フォンー翼の意味 その2ー


 

 ≪七氏族祭≫、最終幕である。

 石と木で僅か数日で、しかししっかりと装飾もされた観覧席。数百人が正方形の淵に座る形になる。席に着くのは種族様々。七氏族は言うまでもなく観光に来ている人間種も多い。

 その一角、フォンは御影とトリウィアと並び「彼」の応援をしていた。

 正方形の中央、「彼」を始めとした各氏族の代表が素手と最低限の衣服だけで円形に集まっている。

 角度的に、ここから見えるのは「彼」の背中。

 上半身は裸で、ズボンだけの軽装だった。

 

「くぅぅぅ……!」

 

 隣を見れば片角の鬼族が「彼」の背中を見ながら盃を煽り息を吐く。

 脇に酒瓶を抱え、隣の開いた座席には同じものがいくつも転がっている。

 鬼族の姫、天津院御影。

 おっぱいの大きい美人だ。

 

「……」

 

 逆側、真ん中に座るフォンを通して御影を一瞥しながら煙草を吸っているのは帝国の才女、トリウィア・フロネシス。

 強めの日差しがある晴天にわりと暑いにも関わらず、レザーパンツに長袖シャツ、白衣だが汗1つかく様子もない。

 足と眼鏡がセクシーな、オッドアイの美人だ。

 出会ってからほとんどの無表情の彼女だが、御影の酒瓶の山にほんのわずかに眉を顰め、

 

「それ、ドワーフ製の火酒でしょう。火が付くもので、人間からすれば消毒薬の」

 

「鬼からすれば実に良い酒だ。体が燃える。学園ではこれだけ強いものは飲めなかったし、これはドワーフの酒の中の一級品だ」

 

「どこで手入れたんですか」

 

「昨日、ドワーフたちと飲んでた―――潰して、賭けに勝って、沢山貰ったのさ」

 

「……笊通り越して枠ですね」

 

 呆れたようにトリウィアが息を吐く。

 それには構わず御影は酒を盃に注ぎ、

 

「フォン、お前も飲むか?」

 

「あ、ううん。鳥人族はお酒飲まないんだ。だから大丈夫。空飛べなくなっちゃうしね」

 

 酒も煙草も若い鳥人族はやらない。

 やるとすれば飛べなくなってからの楽しみだ。

 

「ふむ、残念」

 

「怪我の調子はいかがです? 先ほどからかなり叫んでいますけど」

 

「うん! かなり良くなったよ。戦ったり、長距離で長時間飛ぶのは難しいけど羽根を出さなければとりあえずは問題ないかな」

 

「それはよかった」

 

「うむ、後は婿殿の勝利を待つだけだな!」

 

 御影は盃は掲げ、そして「彼」の背中を見て、酒を流し込み、

 

「くぅぅぅ」

 

 息を吐く。

 ほのかに赤く染まった頬と漏れる吐息が艶めかしい。

 

「……何を肴にしているんですか」

 

「婿殿の上裸。良いものだろ、あれ」

 

「…………まあ、否定はしませんが」

 

「結構鍛えてるんだね、主殿! あ、こっち振り向いたよ。おーい、主殿!」

 

 フォンは大きく手を振り、御影は何度目かの盃を掲げ、トリウィアは小さく手を振った。

 「彼」も軽く手を振り返し、真っすぐに前を向いた。

 そして、司会の話を聞いている。

 これで七度目。

 代理を立てたせいで、鳥人族が最も得意とする短距離走種目は省かれていた。

 このあたり、各種目がそれぞれの氏族の最も得意な競技なのである意味よかったのかもしれない。

 エルフならば的当て、魚人族なら水泳、ドワーフなら丸太割りといった具合。

 「彼」はこれまでの全ての種目で2位を納めている。

 そして、これが最後であり、本番ともいえるバトルロイヤルだ。

 

「主殿、勝てるかな」

 

「勝つさ」

 

「勝ちますよ」

 

 フォンの問いに御影とトリウィアは同時に答える。

 それは確信した物言いだった。

 御影は笑みと共に息を吐き、トリウィアは煙を吐く。

 

「婿殿は私よりも強い、私が見込んだ男だ、そうそう負けないよ」

 

「事実だけを述べるのならば」

 

 煙草を挟んだ指で眼鏡を押し上げたトリウィアは、しかし「彼」から目を離さずに、

 

「過去の≪七氏族祭≫、300年分の結果に目を通しましたが、30回7人の代表で210人。そのうち、重複もありますが、氏族以外の種族が代表になったのは10人。そのうち人間は3人」

 

「へぇ」

 

「よく調べたな、先輩殿。確かか?」

 

「エルフ族の記録を見て、代表戦初回から見て来たエルフ族の方に聞いたので確かでしょう。最初はあまり歓迎されませんでしたが、文献を調べているうちに打ち解けましたし確かでしょう」

 

「ははは、流石だな。……しかし、3人か。多いのか少ないのか良く分からん」

 

「300年に3人、というから多くはないでしょう。大体の場合が、族長の子との婚姻を懸けたとか優勝したら当時出場していた他6人の代表を嫁にするとかその手の話でしたね」

 

「えぇ……? 凄い、剛毅だねその人」

 

「ま、≪連合≫では混血は珍しくないしな。それで、その3人に何か共通点でも?」

 

「あります―――その3人は、三人とも20以上の系統保有者であったということ」

 

「ほう」

 

「へぇ、すっごい」

 

 7系統しか持っていないフォンからすれば雲の上の話だ。

 鳥人族は基本的に風属性に特化し、おまけに雷か水というのが種族特性だ。

 フォンの場合は風の5系統に雷の≪落下≫と水の≪潤滑≫。≪落下≫と≪潤滑≫は飛行中の加速と空気抵抗の軽減にもなるのでそれで十分だと思っている。

 これは鳥人族としては大体平均値である。

 

「亜人種族は概ね、1、2属性の系統を網羅し、いくつかの副系統を持つ傾向にあります。20超えるのはそうそう聞かないですね。10超えれば多い方です。それ故にいわゆる≪究極魔法≫が希少なわけですが」

 

「私の14系統も多い方だしな」

 

 えぇと、彼女は頷き、

 

「その分、魔法以外の種族特性が強みになるわけですが。対して人間種の系統はばらばらで一桁もあれば十後半もあり、種族特性なんて繁殖力くらい」

 

 ですが、と紫煙を長く吐いた。

 

「――――洗練された20を超える系統保有者は、人間種でありながら上位種である、という見方をする者もいます。……というか、帝国ではそういう感じですね」

 

「自慢ですか、先輩殿」

 

「事実です」

 

 御影は笑いながら盃を傾け、トリウィアは肩をすくめた。

 

「うぅむ」

 

 難しい話を両脇でしてるなと、フォンは思った。

 20、というか全属性全系統持ちの人間なんて当然初めて見た。

 28種持ちのトリウィアでさえ驚いたのだから。

 飛べれば良くないか? と思うのが正直な所。

 思えば怪我をしたせいで24時間は空を飛んでない。

 これはフォンの人生的にあり得ないことだ。

 

「加えて、あの術式。あれは素晴らしい。本当に素晴らしい。未だに術式構築を解明できていません。本当に天才のものです」

 

 拙い。

 

「あぁ、うん。あれは凄いな。かっこいいし」

 

 飛びたくなってきた。

 

「術式の精度は言うまでもなく、応用性と発展性が素晴らしいんですよね。後輩君は誰かに教えてもらったそうですが、その人は本当に素晴らしい。天才で、その上教え子思いです。私もそのような師が欲しいですし、私もそのような師になりたい。あぁ、一度はお会いして話を聞いてみたいものですね」

 

 最高速でぶっ飛ばしたい。

 

「あぁ、うん。その先生なぁ」

 

 一瞬くらいだったら翼も大丈夫じゃないだろうか。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ。

 これから戦う主殿への景気づけの意味を込めて。

 

「なぁ、フォン」

 

「え!? 何!? 8回転空中螺旋捻り!?」

 

「………………匂いで酔ったのか?」

 

「何の曲芸ですか」

 

 そうではなくて、と御影がフォンの肩に手を回し、ぐいっと引き寄せた。 

 琥珀の瞳と艶めかしく赤く火照った顔が至近距離に。

 うわっ、顔が良いとフォンは思った。

 

「覚えておけよ、フォン。今後我が婿殿と関わるのならば「先生」とやらが最大のライバルだ」

 

「先生? えーと、主殿の師匠か何かってこと?」

 

「らしい……が、私も先輩殿も会ったことはない。というか婿殿も会ってはないらしいんだ」

 

「……私は馬鹿だからよく理解できてないんだろうけど、どういうこと?」

 

「さぁ、私たちにも良く分かっていません。ただ彼には会ったことがない師匠がいて、術式を教えてくれて、生き方の道しるべになってくれたということだけ」

 

 くすりと、漏れた声が聞こえた。

 出会ってから1日だが、一度だって表情を変えなかった彼女から。

 驚いて視線をずらせば、確かに小さく、けれど柔らかく笑っていた。

 

「きっと、本当に素敵な人なんでしょう。あの彼が、あんな笑顔を浮かべるんですから」

 

「ふふん、それが婿殿の魅力でもあるのだが」

 

 まじか、とフォンは思った。

 聞く限りだと主殿には滅茶苦茶大切な師匠さんがいるらしい。

 それを御影は魅力といい、トリウィアは笑っている。

 ねとられだかねとりだとかそういう性癖を聞いたことあるが、そういう手合いなのだろうか。

 世界は広い。

 どんな人なのだろう、とは思うが、しかしピンと来ない。

 

「ま、主殿に後で話を聞けばいいか」

 

「うむ。胸焼けしないように気を付けろ」

 

「ブラックコーヒーを準備しておきますね」

 

 そして――――「彼」の闘いが始まる。

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