グレートボールズ・オブ・ファイア その2



 シュークェは己の翼から炎を放出した。

 羽ばたいて飛ぶのではなく、翼を加速器として推進力を進むシュークェにとって、それは攻撃と同義だ。

 双翼の付け根から強く炎を吹き出し、外側にて軌道制御を行う。

 それによる飛翔の加速を、そのまま拳に乗せて打ち出すのだ。


「ホアチャーッ!」


「暑苦しいぜほんとによぉ!」


 苛立たしげにアルテミスは宙を跳ねて避け、それをシュークェも追う。


「フン……! 言われるまでもない――――よく故郷で言われたからな!」


「威張っていいのかよそりゃあってうお!」


 言われたのだから仕方ない。

 途中でアルテミスの言葉が途切れたのはウィルが彼女のツッコミの隙間を縫う様に風輪を放ったからだ。

 風輪が三つ寄り合って回転する手裏剣のような攻撃だ。

 上手いのは彼女に回避されたとしても、弦糸を断ち切って動きのテンポをずらしている。

 流石だなと思った。

 そして、それでいいとも。


「あぁ、そうだ―――。このシュークェは、これでいい……!」




 

 

 シュークェは思う。

 自分はいつだって鬱陶しがられていたなと。

 故郷ではそうだった。

 飛ぶという鳥人族の本能への向き合い方の折り合いが悪く、故郷を飛び出し放浪していた時もそうだ。

 暑苦しいとかよく言われた。

 翼から出るから仕方ないだろうと言っても、微妙な顔をされたのでそういうことではないらしい。

 良く分からない。

 久しぶりにあったフォンもそうだった。

 数年ぶりにあった親戚の少女は成長して、


「よもや奴隷とはな……!」


「アァ!?」


 大丈夫なのだろうかと思った。

 思ってウィルに喧嘩を売った。

 そして結論から言えば大丈夫だったのだ。

 カルメン・イザベラは彼を中心に強い絆があると言った。

 天津院御影はフォンのためなら命を懸けられると行動した。

 ウィルも今、そうしている。

 自分には無い繋がりだ。

 故郷で誰よりも自由に空を飛んでいた少女は、遠い所へ行ってしまった。

 いや、近いと思っていたのは自分だけだったが。

 それもまぁいいだろう。

 そういうこともある。

 別に傷ついてない。

 勘違いを訂正されることもよくあるのでそこに迷いや躊躇いもない。

 迷っているのはフォンの方だ。

 その上で彼女のこれからに必要なのはウィルたちだ。

 

「ならば……是非も無し!」


 兄でも許嫁でも親戚でも家族でもなかったけれど。

 それでも故郷を同じくした。

 同じ空の中にいた。

 自由に笑う彼女の笑顔を見た。

 きっとその表情をシュークェは気に入っていたのだ。

 いつか嫁に貰おうと思うくらいには。

 その笑顔にウィルが必要ならば、


「燃えろ、我が魂……!」


 仙術とは、己という存在を通して神に通じる技だ。

 即ち、自らの根底を見つめ、語り合うということ。

 そういうものだとシュークェは認識している。

 細かい理論はエウリディーチェから聞いたが良く分からなかったので忘れた。

 

「おおっ……!」


 大気を燃やしながら、轟音と共にシュークェは飛ぶ。


「死ぬ気かてめぇ!」

 

「愚問、我は不死鳥!」


 迫る月閃を避けはしない。

 再生力と推進力任せに突き進む。

 鳥殺しの呪いは込められており、受ける度に筆舌に尽くしがたい痛みと脱力感が襲うが、仙術による再生がそれを消し、さらに呪いが来て無視をするというサイクルを引き起こす。

 全て無視した。

 

「不死鳥とは、何度でも蘇るのだ……!」


 傷を受け、それを塞ぐために炎が全身を覆う。

 夜空を巡る彗星のようにであり。

 自ら燃える火の玉のようであり。

 彼の言葉通りに不死鳥のようでもあった。

 止まらない。

 止まる気もない。


「仙凰・絶招―――!」


 そして吠えた。

 仙術の奥義を。

 己の推進力をそのままぶつける、ただそれだけ。しかし最も強力なそれを。

 自己という世界を燃やし飛翔する炎の翼。


「―――――≪三界火翼≫ッ!!」







「シュークェさん!」


 ジェットエンジンのような轟音と炎と共に突っ込んだシュークェに、ウィルは声を上げた。

 それはこれまでとは格が違った。

 おそらくウィルたちにとっては≪究極魔法≫に匹敵するものであり、亜人連合では種族特性を最大限生かした≪絶招≫と呼ばれるもの。

 雪空に炎の花が咲いていた。

 叫んだ思いは二つだ。

 捨て身染みた特攻に対して無事なのかという心配。

 もう一つは少しだけ非難があった。

 アルテミスの攻撃からシュークェが庇い、ウィルが隙をついて攻撃する。示し合わせたわけではないがそういう構図があった。

 だが、今の≪絶招≫はウィルの援護も追撃も想定していなかった。

 彼が言った通り。

 鳥殺しの呪いがある故、倒れる前に傷を残そうとしたのだ。

 それは―――ダメだ。

 彼の献身は、しかし犠牲だ。

 そんなことを、ウィルは認めない。

 認めたくない。

 ウィル・ストレイトとはそういう人間なのだ。

 シュークェと仲が良いわけではないけれど。

 それでも彼がフォンの心配をしていたのは知っているから。


「…………シュークェさん!」


「――――――――うるせぇな」


「!」


 声があった。

 爆炎の余韻が晴れていく中から。

 現れたのは―――健在のアルテミスだった。

 彼女、1人だけ。

 シュークェの姿は、ない。


「っ……!」


「流石に今のはやばかったが、残念だったなぁ」


 深い傷はなく、あるのは身体に纏わりついた煤くらい。

 それを払いながら彼女は嗤った。

 払う手に、漢字を崩したような文字が浮かんでいる。


「≪火鼠衣≫。龍を相手にするんだぜ? 兄貴は≪バルムンク≫だけで良いと思ったらしいけどな。オレはこう見えて準備は過剰にするタイプだ。そりゃ対策するだろ、炎くらい」


 ≪火鼠衣≫。

 それはアースゼロの日本において現存する最古とされる物語で描かれる物だ。

 曰く、その皮衣は炎の中にあっても燃えず輝くという。

 彼女が使ったのはそれを再現した概念術式。

 対火性能だけに割り切ったものは、しかしシュークェの≪絶招≫から身を守っていた。

 アルテミスとは狩猟の神であり、処女の神であり、月の神であり――――魔術の神だ。

 それを示すかの如く、彼女は多種多様な、それぞれに対する専用術式を携えていた。


「さぁ―――僚機は落ちたぜ。後は次はアンタだ」


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