マキナーー友としてーー その2




 二人が落下していく先は学園内の闘技場の一つだった。

 風属性を象徴として作られた第四闘技場。

 そこは四階建ての円柱状の建造物。

 中心の直径約三十メートルは吹き抜け構造になっており、そこを石造りの橋から頼りなく掛けられた縄一本、簡易的な吊り橋らが大量に掛けられ疑似的な多層構造になっている。外周の壁面部には簡易的な踊り場と螺旋階段があるだけ。

 主に三次元的な機動の訓練の為の闘技場。

 今、この場は無人だった。

 まともな足場の少ない吹き抜けの円柱状建造物と言うこともあって避難場所として適していないという理由があり、特別な構造のない第一や地下に閉所戦闘訓練用に作られた第五闘技場などに基本的には民衆は逃げ込むだろう。

 それを、マキナは分かっていた。

 激突して空中でもみ合っている間に、細かく落下機動を誘導していたのはその為であり、


「止めてやるぞ、アレス……!」


 それもまたその為の行動に他ならない。

 共に円柱の頂点に入った瞬間、マキナは背からウィングユニットをパージ。

 さらに位相空間からナノマシンを抽出し、離脱させたのも合わせて構造変換。

 形成されたのは、 


「レーザービット……!」


 自律飛行型のレーザー兵器が四つ。

 小型量子リアクター内臓の為、それ自体が高出力プラズマレーザーを照射可能であり、マキナの意思に応じて自在に動く。

 一瞬で散開し狙うのは、

  

「どこを……、っ!?」


 アレスでは無かった。

 そしてアレスはすぐにレーザービットに意識を向けられなくなった。

 マキナは既に新たな行動を起こしていたからだ。

 

「巨人……!?」


 そう。

 落下する中、マキナの背後に巨人の上半身が形成される。


「デウス・エクス・ヴィータ……!」


 本来全長十メートル級の機械巨人。

 腰から上だけ、左肩から先は存在しないがかつてのクリスマスの戦いでマキナが変形したもの。

 一瞬で出現した巨影にアレスは悟ったように息を飲む。


「さっきの砲撃もそれで……!?」


「肯定しよう! 半身分のナノマシンが消し飛んだがな!」


 先刻の強化砲撃。

 あれはマキナにも回避不可能なものだった。

 だから直撃の寸前で巨人を召喚し、文字通りの肉盾とした。

 膨大量のナノマシンが蒸発したが、マキナ自身は無事で済んだのだ。

 そして今。


「機械相手の戦い方を教えてやる……!」


 巨人のスラスター噴射させながら、アレスの機体を蹴りつけ落下を加速。

 地上部に片膝立ちで着地し、即座に両足をアンカーに変形し固定。

 マキナ自身が右腕を突き上げれば、巨人もまた同じ体勢になり、


「武装展開……!」


 巨人の左脇腹部分がごっそりと抜けながらも右腕に武器が作りだされる。

 極太の杭が装填された射出兵器。

 狙いは僅かに遅れて落下してくるアレスへ。

 さらに、


「ビット!」


 頭上に残されていたレーザービットは既に役目を終えていた。

 円柱状の吹き抜けの中、網目を描くように照射されたレーザーが焼き抜いたのは壁面。

 崩壊機動は計算されたレーザーにより、内側に流れ込むように倒壊した。


「前門の杭、後門の瓦解―――!」


 本命は勿論杭。

 それが対処されたとしても、純粋質量落下による攻撃による生き埋め。

 攻撃の失敗を前提とした段取り。

 かつて機械たちと戦っていた時の戦法だ。

 人間よりも遥かに強大なそれらはこちらが必死で用意した攻撃手段がまるで効かないなんてことも普通にあった。

 故に斃せなくても次に繋げられるように動くようになった。

 そこまでして、なんとかレジスタンスとして活動できる、そういう戦いだった。

 対等に戦えるわけではない。

 ギリギリの瀬戸際を渡り歩く戦いだった。

 

「だが、今は……!」


 頭上、崩落する建物を背にしたアレスへ右腕を向け、思いを口にする。

 体の全ては敵だったナノマシン。

 残っているのは、心しかないから。


「お前を張り倒しても止めるぞ―――友として……!」


 右腕の杭打機が撃鉄を起こす。

 そして、射出の為に叫ぶ言葉は一つ。


「パイルッバンカーアアアアアアアア!」


 轟音と共に射出した。







 そして、マキナは見た。

 水蒸気爆発を引き起こしながら突き抜ける撃杭。

 アレスへと延びる中、しかし彼に動きがあった。


『≪一意戦神マルス・ディスティニー≫――――――』


 アレスの装甲フレームだ。

 戦闘用に加速させていた思考の中、蓬莱する瓦礫よりも、突き進む撃杭よりもそれらは早く動いていた。

 これまで、彼の装甲と砲身として動いていたものがこれまでと違う動きを得る。

 重装甲を為していたフレームの半数がパージ、彼の両手に集結し、新たな形に合一する。

 それは刃渡り五メートルはある巨大な機械二刀。

 握りしめ、


『――――第二セカンド進軍戦型マーク・グラディウス


 一瞬で最適化が実行された。

 剥かれた装甲の内部機構が新たに銀の表皮を再形成、兜も目を覆うバイザーとなり重装から中装装甲へ。

 黒鉄の重機械から黒銀の二色鎧となり、


「オリンフォス式戦神術――――四式・周く陽輪」


 巨大刀が閃き、赤雷が円環を描いた。

 一瞬だ。

 二刀は上下へ。

 上へ振られたものは崩落に斬線を通した後、赤雷が蹂躙し。

 下へ振られたものは撃杭を両断、巨人を断ち切り、


「―――――」


 マキナの右肩から左腰まで駆け抜けた。







「―――――なるほど、それがお前の力か」


 アレスは勝手に変形した鎧の身軽さを感じながら、マキナの声を聞いた。


「戦神という存在からどういう能力が出てくるかと思ったが……状況における装甲の進化変形か。先ほどの砲撃特化の姿からさらに装甲の形式も変化しているあたり、まだまだ派生がありそうだな」


「冷静だな、アンタも」


 自分でもまた感覚的に理解できない力を冷静に分析する彼に思わず嘆息する。

 第四闘技場は既に半壊していた。

 四階分の内、一階部の外壁が残っているだけであり、周りには瓦礫の山が作られている。

 その中でマキナは横たわっていた。


「そんな、頭と左肩しかない姿で」


 先の攻撃により右肩と胸から下は無くなっている。

 だが、奇妙なことに血は流れずマキナは平静なまま。

 代わりに切断面から粒子のようなものが漂っているだけだ。


「生憎、人間の体ではないからな。自分でもよく分からん」


「そうか」


 頷いて。

 右の巨大刀を向ける。


「残った体を蒸発させれば、お前も死ぬのか?」


「―――さてな」


 マキナは苦笑する。

 誤魔化しではなく、本当に分からないような力の無い笑み。


「自前のナノマシンの大半が消し飛んだが、それが消えたら死ぬのかやはり自分でも分からん」


「……まぁいいさ」


 アレスは肩を竦め、バイザーの奥から目を細めた。

 やることは、変わらない。


「どっちにしても、今のアンタは消す。……俺にはやらなきゃいけないことがある」


「――――」


 死に体の男はただ目を伏せた。

 何を思うのか、肺が残っているかも怪しい体で息を吸い、


「―――おっ?」


「?」


 急に、真上を見上げた。

 唐突な動きだった。

 数秒何もない空を見据え、


「…………確かに俺ではお前を止められない」


「何を今さら―――」


「だから、本命に任せるとしよう―――頼んだぞ」


「!?」


 言った直後。

 マキナの姿が消えた。

 地面に広がった白い火花が円になり、落ちて行ったのだ。

 転移をしたと理解し、しかしどこに、と思う間は無かった。

 なぜなら。


「――――えぇ、頼まれましたよ」


「……!」


 背後に振り返り、声の主を見る。

 黒髪黒目、黒い戦闘衣、片肩の赤いマント。

 この一年、嫌と言うほど関わり、何よりもアレスの心に焼き付いた少年。


「ウィル・ストレイト……!」


「えぇ、お待たせしました。アレス・オリンフォス」


 その瞳は、真っすぐに己を貫いていた。



 

 

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