トリウィア・フロネシスーあなたはどうして― その2



「――――――え?」


も、まだ君には見せたことはなかったですね。……というかまぁ、ここ数年、まともに使うタイミングはなかったんですが」


 ウィルが作り出した超圧縮の水球、それをウォーターカッターのように放ついうなれば必殺技。

 それがただのたった一発の、ただの普通の弾丸で。

 

「系統は血統により遺伝する。帝国貴族の政略結婚はそのせいであり、例えば聖国では水属性保有者が重宝されるのも同じ要因です」


 普通ではなかったのは、彼女の右目だ。

 ウィルの≪サファイア≫の右目と似たような十字架が瞳に浮かんでいる。

 だが、彼のそれがただの形態変化の象徴であるのとは明確に違う。

 蒼の十字瞳から揺らめく陽炎のようなものが漂っていた。


「勿論、親の系統を子がそのまま引き継ぐことはありません。そうならとっくに誰もが全系統を持っていますしね。そんな簡単な話ではない」


 けれど。


「もしも意図的に、長い時間と世代を掛けて同じ系統保有者を連綿とその血統に内包するなら。その血にその系統は定着し、そしてその定着を世代を重ねより強めたとしたら」


 結果として生まれるものがある。

 それが、


「―――≪外典血統アポクリファ≫。既存35種の系統から外れた固有の概念を有した魔法が生み出される。帝国七大貴族が、そう呼ばれ、地位を確固たるものとしている由縁でもあります」


 それはカルメンの人化と龍化や生来持つ威圧やフォンの高位獣化能力メタビーストと同じ、アース111の魔法基盤における例外。

 魔法という技術ではなく、ある種族の内、限られた一部が持つ上位生態機能。

 膨大極まる年月と品種改良の果てにのみ現出する、この世界における人種の極致であり。

 その最先端にして最高傑作こそがトリウィア・フロネシスに他ならない。


「ま、≪外典血統≫があるからといって無敵ではないですけれどね。実際私のこれも、正直いまいち使い勝手が悪いというか……君の無効化の下位互換なんで笑っちゃうんですけど」


 即ちそれは、


「私の場合、既存系統に倣うなら『解析』。相手の魔法を観察し続けることで、その構成を分析し、理解することができる。そして解析が完了したのなら、相手の魔法の中心点――或いは急所となる綻びを視認できるわけですね」


 ウィルの魔法をただの魔力弾で霧散させたのはそういうことだ。

 ≪サファイア≫は水属性五系統を特化し、それをトリウィアを模して構築されている。

 戦えば戦うほど彼女自身に近づいてきた。

 だから、その十字瞳はウィルの魔法を視覚的に分解し、たった一発の銃弾で消滅させられた。

 

 尤も、彼女の≪外典血統≫による解析はそれなりに時間が掛かってしまうので、そもそも使うまでもないことが多い。

 そうでなくても、例えば建国祭の時のゴーティアのように全く未知の上位存在にも初見では通用しない。

 ただまぁ、


「気に入ってますけどね。――――魔眼って感じで」


 めったに発動しないが、瞳に移る十字架はかっこいい。

 

「………………えぇと」


 トリウィアの説明を聞いて、ウィルは頬を引きつらせた。


「つまり、今の僕の魔法はもう通用しないと?」


「とりあえずその水特化は、そうですね。純粋に特化している分分かりやすいので」

 

「………………ほんとに、貴女っていう人は。どうしてそうなんですか」


 彼は首を傾げて笑った。

 あぁ何故か、随分と久しぶりに見た気がする。

 

「―――はぁ。ほんとに、凄いな」


 戦え戦うほど知らないことが増えてくる。

 それだけ彼女を知れると、ウィルは笑う。

 でも。


「だからこそ……負けるわけにはいきません」


「へぇ?」


「こんなに凄い貴女が、思う様に生きられない理不尽を僕は認められないし、認めたくない」


「……………………君は、やっぱりずるいよ」


 トリウィアも笑う。

 知っていたはずのことだけれど。

 いつもなら一度知ったら満足するのだけど。

 なぜかもっと知りたくなってしまう。

 つまりは、そういうことだ。


 いつの間にか雨が止んでいた。

 そして。


「君は君だから、君なんだよね」


 もう一度笑って。

 無造作に足元に向けて引き金を引き、着弾と共に炸裂。

 水煙が周囲を覆い隠した。







 水煙は数秒で晴れた。

 膨大な水量がウィルの手の中に集まったから。

 単なる水属性の特化運用ではない。

 闇属性の圧縮、荷重を織り交ぜたから。

 単一属性ではトリウィアに解析されるが故の応用。

 自乗特化属性に、さらに別の属性を組み込むそれはウィルが目指すべき完成系であり、しかしこれまで成功しなかったものを彼は行う。


「―――サファイア!」


「≪魔導絢爛ヴァルプルギス≫――――」


 そしてトリウィアもまた、銃口に全ての力を集結させた。

 彼女の全て。

 究極魔法。

 最早語るまでもない。


 黒と蒼の視線がぶつかり合い、


「グラビオル―――ストリィィムッ!」


「――――≪十字架の深淵ヘカテイア・アブグルント≫」

 

 重力によって圧縮された流水の奔流と。

 万物を飲み込み消滅させる深淵の波動が。

 

 ぶつかり合い、


「―――――ぁ」


「―――――ぇ?」


 その瞬間圧縮水流が


 何本もの高圧の水流が刃のように周囲一帯を縦横無尽に薙ぎ払い、切り刻み。

 水上闘技場を、観客席を蹂躙し。

 

「づっ……!?」

 

 トリウィアの胸を切り裂いて、


「――――」


 発生源である暴走する水塊を彼女の深淵が飲み込み、消滅させ、規模を削り―――――ウィル・ストレイトの胸に風穴を開けた。


 そして、残ったのは崩壊した闘技場と静寂。

 

 袈裟にざっくりと胸を切り裂かれたトリウィア・フロネシスと。


 胸部が伽藍洞になり、ぴくりとも動かないウィル・ストレイトだけ。


「……………………」


 彼女はしばらくの間、動けなかった。

 口から血を零し、致命傷を負ったまま。

 倒れた―――即死したであろう少年を見て。

 綺麗な両目を見開いて。


「…………」


 ふらふらとおぼつかない足取りで、今にも崩れ落ちそうになりながら少年であった亡骸の下へ行く。

 

「……ウィル、くん」


 ただ、小さく名前を呼んで。

 彼の身体に覆いかぶさる様に倒れ込み、動かなくなった。


 ただ、寒々とした静けさだけが残り。

 やっと雨雲も消えて、強く差し込んだ陽光が二人の死体を照らした―――――。








「―――ひっ」


 その光景を見てヘファイストスは笑い転げ落ちそうになった。

 冗談みたいな終わり方だった。

 必殺技をぶつけようとして、暴発して、どっちも死ぬなんて。

 そんなこと――――面白すぎる。

 馬鹿にもほどがある。


「っ……!」


 けれど、まだ笑ってはダメだ。

 ディートハリスが後ろで転がっているが、意識はある。

 だから流石に笑ってはいけない。

 口元に手を当て、緩みを隠しつつ、ショックを受けたかのように体を震わせる。

 しばらく嗚咽で笑い声を隠し、そしてようやくディートハリスに声をかけようとして振り返り、



「―――――別に笑ってもいいんですよ?」



 


「………………………………え?」


「流石に、ちょっと雑過ぎですよね。いや、こうしてみると気分も悪いですし」


 思考が止まる。

 動きも止まる。

 けれど視界の中。トリウィアが右手握った拳銃を突き付けているし、隣にいるウィルはディートハリスを起こして壁に背を預けさせていた。


 どちらも濡れているし、細かい傷はあるけれど。

 先ほどの致命傷は、ない。


「………………なん、で」


「後ろ、その画面見てもいいですよ。それ以外のことをしたら撃ちます」


 言われて振り返る。

 というよりも理解が追い付かずそれしかできなかったというべきか。

 振り返ったテレビの中。

 血が滲んだ水面の沈み、折り重なった二人は確かにいる。

 いると、思い、


「えっ?」


 姿

 

「なっ……ぁ……ぇえ……?」


 パクパクと、彼女の口が開いたり閉じたり。

 

「はい、こちらに向いて」


 振り向けば、トリウィアは左手で煙草を手にしていた。

 咥え、勝手に火が付く。


「ん。……流石後輩君、ありがとうございます。」


 視線はずらさず礼を口にし、魔法で煙草に火をつけた彼はどこか呆れ気味で苦笑していた。

 

「すぅぅぅぅ――――ふぅぅぅぅぅぅ――」


 トリウィアはゆっくりと煙を吸い、息を吐き、


「それでは―――答え合わせといきましょうか」


 

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