セイム・スマイル その2
いつの間にか思考そのまま垂れ流しになっていたが、しかし冷たい一言がせき止める。
まずい、とアルマは思った。
全く自分らしくない。自分の言動をこんなに制御できないことなんていつぶりだ?
ウィルと知り合ってから大体そうだった。
「貴女は―――本当に、あの子が好きなんですね」
「んんんっ!!!」
そして今もそうだった。
今までで最も顔を赤くし、体を固くし、天を仰いで、
「………………はい」
それでも、確かに頷いた。
それに嘘はないし、嘘なんてつけやしない。
おそらく、ウィルの両親という相手は世界で唯一、アルマが素直にならざるを得ない相手なのだろう。
「良く分かりました」
ベアトリスが口を開く。
灰の髪が、微かに揺れた。
軽く首が傾き―――ふわりと、微笑んだ。
「息子は素敵な恋人と巡り会えたようですね」
「――――」
その仕草をアルマは良く知っていた。
ウィルの癖と全く同じ動き。
そしてアルマは知らない。
ずっと昔、多くの人から慕われていたウィルの父は、しかしある戦いの後ベアトリスのこの仕草とほほ笑みを見て恋に落ちたということを。
燃え尽きた灰の中から新たに命が生まれる様な。
そんな暖かな笑顔からウィルの両親は結ばれたのだ。
「……ウィルにそっくりですね、それ」
「むっ」
ほほ笑みは消えて、元も無表情に戻る。
だが微かに困ったように眉を顰め息を吐いた。
「昔から気が緩むと出てしまうのですが……あの子の前ではついやってしまっていましたね。気を付けているのですが」
「あぁ……なるほど」
思わず笑みが零れた。
つまりこの人は自分の息子の前ではつい気が緩んで笑ってしまうような、そんな人なのだ。
身体から力が抜けていく。
緊張が解けてしまえばアルマの頭脳は明晰だ。
一目見れば、魂を見てどういう人間か理解できるし、ちょっとした仕草や行動から根底が透けて見える。
「貴女は、素敵な母親なんですね」
「…………どうも」
少し照れたのか、少し咳払い。
そして少し、目を伏せ何かを考えて。
きっと、今度は意図的に首を傾けながら微笑んだ。
「貴女にもそう思ってもらえると嬉しいです」
●
「さぁ、ウィル。飲んで見るといい」
アルマとベアトリスがリビングで向かい合う中。
その外、小さな机と椅子だけのテラスでウィルは父親から酒を注がれていた。
室内の会話は聞こえない。聞きたいような聞きたくないような気もする。
そんなことを想いながらランタンと月明かりに照らされた酒瓶を見た。
「……父さん、僕まだお酒が飲める年齢じゃないんだけど」
「ははは、いいのいいの。こんな僻地だし、誰も気にしない」
朗らかに笑う黒髪に眼鏡の男性。
顔立ちはウィルには似てないが、髪色や雰囲気はウィルにそっくりだ。
ウィルがもう20年ほど年齢を重ねれば、よく似るだろう。
ウィルの父、ダンテ・ストレイト。
緩んだ頬は既に微かに赤く染まっている。ウィルがテラスに来る前から飲んでいたのだろう。
酒を飲みたいと、ウィルはあまり思わない。
前世では飲んで酔うなんて余裕はなかった。酒を飲む暇があれば働いてたと思う。大半の人は仕事の辛さを酒で紛らわすらしいが、そんなことできない。
いくら酔ったとしても家族を失い、妹が自ら命を断った苦しみは紛れなかったのだから。
「一人息子が嫁を連れて来た、それも4人も。これは父として盃を交わさずにはいられない」
「いや、アルマさん以外は嫁ってわけじゃ……」
「ははは、鈍感だと大変だぞ。君はそうでもないだろう。気づいているだろう」
「……まぁ、うん」
「ちなみに父さんは母さんと結婚するって周りに言った時わりと散々な目にあった。懐かしい、ははは」
「…………」
呆れながら、父に差し出されたカップを取る。
たまにしか笑わない母とは反比例のように、父は普段からよく笑う人だ。
それもわりと朗らかに。
自分の笑い方は、どちらかというと母親似だ。
全体的な雰囲気は父親似だし、アルマたちにもそう言われたけれど、多分自分は母の方が似ていると息子は思っている。
カップの中にあるのははちみつ酒だろうか。
王国や帝国ではポピュラーな酒類だ。
「乾杯しよう、ウィル」
「何に?」
「帰ってきた息子に。それを迎えた妻に。君の恋人たちに」
そして、
「―――――今は亡き我が恩師、ゼウィス・オリンフォスに」
ダンテは月へとカップを掲げる。
ゼウィス・オリンフォス。
『大戦』における英雄。魔族との戦いにおいて最前線に立ち、かつてバラバラだった国家間をまとめ上げた1人とされ、事実世界中の将来有望な若者を集めるアクシア魔法学園の創立者だ。
けれど、ウィルにとっては敵という印象が強い。
正確にはウィルはゼウィスを知らない。ウィルが出会い、戦ったのはゴーティアが再現しただけだったから。
学園に導いてくれたことは感謝しているが、それもゴーティアの都合あってのもの。
だから決していい感情は無い。
だが、
「あの人には大戦時世話になってね。お母さんと出会った時もゼウィスさんの紹介だった。当時は同僚としてだけど。……うん。ベアトリスと結婚して、隠居生活送れてるのもあの人のおかげだったんだけどなぁ」
その横顔からは表情は読めない。
微笑んでいるけれど泣いているような、月明かりが眼鏡を照らし、奥の瞳を移さなかった。
「……父さん」
「あぁ、いいんだ。君が倒したあの人はもう、あの人じゃなかった。君はこの世界に生きる者としてやるべきことをした。それは誇るべきことだし、僕は君が誇らしい。でも」
ダンテはカップを煽った。
「恩師が恩師でなかったと気づけなかった自分が情けない」
「……」
「……なんて。悪いね、ウィル。こういう話をしたいんじゃなかったんだ」
ウィルには分からない話だ。
ウィルにはウィルの物語があり、前学園長は登場人物ですらなかった。
けれどウィルの父であるダンテにとってはそうではなかったという話だ。
「さぁ、もう一度乾杯しよう。君の二年目を祝ってね」
「うん」
「それと、今母さんと話している可愛らしい恋人にも」
「…………大丈夫かなぁ」
●
そして帰省は終わり、始まる新学期。
ウィルにとっては二年目の。アルマにとっては1年目の。
学園生活が始まる。
そんな彼らの前に一人の少年は現れた。
「新1年、第三席」
赤い瞳と赤い髪。
ウィルの知らない後輩。
「アレス」
ウィルの知らない名前。
「――――アレス・オリンフォス。以後、お見知りおきを」
けれど、ウィルの知っている姓を持った少年だった。
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