セイム・スマイル その1
「アルマさんは、出身はどちらで?」
夜遅く。
夕食も湯あみも済ませた後、アルマはベアトリスと向き合っていた。
小一時間前まではみんなで夕食を囲っていた食卓を挟んで。
食事は美味しかった。
ベアトリスが家の前の畑で育てた野菜やウィルの父が森で狩ってきた動物を使い、料理が得意な御影も手伝った。特別調理技術が発展したわけではなく概ね焼くか煮るの二択だが御影は勿論、ベアトリスも調理の腕は素晴らしいものがあった。
火加減、というもので料理の味が此処まで変わるのかと、アルマは知識ではなく実体験で学ぶことができた。
貴重な時間だった。
が、同じ場所で、アルマはベアトリスと対面で向かい合い、開幕出身を聞かれるという面接状態に陥っていたのである。
たらりと、頬に冷や汗が流れる。
「……王都です。ただ、孤児ですが」
「ほう。では、ご家族は」
「養父が1人。拾われて育てられました」
王都の孤児。家族構成は養父のみ。
前提として異世界人であるアルマがこのアース111の学生として生活するにあたっていくつかのハードルは存在した。
そのうちの一つが、この世界でどういう立場か、というものだ。
当然ながら学校機関に入る際に身分はある程度必要になる。世界によってはそのあたりかなり緩いのだがウィルたちが通う≪アクシア魔法学園≫はこの世界において最高学府に当たる学校だ。
いくらアルマが高い能力を示しても、謎の根無し草がというのは難しい。
最も能力任せに無理やり、というのも通せたかもしれない。
だが、アルマはこの世界でウィルと生きたかった。
だからバックストーリーと養父を用意し―――ここでかなり忸怩たる思いやすったもんだがあったがここでは割愛するとして―――王都生まれのアルマ・スぺイシアが成立したのである。
身分さえ用意してしまえば能力を何より重視する学園に入学するのは難しくなかったし、実際主席として入学できたというわけだ。
「なるほど」
「……」
相変わらず顔色は変わらないし、表情も変わらない。
彼女は元々貴族だったという。
そうなると息子の彼女が孤児というのは良くないのかとかそんな想像が過る。
また一筋、額に汗が流れた。
テンパっていることを自覚する。
1000年生きた大魔術師であるアルマだが、しかし立場的に目上と言っていい相手との会話などしたことが無い。
基本的には掲示板の相手をするか、ネクサスでのスカウトか、敵だ。
気の合う友人なんていなかったし、そもそも直接会話自体が極めて珍しい。
例外であるネクサスのメンバーとはプライベートな付き合いもない。
例外が例外になっていなかった。
だから、彼氏の母親との会話なんて全く分からないのだ。
「こほん」
「!」
びくん、と肩をはねたアルマにやはりベアトリスは表情を変えず、
「前置きしておきますが生まれどうこうで難癖をつけるつもりはありません。私も夫と結ばれるにあたって家名を排しています。自ら姓を捨てたという点は、ある意味孤児よりも眉を顰められると言ってもよいでしょう。故、これはただの確認に過ぎません」
「は、はぁ」
「あの子が家に連れて来たということは……まぁ、そういうつもりなのでしょう。であれば、こちらもそのつもりで対応をせねばなりません。少し気が早い気もしますが――――解りますね?」
「…………………………………………な、なるほどっ」
つまりは、そういうことだ。
中世文化世界において親に恋人を紹介するということの意味は重い。
ウィルはそのつもりなのだろうか。
もし、そのつもりだとしたら。
「…………」
頬の熱を感じる。
期待と、そして微かな不安。
そんな未来が訪れればいいと思うけれど。
そんな未来が来るのだろうか。
ウィルとアルマの関係は始まったばかりで、その先がまるでピンと来ない。
どれだけ知識を持ち、常人がしていない経験をしていたとしても、自分の未来を想像するという点に関してはアルマはまるで素人なのだ。
「……」
「それで」
「あ、はい」
「ウィルのどこが好きなのですか」
「はいぃ!?」
頬の温度が上がった。
見開かれた真紅の瞳と同じくらい顔を赤くするアルマとは対照的に、唐突に始まったガールズトークにベアトリスの顔色は変わらない。
「今後はどうあれ、今貴方とウィルが付き合っているのは間違いないでしょう。その上、御影さんやトリウィアさん、フォンさんもいる。一夫多妻を取るのはある程度地位や資産が要りますが、貴方たちの場合は問題ないでしょう」
将来予測の周りが固められていた。
「が、だからこそ正妻の立ち位置は重要です。これでも捨てたとはいえ貴族の娘。正妻側室等々のごたごたで関係が悪化した家などいくらでも見ました。そしてそういった問題は結局のところ人間関係です」
「に、人間関係」
「あまり深い話は……こほん、貴方はもう少し成長してからの方がいいでしょう、はい」
「………………………………」
つまりは、そういうことである。
アルマには何も言えなかった。
完全に体を硬直させた少女にベアトリスは話がそれたと前置き、
「それで、ウィルのどこが好きなので?」
「……なっ、何故そういう話に?」
「母親としては把握しておくべきなのです」
「そ、そうだったんですか……!?」
アルマ・スぺイシア、恋人の母親の言葉を丸のみである。
冷静に考えると直前の会話と繋がっていないのだが、今の彼女には冷静な思考ができていなかった。
恋愛偏差値でいえばミジンコレベルなので仕方ないのだが。
そもそも彼女を知る者が見れば、他人に敬語を使っている時点で爆笑ものである。
「母として」
「な、なるほど」
ベアトリスの無表情には圧がある。
少なくともアルマにはそう感じた。
そして、
「……ウィルと初めて会った時は、ただの自己満足でした」
目を伏せながら思い返す。
もう1年も前のこと。
けれどそれはここ数百年で最も濃密だったかもしれない。
「僕も彼と同じ全系統保有者です」
「素晴らしい。よもやそんな2人がとは。……いえ、だからこそ、でしょうか」
「ですね。……同じ才がなければ興味も沸かなかったかもしれない」
掲示板越しに珍しい――というよりも、変わった、ややこしい転生特権持ちがいた。
知的好奇心がうずき、ついでに自己顕示欲が働いた。だから先生紛いのことをして、
「でも彼は、素直だったんですよね。真っすぐで……真っすぐすぎるほどに。僕は人間出来てる方ではないと思いますけど、そんな僕が思わずほだされるくらいに」
だからいつ頃か気に掛ける様になってしまった。
「それで彼は……その、いつも真っすぐだけどそれでも抱えているものがあって……それで、また気になって。どうにかしたかったけれど、僕には実際に行動する勇気が出なくて」
彼と直接――といっても文章越しだが――話して、彼の前世の話を聞いた。
彼が希望を失ってしまったことを。
だから、希望と幸福を手にするのを恐れていることを。
「何もできなかったんですし、僕なんかいない方が彼が幸せになれるかと思ったんですけど、あんなに真っすぐに笑顔向けられたらそりゃ好きになるというか、いつも彼のこと考えてばっかだったし、その上彼は僕に手を伸ばしてくれて、握ってくれて、なんというか真っすぐすぎて僕も困ったんですけど、そりゃ僕も一緒が良いというか、そんなつもりなかったとなると今さらじゃ嘘なわけで、彼と生きることができるならずっとそうしたかったし、そのために学園に入学してたし、自分でも色々大口叩いたりもして――――」
「もう結構です」
「あ、はい」
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