第24話 妹の七夕飾り


「そろそろ、七夕だねぇ」


 妹の言うとおり、数日で8月7日となる。この祭りが終わるまで、田舎にこのまま残るつもりでいる。リンリン、風鈴から夏の音が届く。夕方になると、七夕飾りが涼やかな風で揺らされるのを肌で感じてゆく。


「ああ……良い景色だ」

「そう? 都会の方が便利じゃない」


 実妹とは幼い頃、こうして夕涼みした記憶が残っている。田舎に長くいるとその価値に気づかないもの。古い家だが縁側があり、そばには母親が切ってくれた真っ赤なスイカとよく冷えた三本矢のサイダーが並んでいる。


 七夕に向けて細い青竹にはカラフルな短冊が吊り下げられている。この地域でも1ヶ月遅れでまつりが執り行われる。父親は畑仕事の合間に暇が出来ると、お盆の提灯作りに忙しかった。


「お兄ちゃん、残念だったね」

「何がさぁ?」


「分かっているくせに」

「お見合いのこと? 明日、断るよ」


「でも、本当は典子のことを少しは好きだったんじゃない。本当はがっかりしてたりして。そんな兄ちゃんは嫌いではないけど」


「妹なのに、生意気言うもんじゃねぇ」

「ほら、赤くなってる」


 悔しいけれど、その言葉は当たらずして外れてもいなかった。結局、口には出さないが、俺はこれまで3人の女性から相手にされなかったことになる。青森の元カノ、寝台特急の女性、そして、典子だ。


「兄ちゃん、どうかしたの?」

 俺は黒い雲の合間に漂うお月さまに浮かぶ女性達の顔、“月のウサギたち” に見とれて朧気おぼろげな気持ちとなっていた。


「あのね、聞いてる? 百合子、好きな人が出来たんだ」


「冗談よせよ。どうせ、又、片思いやろ」

「違うもん。向こうから言い寄ってきたからね。兄貴が知ってるひと」


「誰や?隠さず言えよ」

「野球部の後輩になる琥太郎さん。ほら見て、短冊にも2人の相合傘あるやろ」


「あいつ、いつの間に」


 妹の彼氏の顔が浮かんでくる。なかなかのイケメンな奴だ。けれど、妹に変なことしたら、許さんぞという気持ちが湧いてきた。


「わたしだって、いつでも結婚できる歳」

「まだ、子供のくせに、生意気を言ってるんじゃない」


「もう子供じゃないもん。女はねぇ、自分の事を大切にしてくれるひとが好きになるもんや。中途半端でいつまでもウジウジと決断出来ない優柔不断な男は最低や」


「おい、それは誰のことだ?」

「兄ちゃんとは言ってないよぉ。でも、男らしいひとが好き」


 けれど、そのセリフは何処で聞いたことがある。ひとりの女性の顔が思い浮かび、心にグサリとナイフが突き刺さったかのような気持ちになっていた。



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