ギフテッド・バランス
決闘の準備は滞りなく行われた。
この場合の滞りなく、という意味はバルマクが参列者に向けて、
「決闘となるので帰っていい。巻き込まれないように気をつけろ」
それだけ告げたということだ。
式に乱入者が現れ、龍が降り立ち、鬼の姫が現れ、また別の姫をかけて決闘なんて。
間違いなく聖国の歴史と御伽噺、どちらにも刻まれることになるだろう。
結局、大半の参列者はバルマクの言葉通りに立ち去ることとなった。十数人が見届けるために残ったくらいに。
中庭をそのまま試合場になり、噴水を中心とし、それぞれ両端でウィルとバルマクが準備をしている。
噴水の前では、御影と甘楽。
「―――」
その光景を睨みつけ、親指の爪を噛むパールにフォンは隣から語りかけた。
「ねー」
「何かしら」
視線は動かない。
フォンもまた準備ーーといっても儀礼服や上着を脱いだりしているだけだがーーするウィルを視界の中心に置きながら答える。
「どっちのパールも好きだけど、今のパールはちょっと怖いかなぁ」
「―――」
彼女は目を見開いた後、恥じるように伏せ、そして器用に片手で髪を結ぶ。
「……ごめんねー、フォンち」
険しかったまなじりが垂れ下がり、表情も柔らかいものに。
やっとこっちを向いたので彼女も苦笑しながら視線を合わせる。
「ちょっと……うーん、めっちゃピリピリしてたぁー」
「いいさ、今のパールの気持ちはよくわかるよ。去年の私がそうだったからね」
「あー……」
一年前、負傷したフォンの代わりにウィルが鳥人族の未来を決める戦いをした。
今回と違う点もあるが、似ている点もある。
この国の当事者であるパールの代わりに、ウィルが体を張るということだ。
「ほんとはさ、私が戦わないとだめなんだよね」
できることならそうしたかった。
けれどカルメンの威圧、甘楽という存在を加味すれば最も可能性が高かったのは御影を巡っての決闘だ。
そしてそれができるのはウィルだけしかいない。
後輩にそんな迷惑をかけるがどうしたって心苦しい。
手入れを欠かさない爪を噛んでしまう。
「あのおじさん……おじさん?」
「今年30とかそんなだからおじさんでいいよー」
「なるほど。思ってたのとだいぶ違ったりしたあのおじさんと随分仲悪いけど、どんなことがあったの?」
「あははー。数えていけばキリがないね」
少し考え、
「初めてあれと会ったのは私がまだ子供で、聖女じゃなくて。自分の部族にいた時。その時私の住むところは井戸が枯れちゃっててね」
「へぇ、そりゃ大変だ」
「ちょー大変。砂漠の井戸やオアシスは文字通り命綱だからねー。昔から井戸をめぐっての争いがいくらでもあったわけ。まー、何にしてもその時から珍しく水属性の魔法をそこそこ使えた私はどうにかその井戸から水がもう一度湧き出ないか試してたんだよね。砂漠の井戸は一度枯れてももう一度復活することはあんまり珍しくないんだ。何年、何十年経って、急に湧き出たりするとか」
この国では、砂漠は生き物だ。
天気や風の強さで砂漠は蠢き、表情を変える。
時に出ないはずの水が出ることも。
伝説では地下に眠る大きなサンドワームが動いたからという。
「その井戸はあーしたちの部族にとっては……うん、精神的な支えっていうか? 何世代もその井戸を守り、生かされてきた。だから私は必死だったし、水の魔法が使えない私の家族も部族のみんなも必死に神に祈りを捧げてたんだ」
思い返す。
喉の渇き、照りつける日差し。祈りを捧げる家族たち。
部族という小さな世界の中心で、幼いパールは必死に神に祈り、地下深くに眠る水を探し求め続けていた。
土魔法により井戸を掘ることもできるが、最大の違いは水を呼ぶことができるということ。
水源を掘り起こすのではなく、ある程度離れた水源から文字通り水を引っ張ってこれるのだ。
だから、この国では水属性の使い手は貴重だった。
「それで……」
「結果的に、一週間祈り続けて水が出てきたよ。それのおかげで私は聖女になったわけだしね。……ただ、この話を聞いたバルマクはこう言ったんだよね。『一週間かけてでるかわからない水を求めるより、他の井戸を探すなり、移住すればよかったのでは』って」
「…………それは」
フォンは何とも言えない表情になる。
苦笑いのような、苦虫を噛み潰したような。
そんな彼女に微笑みを返す。
「正しいけど間違ってる」
「……へぇ?」
「あの男は、要約の天才ってわけでー。確かにさ、生きるためだけだったら、その通り。別の部族に助けを求めて水を分けてもらって、新しい水を探せばいいって話」
だけど、
「私はさ、ただ生命活動をするってことと生きるってことは違うと思うんだよねー」
にへらと彼女は笑う。
「フォンちは、別に飛ばなくても生きていけるでしょ? って言われたらー、どう思う?」
「ふざけんなって感じ」
「たはは、だよねー。あの男は人の人生を生まれて、生きて、死ぬってことだと思ってるんだよ。そんでもって、生きるってことを食べて、寝て、子供を作るとか、そんな風に要約しまくって考えてる。だから、その過程にあるものを見てないぽいんだよね」
生まれて、生きて、死ぬ。
或いは、三大欲求を満たすことが生きることの大前提であり、最優先。
それが根底にあるから、あの男はどこまでも効率を優先し、無駄を省こうとする。
ある一面見ればそれは正しいけれど、
「人ってそういうのだけじゃ、生きていけないから。前歩くための杖として祈りがあるんだと思うよ」
この砂漠ではただ生きることすら難しく、より豊かに発展するために精神的な支えはどうしても必要なのだ。
幼いパールは一週間かけて水脈を呼び寄せたけど。
ただの子供がそんなことをするのには、信仰が、祈りが不可欠だった。
日々を安らかに、或いは懸命に生きる為に。
「あいつは人は人の力だけで生きていけると思っている。私は、誰もがそうじゃないと思ってるわけー。この砂漠の国では、特にね」
肥沃な土地の王国域や痩せているとはいえ水はある帝国では≪七主教≫にここまで影響力はなかっただろう。
過酷な土地故に、厳しい戒律や風習が生まれたのだ。
「生活に適した場所も少ないから、どうしたって土地への愛着心が沸くしぃ。限られた土地を大事にしようってね。もちろん! さっさと捨てるなんて以ての外でー」
「……よく分らないな」
フォンが頭の後ろに両手を置きながら、唇をすぼめる。
「土地への愛着心? ってのは鳥人種にはない考えだよ。私たちは遊牧民ってやつだし。それに、住んでる土地で宗教の根付き度合いが違うのも、ピンと来ない。どうして君たち人種は住む場所で、ここまで考え方が変わるんだろ。どこにいようと同じ形をしているっていうのに」
「人種は、神が作った天秤の中央に立つ存在だから」
よく分らないなと、フォンは唇を尖らせる。
聖国に来る前、教皇や導師の分かりやすい説明をしてくれたパールはどこへ行ったのだろう。自分の国に帰ってきたからなのか、この状況のせいなのか、言っていることが難解だ。
ウィルなら一緒に悩んでくれる。
御影なら笑い飛ばす。
トリウィアなら生物学的な違いを教えてくれる。
アルマなら分かりやすくかみ砕いてくれる。
けれど、フォン1人では彼女の言葉を正しく理解するのは難しい。
「うーん、ようし! 考えるのは苦手だ。何がどうだって、私とパールにできることは今たった1つだよ」
「ほへー? っていうと?」
「主を信じる! 全力で応援する! ……おっと、2つになっちゃったな」
肩を竦めるフォンに、パールはお腹を抱えて笑っていた。
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