性格の悪い美人と性格の良いモブ

森林梢

第1話 多分、彼女はパリピが嫌い


「サプライズで他人の誕生日パーティを開催する人間は、全員、頭がおかしいのよ」

「そんな事ねぇよ」


即座に否定すると、対面に座る少女は目尻を吊り上げた。

艶やかな黒のロングヘアと、瑠璃るり色の澄んだ瞳が目を惹く美人だ。

彫像ちょうぞうめいた、白くきめ細かい肌。まばたきの度に揺れる、長い睫毛まつげ

通った鼻筋。しなやかな手指。楚々そそとした挙動。

一つ一つの要素が、妙に心を搔き乱す。

三角凛みすみりん。クラスメイト。

といっても、話すようになったのは、つい数日前からだ。

彼女は、手に持っていた真新しい文庫本を閉じて、テーブルの上に置いた。


「じゃあ、阪柳君は、いつどんなタイミングで誕生日を祝われても、気分を害さないのね」


そんな極論を口にした覚えはない。

と、反論したかったが、鋭い眼差しを向けられると、何も言えなくなってしまう。

そんな僕に、三角が当然みたく言った。


「明日の午前三時、貴方の家でパーティを開催するわ。喜びなさい」

「止めろ」

「なぜ? 何が嫌なの?」


 真顔で首を捻る三角。とぼけやがって。


「明日、僕の誕生日じゃねぇよ」

「じゃあ、誕生日の午前二時に、貴方の自宅へ押しかけて、大騒ぎするわ」

「そもそも、そんな時間にいきなり来られたら迷惑なんだよ」

「じゃあ、もし貴方の誕生日にパーティを行うとしたら、何時に貴方の元へ行けばいいの?」


……そんなに、僕の誕生日を祝いたいのか?

違いますね。知ってます。

嘆息交じりに返した。


「何となく分かるだろ。早くても正午過ぎ。夜だったら、午後七時くらいに行けば、常識の範疇だ」

「どうして、正午や午後七時はセーフで、深夜はアウトなの?」

「寝てるからだよ」

「誕生日の午後七時に、自宅で熟睡している人間がいないと、どうして決めつけられるの?」


 数秒、返事に詰まる。


「た、大抵は起きてるだろ」

「そもそも、起きていたとしても、確認せずに自宅へ押しかけてもいい理由にはならないわ。たとえ友人であろうと、何の連絡もなしに自宅へ押しかけられたら、迷惑でしょう?」


それは確かに、嫌かもしれない。

休日に遊ぶほど仲の良い友達が一人もいないから、断言はできないけど。

三角が、得意げな面持ちで話を締める。


「結局、サプライズパーティを開催する連中は、友達を祝いたい訳ではなく、騒ぎたいだけなのよ。そして、自分たちが楽しむためであれば、他人の精神を削り、時間を際限なく奪っても構わないと思っているのよ。ね? 頭おかしいでしょう?」


淀みない弁舌だった。

今の台詞を、これまでに何十回も繰り返してきたのだろう。

堪らず口の端から文句がこぼれる。


「お前、本当に性悪だな……」

「訂正しなさい」


唇を尖らせて、三角は断言した。


「そもそも、性格の良い人間なんて、この世に存在しないのよ」


彼女の瞳には、一点の曇りもない。恐ろしいことに、本音のようだ。

当然、聞き入れられない。


「いるだろ。普通に」

「いないわ。絶対に」


再び、三角の演説が始まる。


「世の中には、善意で他人を傷つける人間が少なくないわ」


これまた淀みなく、すらすらと言ってのける三角。

学校では、声を発する事さえ稀なのに。

そんな彼女が僕に問う。


「貴方の周りにもいるでしょう? 『貴方のため』とか『貴方が大事だからこそ』とか言って、さして根拠も無いのに、独断と偏見で何らかの行為を強いたり、逆に行動を制したりする人間。彼らは善人かしら?」

「……そういう連中は、善人じゃないと思う」

「でしょう? つまり、善意の有無だけでは、善人か否か計れないのよ」


 その点に関しては同意だ。

 でも、『この世に善人などいない』は、流石に言い過ぎだ。

 三角は、これこそが真理だと言わんばかりの口調で続ける。


「要するに『自分は性格が良い』と思っている時点で、自覚なく他者を害す人間だということは、確定したも同然なの」

「それは極論だろ。こじつけだ」

「そうかしら? 自分を顧みることの出来ない人間よ? いつか必ず、誰かを傷つけるに決まっているわ」

「……」


 反論に詰まる僕。もう三角を邪魔する者はいない。


「だから私は、性格の良い人が嫌い。心の底から」


 そんなこと、わざわざ言わなくても分かる。文句は心中に留めた。


「結論を言うわ。この世には、性格が悪いことを隠している人間と、性格が悪いことを隠していない人間の、二種類しか存在しないのよ。逆説的に、性格の良い人とされている連中は、全員嘘つきなのよ」

「着地点が極端すぎるだろ……」

「そんなことないわ」


 どうして、そんな綺麗な目で言い切れるんだ。今こそ自分を顧みろよ。

 ……悪い奴ではないと思ったんだけど、勘違いだったかな。

 ぬるくなったホットコーヒーを啜りながら、数日前の出来事を思い出す。


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