勇者ご令嬢:短

仲仁へび(旧:離久)

第1話




「大変だ! 誰か救急車を! 女の子が刺されたぞ!」

「きゃあああ。ナイフを持った男がそっちへ走っていったわよ!」


 ある日、中条星菜という少女は、死亡した。


 学生生活に必要な文房具を買いに買い物に行ったデパートで、通り魔にさされたせいだ。


 たくさんの痛みと苦しみと悲しみの中、一人の少女がこの世を去った。


 しかし、彼女の全ては消滅したりはしなかった。






 中条星菜が次に目覚めた時には、とあるファンタジーゲームの中に転生していた。


「えっ、どうして。私しんだはずじゃ?」


 混乱する少女の姿は、綺麗なドレスを着た金髪の女の子だった。


 日本で生まれそだった星菜にはありえない容姿だ。


「外国人みたいな見た目だわ。なんだかおかしい」


 きょうれつな違和感にさいなまれる星菜は、自分が転生した事をさとった。


 彼女の頭の中には、前世の記憶と今世の記憶が混在していたため、最初は混乱する事になったがすぐに状況を把握した。


「すてら、うてぃ。うてぃれしあ。……ステラ・ウティレシア、七歳。それが今の私」


 転生したのは、ステラ・ウティレシアという少女。


 裕福な家の娘で、貴族令嬢という立場だった。


 父親は、領主で田舎のウティレシア領を統治している。


 ウティレシア領は裕福でも貧乏でもなく平均的な領地だ。


 そして母親は治癒魔法の使い手で、近隣で出た病人の面倒を見る事が多い。


 この世界では、きちんとした医療を受けられるのは、裕福なものの特権だった。


 あと、一人いる兄弟の弟、ヨシュア・ウティレシアは、珍しい精霊使いであった。


 この世界ではなかなかいない存在である。


 精霊という生き物を従えて、彼等が見たもの聞いたものを知る事ができるらしい。


 ヨシュアは優しい性格なので、その精霊の力をつかって、人々の困り事を解決していた。






 中条星菜ことステラ・ウティレシア。


「今日も、特訓、しなくちゃ。強くならなくちゃだめだわ」


 ステラは、剣を振り回す貴族令嬢になった。


 その影響で、だんだんお嬢様らしい事は苦手になっていった。


「じっとして微笑んでるのってなんだか退屈なのよね。体を動かしていたほうが楽しいし」


 それは記憶の影響もあったが、もともとの向き不向きもあった。


 そんなステラは前世の出来事……自分の命を失った時のことを覚えてたため、それがトラウマになっていた。


「力がないと生き抜けない。この世界には魔物がいるみたいだし、盗賊とかもたまに出会うって聞いたわ。だから強くならなくちゃ」


 そのため、最低限自分の身を守るための力を手に入れようとしていた。


 しかし、ステラはやりすぎた。


 向上心と努力する意思が人一倍強かったため、腕を上げ過ぎて勇者になってしまったのだった。








 成長したステラは、騎士という職業に就くことになった。


 領主に向いていなかったからだ。


 それでその騎士の任務で、少し前に亡くなった勇者の遺品をとりにいったのだが。


「剣がなぜかステラ隊長に反応して光ってる!?」

「あの勇者様の剣が!?」

「確か所有者と認めた人にしか光らないって聞いたけど」


 勇者が亡くなった場所で、ステラが手にした遺品。


 その勇者の剣が光り輝いた。


 それは、勇者の後継者、次代の勇者になった事を意味していた。


「えっと私、目標は大きく持ってたけど、さすがに勇者になるくらいの強さはちょっと要らないんだけど」


 勇者の地位は代わりが効かない。

 だからその立場を返上する事はできなかった。






 その時から国の中の重要人物となってしまったステラ。


 ステラは、勇者として重要な仕事をこなさなければならなくなった。


 それで、命の危機に瀕する事が増えたのだから、本末転倒な有様だった。


「えっと国を揺るがす大罪人を討伐せよ? 呪術なんて危険なものを使うらしいわね」


「魔物の大群から村を守れ? これ結構な数だけど大丈夫かしら」


「遺跡のトラップを解除するために、調査隊が向かう前に先行せよ? これも勇者がする仕事でいいの?」


 そんな調子で、忙しさでろくに休みもとれない日が続いた。







 勇者になってから忙しく各地をとびまわるステラ。


 そんなステラには、思い人がいる。


 それは平民の青年ツェルトだった。


「よっ、ステラステラステラ! 俺と遊ぼうぜ!」

「ツェルト、貴方と遊んでる暇は今はないの。でも後で遊んであげるから、今はもうちょっと真面目にしゃんとしてて」

「えーっ。ステラといられないと退屈じゃん。主に俺が!」


 その人物はステラと同じく剣の腕に恵まれた人物だ。


 結構ふざけているので、ステラはお姉さん的な立場からツェルトを注意することがよくあった。


 そんなツェルトは、そのふざけた態度によらずかなり強い。


 めきめきと剣の腕をあげて、国の中でも重宝される人材となった。


「ツェルト隊長って、剣を振ってる時はかっこいいんですよね」

「そうだよねー。剣を振って戦ってる時は」

「でも、普段はなぜか残念な事に。もったいないわ」


 その強さに惹かれて隠れたファンが多いのも事実だった。


 ステラも、実はその中の一人だった。


「ちゃんとしてればかっこいいのに、どうしていつもふざけちゃうのかしら」

「えっ、なんか俺に嬉しいステラの独り言が聞こえたような気がしたけど、もう一回いってくんね」

「そういうところが残念なのよな」

「滅茶苦茶ため息ついて、あきれられた! ステラ―、あきれないでくれよー」


 しかし、ステラは自分の方が立場が上であることを気にして、告白できないでいた。







 これまでの人生の中で、ステラは様々な人物に関わって来た。


 それは前世でやってきた「勇者と頼もしい仲間達」のゲームに出てくる人物も同様。


 心優しい少女アリアや、正義感の強い少年クレウス、野獣のような少年レイダスなどなど。


 ゲームの世界でもそうだったが、こちらの世界のそれらの人物にも各自恋のフラグというものが立っていた。


 が、よそと比べるとステラのそれは弱々しかった。


 それについて知り合いの少女に相談すると「うーん。鈍感! ステラちゃんはだいたい可愛いところばっかりだけど、脳筋とそこが残念だよね!」と言われてしまった。


 よく分からない。


 そんな調子であったため、ツェルトに告白できないまま、時間だけが過ぎていく。







 そんな中、原作の最後のイベントが起こった。


 それは、前代勇者が残した遺跡を再起動させるというイベントだ。


 その世界にはあちこち遺跡がある。


 その遺跡を起動する事で、ラスボスなるものを倒せるようになるのだから、それは必須のイベントだった。


 だから、ステラは物語の登場人物であるアリア達と協力してそれにあたった。


 治癒魔法の使い手であるアリアに、炎の魔法の使い手であるクレウス。


 他にも頼もしい仲間達がたくさんいた。


 戦闘力がぴかいちで高いレイダスに、ときどき恋の相談相手になってもらう呪術解除の達人ニオ。


 だから、イベントは簡単にこなせると思っていた。


「これだけの優秀な人材が集まったんだもの。きっとうまくいくはずよ。みんながんばりましょう!」







 しかし予想外の事態がおきて、任務の途中で怪我をしてしまう。


「魔物の大群がこんな所に出現するなんて、トラップが作動したのかしら。くっ、数が多すぎるわ」


 遺跡のトラップのせいで、ステラ達は魔物の大群に囲まれてしまう。


 ステラは仲間達を助けるために、体をはって前へ出て、剣をふるい続けるが。


 体力と気力がつきるのは時間の問題だった。


「このままじゃみんなやられちゃう。せめて誰か一人でも奥へいかせないと」


 もしもの時は、自爆技でも放って敵を道づれにしよう。

 そう考えていた。


 死のトラウマは残っていたが、今のステラには大切な人が大勢できた。


 その人達が自分と同じように失意と悲しみの中で死んでいくくらいなら、自分が身代わりになろうと考えていたのだ。


「いよいよ余裕がなくなってきたわね。こうなったら」


 そして、魔物達の猛攻が激しくなり、死を覚悟したステラだったが、そこに助けにやって来た人物がいた。


「ステラ! 大丈夫か! 後は俺達にまかせて、先へ!」


 それがツェルトだった。


 別動隊として別の方向からすすんでいたツェルト達がかけつけてきたのだった。


 ステラ達は、魔物の包囲網を破って先へ進んで行く事ができるようになった。


 しかし、それはツェルト達をその場に置いていく事でもあった。


 魔物達が追走しないように、その場に残る人間が必要だったからだ。


「ツェルト!」

「ステラ、俺は大丈夫だから。こんな所で死んだりしねーって。だって俺、ステラの事好きだし」

「こんな時にもうっ。でも、私もツェルトの事が好き」

「えっ」


 ステラはこれが最後の会話にならないようにと願いをこめて、ツェルトに告白する。






 遺跡の奥へたどりつき、任務を果たしたステラ達。


 遺跡は起動して、建物が淡い光に包まれた。


 そしてラスボス戦へとなだれ込む。


 何千年・何万年もの過去から生きてきた大罪人を討伐するために戦いが。


 ゲームのシナリオに幕を引くために、ステラ達は死に物狂いで戦った。


 何度も命を落としそうになったが、そのたびにツェルトの事をおもいだして気力を奮い立たせた。


「私は生きてまたツェルトと会うんだから。だから負けてなんていられない!」


 今のステラは死にたくない思いではなく、生きたいという思いで戦っていた。


 全力をだして戦いを終えた後、そこで最後のイベントが終了した。


 ラスボスを倒すための遺跡が起動した事によって、その世界の異能の力が増大していく。


 ゲームで知った話によると、今後この世界から魔物の数は少なくなっていくらしかった。






 その後、やっとの事で、思いを通じ合わせる事ができたステラは、ツェルトと付き合う事ができるようになった。


 それからもステラは勇者として、国や国民のために様々な活動を行っていく事になる。


 しかし、ステラが命の危機に陥る事があっても、命を落とす事はなかった。


 ステラ・ウティレシアは死を恐怖する心を乗り越え、生に執着する力を手に入れたからだった。


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