第2話 寝台特急ひとり旅


  何とか最終列車へと飛び乗れた。


 10番線のホームには、まだ、ブルーの車体にシルバーライン一文字の熊本行の夜行列車が停まっていた。


 この寝台特急は、来春のダイヤ改正により廃止されるらしい。だから、乗れるのは希少なブルートレインとなる。


「間に合って良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 だが、鼓動の高鳴りが抑えられない。

 こんなことは初めてだ。


 何かの予感だろうか?

 良いもの、それとも……。


 宝くじに当たるような確率のA寝台個室は、とっくに売り切れていた。しかしながら、幸運にも、駆け込み乗車で割安なB寝台の4人部屋のチケットを入手できた。途中で出会った車掌からは「あんたはもっている人」と云われてしまう。


 もっているとは何だろうか?

 ふと、思ってしまう。

 これで実家にゆっくりと帰れる。

 ああ……眠くなってくる。


 東京駅発18時03分。

 夕暮れの「寝台特急銀河」で久しぶりの里帰りとなる。けれど、そこにはふるさとへの凱旋といった興奮は一欠片ひとかけらもない。


 すべてが、懺悔ざんげの旅だ。

 熊本を抜け出し、3年となる。

 一度も実家に帰ってはいなかった。


 熊本駅に着くのは翌昼の12時31分。なんと、18時間のまる一日近く客車に揺られるひとり旅となってしまう。それでも良かった。自分で決めたのだ!



 大学生活の3年もあっという間。

 東京に夢を抱いてやって来たけれど。小説から抜け出したような放蕩三昧ほうとうざんまい。しかも、ようやくできた彼女、映見えみとも別れていた。


 案の定、両親が心配していたとおり、自堕落な学生生活。無関心、無感動、ただ、酒に溺れるひとり暮らしが続く。バイトも飲食店などを転々としている。

 でも、大学だけはやめないでいる。俺の唯一つの夢を壊さぬよう、何とか、教職課程だけはと単位取得に励んでゆく。


 このままではいけない。

 何度となくそう思っていた。

 

 夏休みとなり、喧騒な都会を離れ、車窓からの星空の下でゆったりとした、ひとり時間が欲しくなる。


 別れた彼女との心の整理もついていない。他にも、就職活動、実家の家業の後継ぎなど、色々考えなければならないのだ。



 ところが、昨夜からずっと一緒に飲んでいたクラス仲間からの冗談ばなしが耳によみがえってくる。いずれも、飲んだくれの耳障りなものだが……


「せっかく、映見えみは美人だったのに」


「そうや、もったいないくらいのな」


「タイムスリップした神社で、彼女に振られた厄払いして来い」


「幼なじみの女に慰めてもらったら」


 彼らの云うとおり、女性を愛することに慎重でやっとつかんだ恋。映見とは一途に3年付き合っていた。

 ところが、たったひとつのトラブルで、1か月前に別れていた。


 愚か者! 臆病者!

 自問自答の言い訳となってしまう。


 確かに、俺という存在はこの上なく意気地なしの男だ。けど、そこまで言われる筋合いは何処にもないはず。思い出せばだすほど腹がたってくる。


 

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