ティータイム・ウィズ・ハングドバード その2


「一応、規則的には拘束した不審者は生徒用の反省室に一時隔離して憲兵に突き出すって手筈だけど。わざわざここに連れてきたってことは意味があるんだよね?」


 パールの指摘をトリウィアはソファの背もたれに裏側から腰を預けながら聞いた。

 体を半身で振り向き気味で会話を聞く形だ。

 歓談用の3人がけソファは中央に机を挟んでおり、向かい側にはフォン、ウィル、アルマが並んでいる。

 こちら側は真ん中にパールがいて、フォンの正面にお茶を配っていた御影が今腰掛けた。

 ちなみにソファやテーブルの奥に吊るされたシュークェがいる。

 そして自分だけはアルマの正面の位置でソファに座らず、背もたれの後ろ側。

 なぜなら。

 この方がかっこいいと思うからだ。

 そして向かい側のウィルからはベストアングルである。

 彼女は珍しく煙草を吸わず、お茶の香りを楽しみながら口を開いた。


「その通りなんですが、ちょっと気になることがあったので」


「へぇ、トリ先輩が?」


「はい」


「……」


 返事をしたら彼女はこちらに振り返ったが、すぐに眉を顰め、


「先輩? そこ話し難いですよ?」


「なんと―――?」


「いやそりゃそうだろ。僕からそうだ……パールに対する応えとしても位置的にも」


 同意してくれたのは正気でない濃度の緑茶を飲んでいるアルマだ。

 彼女の横目の視線はフォンと目を回して意識が朦朧としているシュークェに。


「そちらの彼は憲兵に突き出せば終わりだけど、聞きたいことがある。気になることを言っていたからね」


 それは、


「フォンの不調に関して『気が乱れている』とか『仙術』とか≪龍の都カピタル・デ・ドラーゴ≫、とか」


「それは―――」


 並べられた単語、特に最後の一言にパールもまた反応した。

 それは特に彼女にとっては無視できないだろう。

 なぜならば


「≪龍の都カピタル・デ・ドラーゴ≫、カルメンさんの実家……というより龍人族の里のことですね。亜人連合の最果て、現存する最後の御伽噺」 


 トリウィアにとって人生で一度は行ってみたい場所の一つだ。

 この世界における全ての生物の最上位種であり、もっとも希少な龍人族の里。

 学術的興味がそそられないわけがない。

 学園でカルメンという後輩もいるので行くことはトリウィアにとってそれは願望ではなく予定でもある。 


「カルメンのとこから来た……って鳥人族が? 龍人族と交友あったの?」


「まさか。私らからしてもほとんど御伽噺だよ。≪七氏族祭ドロ・ナーダム≫にだって関わってこないし。初めて会った龍人族がカルメンだし」


 首をかしげた彼女はウィルに自然に体重を預けている。

 いつもはポニーテールの髪は下ろされて、なんだか弱々しい。

 ひとまず落ち着いたようではあるが、それでもまだいつも通りというわけではないう。


「シュークェは3年前に急に私たちの里を出て行ったんだ。この人はなんというか……鳥人族的に見てもちょっと変わってて、飛ぶ以外の武術もかなり好きだったり、魔法も風より炎が得意だったりしたんだよね。あと性格も鬱陶しいし」


「あ、やっぱ鳥人族的にもあれはあれなんだ……」


「うん、うざいよね。主も言葉を選ばなくて大丈夫だよ!」


 辛辣さが随分増しているような気がする。

 

「……ふむ?」


 気がしたのでちょっと振り返ってみるが、そういえばフォンはトリウィアに対してそこそこ辛辣だった。

 部屋が汚いとか、創作料理を作るなとか。

 わりと去年の初めから尊敬度が薄れていたような気もする。

 

「おや……?」


「多分どうでもいいこと考えてるから言うが―――トリウィア、話を進めろ」


「はぁ」


 アルマに言われたので話を進める。


「≪龍の都カピタル・デ・ドラーゴ≫について聞きたいということがまず理由の一つ。それから仙術と気、という単語ですね」


「トリィ、仙術っていうのは? 魔法とは違うの? 気はなんとなくイメージできるけど」


「良い質問だね、ウィル君」


 そう、問題はそこだ。

 

「仙術というは亜人種の生態的特徴を生かした魔法―――です」

 

「そうなの?」


「あー……なんかいつだったかちらっとカルメンが言っていたような……?」


「えぇ、私も彼女が入学時に聞きました。フォンさんが聞き覚えない通り、現在亜人連合ではもう使われておらず、人種の本で一部残るくらいですね」


「ふむ。皇国が魔法を鬼道と呼ぶのと似たようなのか?」


「えぇ。究極魔法を始め、国によって呼び方が違うのはよくあることです。ですが、この場合確かな違いはあります。鬼種は強度や生態は人種と強度が桁違いですが角以外は構造的には基本的に同じでしょう?」


 ですが、


「連合の亜人種は肉体構造から違うのが基本です。細かいことを言うとエルフ種は鬼種に近いですが耳部の性能がまるで違いますね。そういったそれぞれの身体特徴を起点とした魔法が仙術とされています」


「ふむ、例えば?」


 取り出したノートを開きながらアルマが問う。

 握っている万年筆は真新しい。

 ウィルがクリスマスに誕生日プレゼントとして贈ったもの。

 数日後、トリウィアからはレアな学術書の書版本を何冊か贈ったりしたなと思い出しつつ答えた。


「そうですね。聖国で龍化したカルメンさんが周囲の威圧をしていたでしょう? あれもそうです。或いは……フォンさんがたまに翼を広げたまま空中に浮いているのもそうです」


「あぁ、空を掴むこと。ふぅん、あんまり自覚なかったな」


「…………ふむ」


「うん? どうしたのトリウィア。首が痛くなった?」


「いえ、違います。……こほん、そうですね。カルメンさんに話を聞いた時についでに連合出身の生徒に聞きましたが、やはり言葉に聞き覚えはないそうです」


「つまり、言葉として風化……というよりも共通単語に吸収されたというわけか」


「はい、そういうことだと思います」


「ふむ」


 アルマは軽く顎を上げ、そこにペンを当てた。


「珍しいね、トリウィア。君にしては少々曖昧な言い方だ」


「……えぇ、まぁ」


 苦笑する。

 流石に鋭い。

 というのも、



「ん……まぁそれもそうか」


「あー、いくらトリ先輩でも翼とか尻尾とか鱗とかないもんねー」


「魔法で似たようなことはできますが、結局ただの魔法でしたし」


 試したんだ……という視線に肩を竦め受け流す。

 この辺りは自分の性質によるものだ。

 知りたいと欲は誰よりも強い。

 だが、そこから先は得意不得意可能不可能有用不要がある。

 仙術はトリウィアには再現できず、必要でもなかったという話。


「トリ先輩の話はおもしろいけどその不審者とはどういう関係?」


「えぇ、大事なのはここからです」


 お茶を一口飲み喉を潤す。

 解説の時大事なのは溜めだ。

 このわずかな間で皆の視線を集めさせる。

 そして言う。


「仙術は私なりに解釈し、理解しました。気も同じように魔力の言いかえですね。ですが」


 それは解釈と理解だけ。

 もう廃れたものを人聞きで自分の中の枠に落とし込んだだけに過ぎない。

 ならば、そこにはまだ自分の知らないものがある可能性がある。


「彼はウィル君に翼を折られ、しかしすぐに復帰しました。―――つまりここにフォンさんが空を取り戻すヒントがあるのではないでしょうか」


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