新島巴 -祝砲ー その2
≪
それが新島巴の超能力の名前だ。
重力操作。
言ってしまえばシンプルだが、それはアース881における最高位という注釈が入る。
全人類がそれぞれ固有のスキルを持つ世界において、それは揺らがない評価を受けている。
重力による加重、逆に重量の軽減、自身を中心にした斥力や引力の発生による疑似念動力等々。
重力とは万物に適用される力だ。
そしてそれを、マルチバース最高の魔術師であるアルマ・スぺイシアが認めるほどには使いこなしている。
新島巴が転生したのは軍部の名家だった。
江戸時代より端を発し、その後アース・ゼロに等しい歴史の流れの中で現代に至るまで代々国を守ることを家業としてきた。
父は自衛隊の高官であり、巴もまた当然のように父と同じ道に入った。
アース・ゼロとの違いは、世界中各地に所謂ダンジョンがあったということ。
それは山の中だったり、街の中だったり、海の中だったり。
あらゆるところに現れる。
その中では人類がただ時を重ねただけでは得られないような技術や素材、或いはダンジョンの外とは全く違う生態系――分かりやすくモンスターと呼ばれている――により、大きな恩寵を与えて来た。
当然、同じくらい大きな危険も。
超能力を持っていたとしても、簡単に死ぬ。
アース・ゼロと等しい歴史、というけれど。
似たような時代、似たような相手同士でも、その争いの発端はダンジョンだったことが多い。
言うなればダンジョンとはアース・ゼロには存在しない、アース881固有の資源なのだ。
その
自衛隊特別迷宮攻略部隊『B.R.E.A.K.』。
Beater Resource Excavation Armied Keeper。
こじ付けに近い、というかこじ付けの頭字語は巴の上司の趣味だとかなんとか。
ふざけてるのかなと、入隊当時思ったのを覚えている。
仕事の内容は全くふざけていなかったけれど。
発生したばかりのということは完全に未知の迷宮だ。
つまり、スキルの使い方も碌に覚えていない初心者でも進めるようなレベルなのか、熟練の冒険者が万全な装備を整えても簡単に死んでしまえるようなレベルなのか。
それを確かめるということは、命の危機は計り知れない。
『新人か。新島殿の娘というが、七光りでないことを祈ろう』
入った時の隊長は、入隊直後に死んだ。
『おいおい巴ぇ! 良い乳してんなぁ! 次で死ぬかもしれないから乳揉ませてくんね?』
迷宮に入る度にセクハラをしてきた先輩は2年目に死んだ。
『巴のスキル凄いけど、使い方が雑だよ。もっと無駄なく、けれど幅広く使わないと』
スキルの訓練に付き合ってくれていた先輩は巴が一人前と呼ばれる前に死んだ。
『新島先輩かっこいいですよほんと! 私のあこがれです!』
初めてできた後輩は最初の任務で死んだ。
『巴さん、ずっと怖い人だと思ってんですけど。意外とそうでもなかったですね』
入隊から4年経ってできた新人は自分に怯えていたけれど、やっと心を開いてくれたと思ったら次の任務では死んだ。
死んで、死んで、死んだ。
勿論、巴の入隊時から死ななかった人もいるが、それ以上に危険度の高い仕事だった。
どうしたって必要な仕事だったのだ。
誰かがやらなければならない。
だったらやらねばならぬというのが父の、家の教えだった。
けれどどうしたって心は摩耗していって、傷ついて、戦闘力と階級だけは上がっていって。
もうそろそろ限界かな。
次で死んじゃうかな、なんて。
そんなことを思い出した頃。
1人の男性と出会い、結ばれて、色々あって、恋人になって、色々あって、部隊を引退して、色々あって、結婚して、ごく普通に家族になり、娘を生んだ。
辛いことはあったけど、今では理解ある旦那がいるのでハッピー!
それが新島巴の自分の人生に対しての感想である。
そして今。
「―――!」
≪
白い光が、重力圏を切り裂いた。
本来であればまともに立っていられないはずの荷重。
ウィルや景でさえ、単なる身体の強化だけでは抜けられないレベルのそれは、しかしあっけなく消滅した。
≪精霊殺し≫。
未だに一言も発しない、感情すら見せない、黒衣から唯一覗ける翡翠色の瞳にさえ感情はなかった。
必要なものはないむき出しの殺意。
触れれば肉を裂く、抜身の刃。
変化は、彼女の背後。
白いベールのようなものが背後にいる。
純白の死神。
その白光が重力を切り裂いた光景を見て、巴は修正テープで文字を消す――そんな日常を思い出した。
修正の精霊、らしい。
そういう観念的なものなのありなのか? と思ったけれどそういうのもありらしい。
修正。
即ち、あるべき姿に反す力。
『精霊とは本来、人間界にはいなくてもいい存在なのです。だから人間界と精霊界は別れている』
元素の大精霊、アルカは言った。
『我々は我々の都合で人の世に訪れ、人と繋がっている。けれど、ある意味ではそれは本来の世界の在り方はないのかもしれません。≪精霊殺し≫はそこを突く』
『世界に対する修正。それに関しては、君たちも気を付けたほうがいい』
次元世界最高の魔術師、アルマ・スぺイシアも言った。
『≪精霊殺し≫による修正で、巴たちの能力が使えなくなるわけではないだろう。ただし、単発的な無効化はされることはあり得る。特に重力圏による荷重とかネオニウムを放出した斬撃とか銃弾とかね。あるはずのないものが、あるべき姿になる――というのなら、やはり結果は無効化となるだろう』
え? じゃあなんで呼んだの?
自分たちには意味を為さないんじゃないの?
とか、ツッコミかけて。
にやりと笑う少女を見て、その言葉を聞いて何も言えなくなってしまった。
『問題ないだろう? ――――だから、呼んだんだ』
なんて。
そんなことを言われたら、何も言えない。
ウィルも、景も、巴も。
ウィルに対しては言うまでもないけれど。
性格ねじ曲がっているなと思う時もあるけれど。
アルマという少女は、人のやる気にさせるのが上手い。
いいやそもそも。
推しに呼ばれて、推しと婚約したばかりの推しと一緒に戦えるなんて――――ハッピーが過ぎる!!
「ふっ! 今こそウィルトリ婚約の祝砲を……!」
「今ですか!?」
隣のウィルに突っ込まれたが気にしない。
両手で拳銃を握り、構える。
銃口が狙う先は≪精霊殺し≫―――ではない。
背後にいる≪弓使い≫。
≪精霊殺し≫も手練れではあるが、他の2人も劣らず強者であることは気配で分かる。
後衛が面倒だと感じるのは巴自身の経験故に。
≪精霊殺し≫から狙ってもいいが、今回はチーム戦だ。
だから、≪弓使い≫に向けて引き金を引いた。
「≪
祝砲は、しかし大きな音は鳴らず―――刹那の後、≪弓使い≫の弓に着弾していた。
その弾丸を誰も目で追えなかった。
≪精霊殺し≫も≪槍使い≫も景も、目が良いはずのウィルも。
状況を観察していたアルマは認識していたが、それでも感心するように目を少し見開いた。
別に特別なことはしていない。
ただ、異常なまでに速かっただけ。
銃弾を斥力で弾き出し、銃口に展開した重力門で超圧縮。極小サイズになった銃弾は空気を突っ切って、超高速の弾丸となる。
単なる荷重ではなく、能力の応用。
クリスマスの時は銃を持っていなかった上にゴーティアの眷属に対しては使う必要がなかった巴の基本技能。
それがこの場の誰も認識されずに≪弓使い≫に着弾した。
超加速と弾丸自体が小さくなってしまったせいで握っていた指と弓の持ち手も貫通する。
そしてそれでは終わらなかった。
「―――
呟きは短く。
弾丸が弓を貫通した瞬間に。
圧縮された重力が運動エネルギーと共に開放され、爆散した。
今後はごうっという音がなる。
それは空気が弾けた音であり、弓が爆散した音であり、≪弓使い≫がふっ飛ばされて背にしていた壁に叩きつけられた音であり、ついでに倒れていた他の傭兵たちもぶっ飛んだ音だった。
一瞬、誰もが驚いて目を見張ったり、絶対セクハラしないようにしようと頬を引きつらせたり、素直に感心したりする中で。
新島巴だけはにんまりと笑った。
「婚約おめでとうでありまーす!!!!」
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