トリウィア・フロネシス――類は愛を呼ぶ―― その2


 全三十五系統。

 各五系統それぞれ織り上げ、七属性をさらに練り上げ、ただ一つ破壊の概念として具象化させる。

 破壊は銃口から刃の峰を通り、


「ッ――――」


 深淵は、貪るようにアポロンの重装に触れ、その概念を全うしていく。

 ≪魔導絢爛ヴァルプルギス境界超越エクツェレントゥ≫の発動により全ての攻撃に破壊概念が付与されるようなった。

 対処の物理的強度を無視し、それすらも概念的に破壊する防御不可の法則具現。

 そして、


「カァッ―――!」


 アポロンの動きを見た。

 全身にある日輪を模した装飾。そのうち、腹と胸にある大円が破壊が触れるのと同時に熱を灯す。

 炎輪だ。

 元よりアース111の基準を超越させるために作られた科兵化は、前提として概念的な強度を持つ。

 円環装飾の重装鎧の意味をトリウィアはすぐに察する。

 射出して来た円刃と同じように、装飾の円環もまたアポロンの日輪なのだ。

 それが、破壊に僅か遅れながら接触状態でも防御陣として展開された。


「おっ―――」


「ぬぅ―――」


 ぶつかり合う。

 回転する高熱の円環が破壊に砕かれながらも拮抗する。

 それはコンマ数秒以下の抵抗だ。

 一瞬で亀裂が入り、もう一瞬で重装ごとアポロンの体をぶち抜く直前、


「キモさ極めてるからってそのままにされたら困るぜ―――!」


 右から庇ってるのか庇ってないのかよく分らない一撃が来た。







 アルテミスはトリウィアへと蹴りを打ち込むと同時に脚部裏の加速器を稼働させた。

 バトルバニーのスタイルは変わっていない。

 意匠は同じく、科兵化によって構成パーツが変わっているのが大半だ。

 以前は『お前そのバニースタイルはもっと胸が大きい女が着るものではないか? その膨らみでは戦闘中ぽろ……るほどでもないか。ひょっこり? するんじゃないか? 視線誘導か?』などと兄に言われた――しっかり蹴り飛ばした――胸辺りも胸に張りつくボディスーツになっている。

 最大の変化は、脚部装甲だ。

 足先から膝までを覆う装甲の足裏と膝裏には加速器が備えられ、移動や蹴撃の加速を担う。

 そうした。


「オラぁッ――!」


 アポロンへと砲撃途中のトリウィアへ。

 横から加速の蹴りを叩き込み、


「ぬおっ!?」


 命中の寸前、空間の歪みに受け止められた。


「っ―――重力の盾か!?」


 重力操作によって歪められた空間が、障壁となって阻まれている。

 だったら、


「最・大・加・速……!」

 

 加速器が、轟という音を立てて瞬発した。

 魔力の噴出音と空間の破砕音。

 蹴りぬく。


「ちっ―――」


 悪魔の判断は即座だった。

 もう一瞬あればアポロンの重装を撃ち抜けただろうが中断し、右の刃銃を立てて一撃を受けた。

 軍服姿が跳ぶ。


「はっ……礼はいいぜ」


「くっ……妹よ、一体私のどこがキモイと言うのだ……! あぁっ、我が女神より賜った愛の鎧が砕けてしまった……!」


「そういうとこだよ!」


 脚部の副加速器で姿勢を修正し着地しながら蹴り飛ばしたトリウィアを見た。

 彼女は軍靴で観客席を蹴散らしながら十数メートル滑り、


「おや良い所に」


 丁度良い位置にあった席に座り、足を組み、


「―――ふぅ」


 煙を一息吐きだした。

 散らばった観客席、天上から差し込む光、長い脚を組みながら煙草を蒸かす軍服姿は腹が立つくらい様になる。


「無性に腹立つな」


「妹よ、そういうところがチンピラなのだ」


「うるせぇなぁ―――お前も思うだろ!?」


「当然ねぇ!」







 断続的な重力制御と時間加速、思ったより疲れるなぁ、なんてことを思いながらトリウィアは一息ついた。

 訓練は重ねていたが、それでもやはり実践となると負担の質が違う。

 重力制御はともかく、時間加速は自己感覚五秒以上は続かないし、連続使用も数回までだ。あまり考えずに重ねると早急に体力や魔力精神力を消耗しきってしまうだろう。

 盛大に格好つけたので、ちょっと派手にやり過ぎたかもしれない。

 まぁかっこいいのは大事なので必要経費だが。

 息を吐き、紫煙を吸い、


「ふむ」


 壇上、ヘファイストスが新たに構成した兵器を見た。

 右三本のメタルアームに六連連装砲。

 左のメタルアームは三本が一纏りとなって、掴むというより生えているのは、


「…………なんですかそれ」


「答えてあげましょう―――列車砲って言うのよ。魔力機関でちょっと省略と縮小してるけど」


 舞台の手前から奥まで一杯に使われた巨大な砲門。

 アースゼロは19世紀欧州にて生み出された列車と共に運用する巨大砲だ。

 目測、砲口が十五センチ丁度。

 現在アース111における銃器は精々10mmから30mm、トリウィアが普段使う変形二丁拳刃鞭銃≪エリーニュス≫の通常口径でも44mmだ。術式刻印による魔導大砲でも100mm前後までしか存在しないし、そもそもこれは魔法による補助具という性質が強いので銃火器としては扱われない。

 それが遥か未来の技術と異世界の魔導で作られたのなら、


「私も初めて使うけど―――射程、王都の外壁くらいは全然余裕で超えるからそのつもりでいなさい」


 あざけるような笑みが向けられて。

 連装砲の弾幕が斉射された一秒後、列車砲が発射された。

 

「――――!」


 故にトリウィアは、斉射と同時に加速の深淵に身を沈める。




 



 加速された世界で、千を超える細かい弾丸が迫るのをトリウィアは見た。

 それは良い。

 腕を振り、双刃銃の刀身を分解、刃鞭形態に移行。

 解析の魔眼にて銃弾の群れの軌道を計測、自分に当たるものを確認した。

 一秒。

 重力制御を以て両腕を振りぬいた。

 椅子から立ち上がる暇すら惜しい。

 連装砲の狙いは甘く、自分に当たるのは半分程度。刀身を重力加速させた上で重ねて纏わせた斥力で弾き飛ばせばいい。

 二秒。

 既に列車砲は放たれている。

 超加速の世界で尚、発射の魔力光が伝播し、衝撃は劇場全体を揺らして行く。連装砲の弾丸も押しのけるほど。

 トリウィアに届くまで実時間一秒もなく、今の加速内時間でも四秒後だ。

 動き続ける。

 

「―――散ってください!」


 魔力による刃鞭の接続を解除。

 それによって生まれたのは細かい刃が左右合わせて七十本。 

 一本幅二センチと少しの刃というよりは鋭利な鉄の破片。

 三秒。

 銃刀身を失い、柄だけを握る両腕を広げながら前に突き出す。 

 重力が伝播し、破片が形を生んだ。

 五本一組の円形。それが十四枚。

 それの内七枚を列車砲の軌道に並べ、残りの七枚を真上に向けた。

 天井の大穴を向く、L字型のレールだ。

 推測できる威力と射程的に、回避してしまえば王都をぶち抜くだろう。

 ただ

 四秒。

 

「歪め……!」


 円の内、さらに円同士の合間の空間に重力力場を展開。

 レール内に空間が歪むほどの荷重が生まれ、


「――――」


 五秒間の加速が終了した。







 列車砲の発射、その衝撃にヘファイストスはメタルアームで無理やり姿勢制御を行った。

 一瞬で舞台が砕け、木片が舞い、観客席を薙ぎ払う。

 ≪偽神兵装≫越しにロリコンとチンピラが文句が来たが今は無視。

 ただ、悪魔がどうなるかを見て、


「――――はぁ?」


 砲弾の軌道が曲がっていくのを見た。

 大気への打撃ごと、円陣のレールが押しとどめ、速度を落としていく。減速した砲弾はそのままL字型レールに乗り、


「!!」


 真上へ突き抜け――――遥か頭上で爆発する。


「こ、こいつ―――!」


 レールの出現は気づいたら行われていた。

 時間加速内で作りだし、対処をしていたのだ。

 加速が何秒間あるのかは知らないが、それでも初見の兵器を前に、この判断力とそれを実行する能力。

 なんというかもう、


「アンタの方がよっぽどチートじゃない……!」


「――――あぁ、そういえば」


 対するトリウィアは柄だけの銃を周囲に重力で浮かせながら、新しい煙草を口に着けていた。

 頭上に青黒の天輪を頂く軍服の女は、変わらずこちらに対して横向きで座席に腰かけたまま。

 そして周囲に浮かんでいるのは柄だけではない。

 数センチ程度の細かい破片が数十。

 トリウィアの周囲、中空に固定されている。

 彼女は右の二指で挟んだ煙草を吸いながら、足を組みなおした。


「ウィル君も、持ってるんですっけ。そのチート、世界に対する適正とかなんとか」


 左手を上げ、


「近しき者同士は共にあることを望む、なんて帝国の諺で言いますけど―――」


 振り下ろし、


「ふふっ――――私とウィル君、お揃いですね」


 笑っているのに全く笑顔に見えない惚気をしながら、全ての破片を重力操作により超音速で射出した。

 

 

 

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