ホームカミング その3


 そしてその先に一人の女性がいた。

 農作業をしていたが、現れたウィルたちに手を止めて立ち上がる。


 背筋のいい、灰色の髪の女だった。

 

 チュニック、コルセットにロングスカート。農婦としては左程珍しくない服装だが背筋の良さと雰囲気の鋭利さが質素ながら気品がある。

 肩まで伸びる髪は左一房だけが短くアシンメトリー。

 ただ立っているだけで隙がないと思わせる、鋼のような、鋭い顔つきの美女だ。

 

「ウィル」


「うん、


 声から感情はなく、見た目通りの冷たく澄んだ声。

 微かに目を細めた彼女は控えめな膨らみの前で腕を組み、真っすぐにウィルを見据えた。

 

「何故、貴方が此処に。3年は戻らぬものと思っていました」


「そのつもりだったけど……えぇと、後で説明するけど往復の目途が立ったから帰ってきたんだ」


「なるほど」


 小さく彼女は頷き、ウィルの背後。

 4人の少女たちを見る。


「そちらは」


「僕の学友と……それに、だよ」


「―――ほう」


 青く鋭い瞳がさらに細まる。

 

「……誰が? 四人ともですか?」


「ぼ……僕です、はい」


 思っていた親子の再会ではない、スムーズすぎる二人の会話に首を傾げつつ、さらには早速直球で恋人として紹介されたことに顔を赤くしつつ、声を絞り出す。


「アルマ・スぺイシア……です。お付き合いを、させてもらって……いま、す」


「なるほど」


「…………は、はい」

 

 1000年コミュ障の恋愛雑魚初心者アルマ・スぺイシア。

 彼氏の母親に挨拶というある意味人生最大級の関門が「なるほど」の一言で終わる。


「他の3人は」


「あ、うん。えぇと」


「失礼」


 すっと前に出たのは御影だった。

 彼女は流れるような動きで片膝を立て、顎を引く。

 片角を差し出すように。


「天津皇国第六王女、アクシア学園二年次席。天津院御影にございます。どうかお見知りおきを」


「――晒し角」


 灰髪の女が小さく呟く。

 片膝を立てて角を差し出す礼は鬼族にとっての最敬礼。

 誇りの象徴である角を無防備に晒す故に「晒し角」と呼ばれるものだ。

 鬼族でもよほどのことが無い限り目にすることが無いものだ。


「ウィルの母、ベアトリス・ストレイトです。誇り高き力の王女殿下に出会えたことに感謝を」


 スカートの裾をつまみ、片足を引きながらの礼で返すウィルの母――ベアトリス。

 王族がいることに驚いた様子はなく農婦姿でありながらさながらドレスのような優雅さだった。


「失礼ですが、息子とはどのような関係で」


「はい――――あと二年以内に愛人にしてもらうつもりです」


「!?」


「なるほど」


 最敬礼から飛び出した飛んでも発言にウィルは驚愕した。

 なるほど!? とアルマは目をかっぴらいた。

 だがベアトリスは小さな頷きで済まし、 


「そちらは」


「……トリウィア・フロネシス。学園の研究員です」


 トリウィアはベアトリスと同じように白衣の裾をつまみ広げ、片足を引きながら一礼。

 

「失礼ですが……お母君は帝国出身ですか」


「出身はそうですね。結婚を機に家名は捨てましたが。そちらはフロネシス家の」


「不肖の身なれど」


「謙遜を。研究員ということは優秀な証でしょう。息子とは?」


「……」


 何度目かの頷きと質問に、トリウィアは少し考え、立ち上がって一歩下がろうとしていた御影を一瞥し、

 

「……日々、生活の世話をされています」


「なるほど」


 いいのかそれで、とアルマは思った。

 やはりトリウィアはどこかアホだし、それを普通に頷き一つで受け入れているベアトリスもベアトリスだ。

 

「あ、あのっ!」


「はい」


「こ、これを……どうぞ!」


 緊張した様子でフォンが差し出したのは一本の羽根だ。


「鳥人族、でしょうか」


「は、はい! お世話になっている人の家族にはこうするのが鳥人族の教えですから!」


 鳥人族にとって翼は魂だ。

 そしてその一部である羽根を差し出すのは感謝と信頼の証でもある。

 ちなみにウィルはフォンの羽根を持っていない。


 だって私の全部が主のでしょ? というのが彼女の考えである。


「フォンです! 鳥人族は、家名はないのでただのフォンです! ……はい!」


「はい。ベアトリスです、よろしくお願いします」


 緊張故か声を張り上げ、体を堅くするフォンに、しかしベアトリスはまるで変わらない。

 受け取った濡れ場色の羽根を大事そうに握り、


「あ、主の奴隷を! させてもらっています」


「なるほど」


 三度頷くだけだった。

 当然、アルマも、御影も、トリウィアすらもそれだけ?と内心思っていた。


「ウィル」


「は、はい」


 冷や汗を流す息子に一度も顔色が変わらない母親が歩み寄る。

 声にも表情にも感情を乗せない彼女だが、


「おかえりなさい。よく帰ってきました」


「……うん、ただいま。母さん」


 ウィルを抱きしめた時の声には確かな労りがあった。

 ベアトリスを抱きしめ返し、数秒互いに抱き合い、離れ、


「ウィル」


「うん」


「恋人と将来の愛人と日々の世話をしている方と奴隷―――説明してもらえますね?」


「……………………うん」


 

 

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