めた。

 一応、古本屋で多少の接客経験もあるし、何よりもっと人に慣れるためだ。

 ただ、真太にとっては接客ではなく、スタッフとのコミュニケーションの方が遥かにハードルが高い事だった。

 友達欲しさで始めたのもあり、仲良くなりたい気持ちは強く持っていたが、孤独な高校生活の過去もあって真太は極度の人見知りで、コミュニケーションが苦手というより、人とのコミュニケーションそのものに恐怖心すら抱いているぐらいだった。


 いざ他のバイトの人間と相対すると、真太はとにかく緊張した。

 顔は常に強張り声はかすれがちで、相手に質問されなんとか答えても自分から何か聞く事はできず、会話はいつも続かなかった。

 何か言わなきゃと考えれば考える程何も言えなくなり、相手の目を見る事さえままならなかった。そしてバイトから上がる度に真太は、そんな感じでうまくしゃべれない自分を反省して落ち込んだ。


 真太はとにかく自分に自信がなく、相手に嫌われていないだろうかとばかり考えて、たまに何となくうまく話せたような気がしても、それに確信は持てず、やっぱりダメだったんじゃないかと考えてしまって結局また反省になってしまい、いつもそうなってしまう自分自身に激しい自己嫌悪を抱いて、反省しては反省してる自分に自己嫌悪するといった救いようのない負をループしていた。


 一人バックルームで無言で着替えて店から出て帰っていく真太。

 頭と心に、急にあの孤独な高校生活がフラッシュバックした。



 行き先もわからない道をひとりぼっちで

 帰り道もわからないのさ

 いい事なんてありゃしない

 嫌になるばかりだ

 いい事なんてありゃしない

 からっぽなのさ♪

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