天津院御影ー鬼の間に その1ー

「婿殿、こっちだ」

 

 4人で集合した後のことである。

 一度、解散しようという話になった。

 トリウィアはそもそもあまり水に入るつもりはなかったし、海初体験のフォンは今にも飛び出しそうだけど、「彼」の手前好きに動くのは……とウズウズしている様子。

 幸い、このビーチにはコテージや売店、魚人族たちが運営するアトラクションもあって遊ぼうと思えば丸一日掛かる。

 だから、解散してそれぞれ好きに時間を過ごそうとなった。

 案の定フォンは一瞬で海へと飛び出して行ったし、トリウィアは煙草を吹かしながらパラソルが並んだフリースペースへと吸い込まれていった。

 そして、御影は「彼」の手を引いて、

 

「いいだろう、ここ。VIP用、らしいぞ?」

 

 先ほどの砂浜から少し離れた水上コテージ。

 魚人族は水中と水上、地上と多様な居住様式を持つ種族だ。基本水陸両用であるために、海沿い、川沿いかどうかで建物は環境に合わせていく。今御影たちが来た街は主に環境都市ということもあり、大体の様式がそろっていた。

 その中でもビーチ沿いの水上コテージはそのまま宿泊施設としても、VIP・個人用の休憩所としても利用可能である。

 今御影たちが来たのは休憩所向けとして、テーブルやビーチチェアや日光浴用のマットとパラソルあたりがある程度のもの。

 

 わぁ、と「彼」が目を輝かせる。

 山育ちだったせいか、「彼」もフォンと同じく海を見るのは初めてだったらしい。流石にフォンほどはしゃいでいる様子はなかったがそれでも広い海や魚人族の街に心を躍らせているように見えた。

 静かな水上コテージも賑やかなビーチとは違った風情がある。

 視覚的な空間だけではなく、足元から波の音が聞こえるのが心地いい。

 「彼」が喜んでいるだけで、コテージを確保していた甲斐があったなと、御影は頬を緩めた。

 先日の≪七氏族祭≫で仲良くなった魚人族代表だった男が良い笑顔で親指立てて用意してくれたが彼に感謝である。

 

 ここで何します? と「彼」が首をかしげて聞いてくる。

 御影は「彼」のその仕草が好きだ。

 純粋さや純真さがそのまま表れているようで。

 キュンとするし、その首筋にむしゃぶりつきたくなる。 

 

 ―――が、今回はそうではない。

 

「いやいや。せっかく海に来たはいいが、ほら。海と言えばという話だろう? うら若き乙女に、この紫外線は全く厳しいんだから」

 

 言いつつ、日光浴のマットとそのわきに置かれたサンオイルを視線を送る。

 ぎょっ、と「彼」が目を見開いて、何か言う前に体を密着させ、腕と腕、手と手を絡めた。

 むにゅりと、自分の胸が「彼」の腕を挟みながら潰れ、

 

「――――塗ってくれ、婿殿」

 

 耳元に囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ふっ」

 

 少しひんやりとした粘度の高い液体とそれに包まれた指が背中をなぞる。 

 思わず声が漏れてびくんと、「彼」の手が止まり、少ししてまたオイルを素手で伸ばして行く。

 恐る恐る、という動きだ。

 「彼」の視界は今、大変なことになっている。

 両手を顎の下にしてマットにうつぶせで寝ているが、ビキニのひもは解かれて、乳房が体とマットに挟まれて潰れているが、大きすぎて両脇に大きくはみ出ている。

 明るめの褐色の肌が透明のオイルで塗れて、あまりにも艶めかしい。

 一見筋肉質な彼女の体だが、指でなぞるその肌は柔らかくしなやかだ。

 少し指で押し込めば心地よい弾力で押し返し、気を抜けばオイルで滑って触ってはいけない所に触れてしまいそうになる。

 普段と違い高い位置でポニーテールにしているからうなじが、白銀の髪と明るい褐色のコントラストがはっきりと見えた。

 肩甲骨あたりから視線をおろせば大きな胸とは対照的にキレイに縊れた腰―――そして、大きなお尻。

 はみ出ている胸は一部だけだが、うつぶせになった彼女の脇に膝立ちな以上、明らかに全てを包むのには足りず、ほぼTバックのようになっている白ビキニの桃尻の全てが視界に飛び込んでくる。そこから伸びる足も、むっちりとしているのに全体的に長身な上に足も長いからか太いとか大きいという印象は薄れてしまう。

 いや、胸も尻も太ももも全部大きいのだけれど。

 彼女が少し身じろぎするたびに揺れ動くが、妙な重量感さえ醸し出し、果たしてどれだけの密度があるのだろう。

 

 ごくりと「彼」は思わずつばを飲み込んだ。

 

 何かとスキンシップが多く、胸を「彼」の腕や背中、胸板に押し当てることは多い御影だが、流石に直接手で触らせるようなことはない。

 手を繋いだり、互いの体を服越しにマッサージということはある。

 それでも、上半身は裸の背中と下半身は水着だけというは初めてで聊か以上に刺激が強すぎる。

 出会った時から耳元で囁いてくる癖は変わりないが、それでも体や手が触れ合う程度だったのが懐かしい。 

 彼女から熱烈求婚を受けてもうすぐ半年、とんでもないところまで来てしまったと「彼」は思った。

 

「んー、婿殿。手が止まっているぞ?」

 

 くすくすと、こちらを向かずに御影は「彼」を促す。

 返答はなく、無言で手を動かした「彼」に再び彼女は笑い、

 

 ―――――――うーん、これもう襲っても良くないか? と思った。

 

 数秒真面目に考え、やっぱり良くないなと思った。

 前提として、自分から行くのはレギュレーション違反だと、自分は判断する。マイルール違反だ。

 学園にいる間の3年間で、「彼」を自分に惚れさせて、手を出させたり、告白してもらったり、獣になってもらったり、襲い掛かってもらうのが目的だ。

 3年スパンの長大計画である。

 そしてわりとうまくいっている気がする。

 実際、ちょっとしたスキンシップやボディタッチは当たり前になってきたし、晩酌時、御影の部屋での露出多めな襦袢姿でも動揺することは減ってきている。 

 例えばこれが初めて会った時だったら、水着にサンオイルを塗ってもらうなんて絶対拒否されていただろう。

 

 基本的に大人しい「彼」だが性欲が無いわけではない――――むしろ、ちゃんとあることを御影は知っている。

 

 自分が薄着の時、胸の谷間に視線が行っているのも知っている。

 先輩の使いこまれたレザーパンツの太ももやヒップラインをたまに見ているのも知っている。

 フォンの何かと動きが多く無防備なせいで色々見えそうになる時に顔を赤くして目を閉じて顔を背けるのも知っている。

 ただ、最終的に踏み込むことがないだけなのだ。

 それは草食系とかヘタレとか意気地なしとかそういうことではないタイプだと御影は思っている。

 

 多分それは、もっと根が深い類の問題だと。

 「彼」の精神性を形作る根幹的な何かではないかと御影は推測している。

 

「んっ――」

 

 背筋の吐息が漏れた。

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