デンジャーゾーン その2
「流石、主だ」
フォンは満足げに呟きながら、彼の姿を見る。
自分に寄せてくれたであろう鳥人族の装束と背負う翼。
だが、それまでと違うものがある。
翼だ。
それまでは直線と流線が組み合わさった紋様の翼だった。
今は違う。
そこに片翼にそれぞれ七つの円環が生じている。
「お待たせ」
「ううん、全然」
フォンが自分の翼をはためかせて白黒の粒子を回すと、彼の翼に動きがあった。
漂う翔気を紋翼の円環が呼吸するかのように吸収し、紋様に循環しているのだ。
それによって紋様自体が加速と減速エネルギーを発生し、コントロールしている。
≪ペリドット≫と≪ビフレスト・エアリアル≫はフォンを模したもの。
≪エアリアル・プリズムスカイ≫は、その上でフォンと共に空を往くためのものだ。
「―――」
その事実が、喉を震わせる。
加えて、
「分かってたよ、来てくれるって」
フォンは自らの左手に浮かんだ虹色の紋章を翳す。
ウィル・ストレイトの≪外典系統≫、≪我ら、七つの音階を調べ合おう≫。
二人は並んだ時点で、互いの速度域の違いを分かっていた。
だからまずフォンが先行し、その間にウィルは学んだのだ。
彼女と共にあるための飛び方を。
「フォンだけ行かせるわけにはね」
軽く首を傾けて笑うウィルを見ると嬉しくなる。
決して、二人は一方通行ではない。
ただフォンがウィルのために飛ぶのではない。
ウィルだってフォンの空に飛び込んでくれるのだ。
彼の翼が、≪外典系統≫がそれらの想いを教えてくれる。
それが嬉しくてたまらない。
同時に、嬉しさがつつ抜けなのは少し恥ずかしいけれど。
まぁいいや。
「―――」
言葉は必要なく。
二人は同時に飛び出した。
●
「っ―――≪
≪
多くの概念術式を扱い、それを上乗せするためにあえて特殊な性質は用意されていない。
そして今。
一対の翼が飛び出すよりも早く、己の権能を行使した。
使用しうる全容量の弦糸を髪槍とし、今度こそ千に近しい数を形成する。
全てに追尾、命中時爆裂の術式を込め、当然のように鳥人族殺しも込められている。
「空を、楽園を、覆い尽くせ……!」
膨大極まる質量ならば減衰されようとその次が迫るだけ。
「――――」
大質量の矢群に、ウィルとフォンの判断は一瞬だった。
共に。
空へ。
●
黒白と七耀の翼が空へ登っていく。
僅かに黒白が先行し、彼女が生み出す翔気を七耀が吸い込むことで加速を重ねていた。
追尾概念を持つ以上、速度で振り払うだけでは足りない。
故に彼らは、ギリギリまで引きつけた上で誘爆させることを選んだ。
「――――」
昇る。
昇る。
昇っていく。
互いの位置を入れ替え合い、フォンは慣性を無視した機動で、ウィルは慣性に囚われながらも遅れることはなく複雑な軌道を描き、それぞれの色の軌跡を伸ばしていく。
矢群もまた青白い魔力残光を何百本も生み出しながら二人を追いかけた。
空というキャンバスに、飛翔と追跡の痕跡を刻み付ける。
まるで狂気のお祭り騒ぎだ。
「a――――」
フォンの喉から歌が零れる。
直線、円、螺旋、曲線、あらゆる軌道を描き、必中と誘爆の中を飛びながら彼女はもうそれらを見ていなかった。
あるのはただ、幸福だ。
こんな飛び方、鳥人族だってそうそうできない。
そもそも誰よりも早く飛べたから≪七氏族祭≫で鳥人族の代表になった。
誰も、彼女の翼にはついてこれなかった。
今は違う。
「aa――――」
「――――mm」
フォンの風の歌に、ウィルがハミングを重ねる。
近づき、離れるのを繰り返し、突き抜ける風や矢群の爆発の音の中。
≪外典系統≫と二色の翔気が、その声は確かに互いに届け合う。
風の歌は、誰かを求める言葉にならぬ歌だ。
愛しい人に届きますように。私はこういう生き方をしてきましたよ。
鳥人族としての全てを乗せた声。
重なり合う。
だから何も怖くなかった。
上昇すればするほど大気は薄くなり、気温は下がる。
下を意識すれば串刺しと爆発の群れ。
空に生じた危険地帯を、二人は歌による逢瀬と共に突っ切っていく。
「主」
「うん?」
愛しい人をの名を呼ぶ。
風が全てを伝えてくれるとしても。
全てがわかり合っているとしても。
それでも、言葉として紡いで伝えたいものがある。
「大好きだよ」
何度も、何度でも。
どれだけ口にしても事足りない。
「うん、僕も大好きだ」
そして。
二人は手を繋ぎながら翔気を解き放つ。
逆再生するかのように一息で下降を開始し。
「――――!」
空に、数多の爆裂の花が咲いた。
●
「―――――決めるよ、フォン!」
「うん!」
楽園超えの矢群れを、さらに超えてウィルとフォンは再び大地へ飛翔する。
戦いを始めた時のように。
だが、違うものがある。
「望むところだ……!」
待ち構えるアルテミス。
その手に、弦糸で編まれた長大な弓矢が握られ、直上の二人へと向けられていた。
弓の長さだけで三メートル近く、番えられた矢も同じ。
身の丈をはるかに超える武装ははったりではなく、膨大な魔力が集い青白の多重魔法陣を展開していた。
「≪
ぎちりぎちり。
それは彼女の黒く染まった敵愾心と復讐心が軋む音でもある。
たった一人、自分以外にぶつけるしかない激情。
「――――
放たれる。
膨大な魔力と獲物を狩るという概念によって創造された月光の砲撃。
異なる法則であろうと、究極魔法に匹敵する必殺技。
『
だからと言って、二人は止まらない。
むしろ真っすぐに破滅の月光へと駆け、互いに握った手に力を込める。
瞬間、さらに二人の翼が形を変えた。
ウィルの紋翼は左肩に。
フォンの翔翼は右肩に。
倍ほどの大きさになった片翼が生じた。
互いに右足と左足を揃えれば、黒白と若草色を主軸とした七耀が包み込む。
『広がる天空! 羽ばたく比翼!』
一対の翼、繋ぐ手。
まさしく比翼の鳥のように。
『疾風怒濤・橄欖謳歌――――!』
激突。
飛翔と月光がぶつかり合い、膨大な衝撃を生みながら一瞬拮抗し、
「オオオオオオオオ―――!」
比翼が吠え、踊る様に回った。
超回転。
そして生じるのは竜巻だ。
別たれぬ翼は螺旋を生み、月光を突き抜け、
「―――――!」
月女神を射抜き、大地へと叩き落した。
後には、輝く陽光と晴れ渡る空の中、比翼だけが空を舞う。
「……………………どうでもいいけどさ、主」
「うん?」
「私、そんな黄緑色のイメージ無くない? 御影やトリウィアは赤と青で合わせてたのに」
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