音声5

沼は木々に覆われた湿地の中にあって、沼へ行くために木製の遊歩道が設置されていました。

それは人が一人通れる幅しかありません。


遊歩道の終点はデッキになっています、昼間ならそこから弁天沼を臨むことができるのでしょうが、手持ちのライトの灯り程度では折り重なる木々の枝や群生する葦しか見えず、沼の姿は分かりませんでした。


デッキは10人くらいなら入れるスペースがあって、そこに甲斐くんと栞里は倒れていました。

直様、あたしたちは2人に駆け寄りました。


2人からは甘くて生臭い匂いがしました、身体や服は濡れていて、2人を触った男の子たちは『粘ついている』と話していました。


そこからは、みんな記憶がありません。


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次、気がついた時は、みんなで神社に戻っていて社務所の縁側に座り込んでいました。


甲斐くんや栞里と同じように、みんなあの『甘くて生臭い粘液』が身体に付着して濡れていました。

夜明け前で、うっすら空が明るくなっていました。あたしたちは境内の水道で粘液を洗い流し、タオルで身体を拭くと、キャンプ場に戻りました。


甲斐くんや栞里も、デッキに着いた以降のことは憶えていないらしくて、何故粘液に塗れていたのか誰も分かりませんでした。


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ということになっているけど、あたし記憶があるんです、何があったかの。


初めは、みんなが憶えてないと話しているのは、あまりに異常なことだから無かったことにしようと、忘れたことにしたいからだと思っていました。

だから話を合わせて。


でも、みんな本当に知らない、憶えていない。

それが分かって、余計に話せなくなりました。


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あの時、みんなが甲斐くんや栞里に近づく中、あたしは少し離れた場所から見ていました。

『濡れている』とか『ベタベタしている』なんて男の子たちの声が耳に入ってきたけど、それは上の空で聞いていました。


それより、あたしはデッキの周りで不自然な動きをする葦に目を奪われていました。

初めは風に揺れているのだと思いました、しかし周りに風が吹いていないことや、動きがまるで生き物のようにクネクネしていることに気づいたのです。

葦ではない得体の知れない何か、例えば『触手』のような理解できないものが、デッキを、あたしたちを取り囲んでいる。


知っていますか、本当に怖いと身体って動けなくなるって。


目の前の5人が突然視界から消えました、今思えば素早く襲ってきた触手に覆われて見えなくなったのだと思います。


あたしはそこから記憶がありません、あたしも恐らく触手に襲われたのだと。

そしてその証があの身体に纏わり着いていた粘液だったのではと思うのです。

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