第45話 次はお前の番だ



 照明が暗いので

 はっきりとは分からない。

 けれど、女性の面影に見覚えがある。


 あっ! もしかすると、沙織では。そんな気がする。一夜限りの出会いとはいえ、そこには他の女性と異なる空気感も漂っていた。


 頭には舞を踊る花簪をつけ、細面で特徴ある顔つき。目元、口元、薄化粧で分かりやすい。髪型もあの時と同じ長い黒髪だ。


 でも、踊る際の立ち振舞いは止まったものでなく、正面から顔を見た訳ではない。自信はなかったが……。この神社のある町は沙織のふるさとである。


 だが、想いが錯綜する、


 まさかだろう。こんなところで働いている訳はない。まして、巫女舞など踊れないはず。ならば、人違いだ。

 世の中には似ている女性はごまんといるはず。やっぱり、他人の空似だろうか? そんな幻想などなかったように、式は誓詞奏上の儀に移っていた。



 新郎新婦が神前に進み出て、誓詞を読み上げる。正人の母親は涙を隠せなくなる。今日はその涙にひとり息子の結婚式なことを改めて知る。


 正人たちが先頭となり、「二拝二拍手一礼」で玉串を捧げ、仲人夫妻、両家の代表が続く。新郎から手招きされ、俺は車椅子を押して、母親が執り行う玉串奉奠たまぐしほうてんの儀を手伝ってゆく。


 2人の結婚指輪交換があり、時を待たずして、両家の親、親族が順にお神酒を戴く儀式が始まる。新郎新婦は彼の母親が杯を傾けると、俺にも「やれ」と合図してくる。もったいない話だ。きっと、彼らなりのお礼のサインであったのかも知れない。


 最後に斎主から結婚の儀が滞りなく終了の挨拶を承った。新郎新婦が先頭で拝殿の出口の扉を開ける。そこには、大勢の巫女さんたちが待ち構えており、たくさんの折り鶴シャワーを2人に浴びせてゆく。


 俺は、大切なことを忘れていた。


 拝殿の中央に戻り、お賽銭箱に五円玉をひとつ投げ入れる。大きな鈴に添えられる朝縄や紅白・五色の布を揺らして、ガラン、ガラン。もう一度、験担ぎをすると、ひとりの女性を探す。


 けれど、あの巫女さんの姿がない。


 彼女の所在を聞くことも出来なかった。新婦が近寄り、「次は浩介さんの番だよ」と言葉を添え、折り鶴の “レイ” を首にかけてくれる。

 全員で記念撮影をして会場を後にする。実際には30分ぐらいの儀式だった。一年分の汗をかいたが、何故か、心地よい風が耳元を通り過ぎてゆく。


 仲間たちから祝福を受ける新郎新婦の2人。ここは神さまが棲むやしろなのに、青春ドラマのシーンが凝縮された世界を感じてくる。結婚って良いなあ……。そんなことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る