第32話 冬の便り



「浩介よ。俺、結婚が決まったよ」


 今朝、スマホの着信音で目が覚めると、懐かしい声が届いてくる。声の主はふるさとの旧友真人まさとからだ。その喜びようから彼の笑顔が伺える。

 高校の頃はガタイが良いのにじゃがいものような笑顔が可愛らしく、コロと呼ばれていたことを思い出してしまう。


 彼は高校時代に俺のボールを受けてくれた相棒。野球用語でいえば壁の球児。それはアオハルの恋が実る暖かい便りであった。


 高校卒業後、長男として故郷の熊本にそのまま残り、家業の旅館仕事を手伝っていた。結婚相手は同じクラスの同級生。5年という一途な恋ものがたりと知る。聞くところ、決断したのは “できちゃった婚” だという。


 もう、結婚か? そして、パパか。同時に2つの金星を手に入れやがった。こっちは彼女すらいないというのに。こころ穏やかではないけど、真人のじゃがいものような笑顔が思い出され、嬉しさが込み上げてくる。


「やったー! 良かったなあ」

「日程決まったら、案内状送るから」


「ああー。喜んで参加するわ」


 ※

 その日、4限の授業が終わっても、仲間たちと大学のキャンパスに残っていた。大学の授業時間は通常90分で、最終の講義まで聴き終わると、木枯らし吹く夕方の時刻になってしまう。


 午後からの西日は暖かいもの。

 特に教室内でぬくもりを感じるひと時。


 今日はなんと最後が広い講堂で居眠りしやすい。授業は聖書の時間となり、途中退室は許されない。必修科目の単位が取れないと、進級出来ない仕組みになっている。


 けれど、出席カードだけ提出すれば90分のまどろみの時間となる。聖書をまくらに夢うつつの世界に迷い込み、こっくりこっくり船を漕いでいた。


「おい、浩介。先生が……」


 脅かすなよ。いくら神への冒瀆行為ぼうとくこういとはいえ、厚い本を持ってきただけマシやろう。聖書も用意していない悪友の声で目が覚める。


「ああ……よく寝た」

「しーっ。声が大きいよ」


「おい、終わったら行こうぜ」


 そう言い終わると先生の代わりに、風で揺られる窓ガラスからツタが絡まる建物が見えてくる。見慣れた青い夏ツタも黄金色に染まっているのに気づく。季節の移り変わりは早い。秋は短く、いつしか冬になっていた。


 チャペルってご存じでしょうか? 本学にはその礼拝堂まであるのだ。信仰心もないのにミッション系の大学に通っている。


 冬の夕暮れは早いもの。辺りはすっかり暗いというのに、今夜のキャンパスはいつになく大勢の学生たちで賑わっていた。


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