片鱗
Δ
私は、まだ見ぬ明日に何を願っていたのだろう。
記憶を失った今、自分にできる事は限られていた。
けれど、もともと私自身のこれまでにも、選べる道が少なかったのではないか――とも思う。
目を閉じて何かを思い出そうとする。
けれど、頭の中は真っ白な霧に包まれて見通すことはできない。
……時折、白く儚い少女の影が
少女の赤い瞳を見つめていると不思議な感情が湧き上がって。
不安や恐怖、哀しみや喜びまでも溶かされるような――心が真っ白に漂白されていくよう。
少女は口を開く。
「リエルテンシア。死せる母から産まれた忌み子。あなたは私と境遇がとても似ています」
透き通った白い髪の少女はまるで詩を紡ぐように言葉を続ける。
「あなたが福音派の修道院に引き取られ、大人の
子供ながらにきつい畑仕事をさせられ、休めば
食事もろくに与えられず、寒い冬でも
かたや目の前の少女……私と同い年くらいに見える彼女は大人の男性たちからどのような仕打ちを受けたのか、想像すらできない。
「私がアルビノとして生まれなければ……あなたが温かい母から生まれていれば――普通ではない生まれのために魔女の扱いを受け、心と躰に癒えぬ
白い制服に身を包んだ少女の赤い瞳が輝く。
「――けれど、私たちは
彼女は手を差し伸べて、微笑む。
しかしその笑顔は狂気を孕んでいた。
「正統派の
彼女の姿は白い光に溶け込むように消えていく。
輪郭が定かではなくなると、まるでクラゲのような淡く儚い……けれど容赦のない劇毒を内包している何かに見えた。
そして、
♤
俺は蒸気自動車の運転席でヒルドアリア、リエルテンシアが車に乗りこむのを待っていた。
これから彼女たちを中央部都市にある巫女神官専用の保養施設へ送りに行くためだ。
二人が後部座席に座ると、母屋の前にクランフェリアとパフィーリア、それにエリスフィーユも姿を見せる。
「道中、お気をつけて。あなた様」
クランは車に近づいて、お弁当を手渡してくれる。
「ありがとう、クラン」
礼を言うと彼女は優しく微笑み、俺の頬に口づけた。
「また後でね、おにいちゃん!」
「いってらっしゃーい、ぱぱ!」
笑顔のパフィーリアと可愛らしく手を振るエリスに手を上げて答え、車をゆっくり動き出させる。
景色は流れ、南東部の
後部座席に座るヒルドアリアとリエルテンシアは静かに風を受けているが、気まずいという雰囲気ではない。
しばらく蒸気自動車を走らせていると、不意にリエルが口を開く。
「あの……」
「ん?」
肩越しに彼女へ見やると、まっすぐな目を向けられていた。
「ありがとうございます、ヒツギさん。ヒルドアリアさんも……ご迷惑をかけてしまっているようで……」
俺は軽く笑いつつ、言葉を返す。
「気にしなくていいさ。俺は大したことをできていないし、君はこれからのことだけを考えるんだ」
すると、ヒルデも俺の言葉にのってくる。
「そうですよ!今のリエルさんに必要なのは時間です。保養施設に到着したら、あたしの娯楽スペースを案内してあげますね!」
明るく振る舞うヒルデには正直助かっていた。
しかし、この時の俺はまだ……これから先に起こる出来事に対して、楽観的に考えすぎていたことを知る由はなかったのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます