ホームカミング その2

 御影とトリウィアはまだ馬に関する話しているし、フォンは再びケーキを堪能している。

 であれば、当然、


「…………」


「……アルマさん?」


「んっ……んんっ。なにかな?」


 少しだけ咳払いの後にすまし顔でノートを閉じる。

 良く良く見なくても装丁が豪華で、アルマやウィルのマントと似たような意匠なので何かの魔道具だろうか。

 魔法のリングらしきものは減ったが、どれだけマジックアイテムを持っていてもおかしくはない。

 彼女は何もなかったようにハーブティーを口にし、

 

「……今、僕ケーキないのでまた今度」


「ぶほっ……ごほっごほっ……何も言っていないが!?」


「あはは」


 あからさまにウィルとフォンのやり取りを見ていたのだ。

 興味ない振りをしていてもバレバレであるし、顔を真っ赤にして咽るのはもうなんというかアルマらしい。

 そんな二人に御影は笑みを浮かべ、トリウィアは眼鏡を光らせ、フォンは珍しく真顔だった。


「……こほん。それで? 君の里帰りだろう。二人が色々案出してたんだ。どうするんだい?」


「んー……そうですねぇ」


「婿殿?」


「後輩君?」


 二人から発せられる圧である。

 首を傾げながら少し悩み、


「それなら―――」









 そして二週間後、一行は≪アクシオス王国≫北西端。

 王都アクシオスより北西に延びる第八街道を進み、ムネミア平野を超え、小さな村や集落を経由して山道を進んでいた。

 途中、盗賊団の襲撃もあったが難なく撃退、捕縛し最寄りの村に突き出したり、ムネミア平野中央部で少しばかり予定よりも遅れたが、全体的な予定としては滞りなくウィルの実家近くまで到達していた。


 針葉樹で囲まれた深い森だ。

 3頭分の馬の蹄の音がよく響く。


 結局、馬は学園で飼育されていた皇国と帝国の馬の合いの仔が選ばれた。ウィルの前世のふわっとした知識でサラブレッドが良いのではという考え故だが、この世界ではまだそこまで品種改良は進んでいないらしい。

 長所のみを引き継ぐということが難しいらしく、今回学園から借りたのはまだ成長中で、二週間の旅で様子を見て欲しいとのことだった。


「んん……少し寒いな」

 

 戦闘装束に加え、旅装らしい黒袴と黒羽織の御影が息を漏らす。

 彼女の言う通り、最後に僅かに寄った街を出たあたりから気温が下がっている。


「昨日あたりから少しづつ標高が上がっていますね。高山酔いするほどではないでしょうが……ほら、あの山脈見えるでしょう」


 旅装に至っても普段と変わらない白衣姿のトリウィアが指さした先、森の奥に連なった山々が見える。


「帝国と王国の国境、黒影山脈ですね。王国側から見るのは初めてですけど。地質学者の話では山脈周囲一帯がなだらかな丘になっていて、ある地点から急に標高が上がるらしいですね。ほら、ここに来るまでも傾斜が多かったでしょう」


「なるほどなぁ」


「ふむふむ……しっかり地質調査もされているんだね」


「場所によりけりですが」


「学園に戻ったら確認するか……あぁ、ウィル。悪いけど背中を借りるよ」


「はいはい」


 シャツとズボンが制服ではなく、厚手の黒い自前のものに常通りの赤いコート。ウィルと同じ馬に乗ったアルマが、彼の背中を壁代わりにしてノートにメモしていく。


 アルマも馬に乗れないわけではないらしいのだが、本人たっての希望であった。


「いいなー。私も主の背中が良かったなー」


「ははは、私の乳で我慢しろ、フォン」


「うわ、ちょ、重いよ! マフラー皺になる!」


「はーはっはっは。これが乳の重みだ!」


 逆に馬に乗れない――そもそもそういう習慣もない――いつも通りの鳥人族の装束にウィルから貰ったマフラー。それに旅装用のローブ姿のフォンは御影の前に。身長差から彼女の頭が御影の爆乳に埋まっている。

 見る者が見れば、当然ウィルも内心羨ましいが、フォンからすれば重いだけだ。

 

 そんな二組の光景を、ちょっぴり羨ましそうにトリウィアは見ていた。

 嫌われているわけではないのだがどうもフォンからトリウィアに対する尊敬度が低いようで、一緒に乗ってくれなかったのである。

 

 そんなこんなで山道を進むこと小一時間。

 木々の合間に一本道はウィルの家族が近くの村に行く時の為だという。

 

「随分と辺鄙な所に住んでいたね、ほんと」


 ウィルの背中に顎を当てながら、体重を預けるアルマが呟く。

 二週間前、背中にしがみ付くだけでも顔を赤くして身体を固くしていた彼女も流石に慣れ、むしろリラックスしきっている。

 

「ははは……僕も王都に出て改めて思いましたね。両親の意向だったらしいんですけど、どうしてかとかあんまり疑問に思わなかったので、聞いてみましょう」


 思わなかったんだ……とアルマは思った。

 

「――――見えました。僕の実家です」


「おっ」


「これが」


「おー!」


 3人が声を揚げ、アルマもまた掲示板の視界共有や言葉を通してではなく自分の眼で改めて見る。


 森が開けた先、石垣に囲まれた木造二階建ての一軒家だった。

 石垣の囲いは広く、家以外にも畑や馬小屋、それに井戸まである。

 囲いの石のいくつかには魔法陣が刻まれており、獣除けの魔術だ。


「……」


 一年ぶりの我が家にウィルはわずかに目細め、馬を降りる。

 手綱を引きながら歩いて簡素な作りの門を開けて中へ。

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