フォンー翼の意味 その1ー

 フォンにとって生きるということは空を飛ぶということだった。

 

 それはフォンにとってではなく、鳥人族にとって共通認識と言える。

 一般的に鳥人族は考え無し、脳足らず、鳥頭、などと揶揄されることが多い。実際のところそれはそうだとフォン自身も思う。物忘れは激しいし、計算は苦手、一通りの簡単な読み書きができれば御の字、三歩進めばそれまで考えていたことを忘れるというのも誇張ではなく経験済み。

 ただ、あえて訂正するのならば、だ。

 

 鳥人族にとって、最優先は羽根を広げ、翼をはためかせ、空を飛ぶということに他ならないのだ。

 

 何かを覚える暇があれば、空模様を覚える。

 計算はできなくても空気の湿り気、温度から天気が分かる。

 読み書きはできなくても、風を読むことは容易く。

 何かやろうと思っていても、良い風が吹けばそれに乗ってしまう。

 鳥人族とはそういう種族なのである。

 

 空に生まれ、空に生き、空に死ぬ。

 

 亜人族において、唯一生態的特徴から自由自在な飛行を行えるからこそ、それが最も強みであるからこそ、鳥人族はそういう進化と文化を重ねて来た。

 別に地頭そのものは決して悪くはない、という話を聞いたこともある。年を取り、翼が衰えた老人は決して物忘れはないし、計算や言語も巧みに操る。年老いたものが氏族の未来を考え、若者は飛べる限りに飛んでいく。そういうものなのだ。

 

 だから、鳥人族は決して翼の恩は忘れない。

 自分たちにとって翼というのは命よりも大事といっても過言ではない。単なる生命以上の存在理由なのだから。

 だからこそ、フォンは「彼」のものになることに決して抵抗などない。

 己の未来を救ってくれたのだから。

 そして、氏族の未来も救ってくれようとしているのだから。

 

 氏族の10年間を決める戦い―――≪七氏族祭≫。

 

 たかだか10年、されど10年である。

 七氏族祭では他国との貿易や氏族内の物流を取り仕切る為に、その10年を有効に活用したとしたら大きな利益も出せる。その上ここ20年では≪王国≫の≪魔法学園≫への留学優先権さえも勝者に得られるために、その勝利の価値は極めて大きくなっている。鳥人族は20年前は中堅の結果で可もなく不可もなく。10年前は大敗して最下位。当時、政治を担う長老たちがタイミング悪く逝去したために、祭りの後の交渉もうまくいかず、これまででも最悪の10年と言っても過言ではなかった。

 当時まだ三つだったフォンは10年前の記憶は薄い。

 けれど、それから10年間高位獣化能力者として、この日の為に研鑽を重ねて来た。

 かつては各氏族で異端と扱われてきたメタビーストは、しかしここ20年の間に地位を変え、重宝されるものとされている。亜人種族だけではなく人間種との交流も増えたことによるのが大きいらしい。

 細かいことは分からないが、状況に応じて鳥、鳥人、人間の姿に好きに変われるのはアドバンテージである。

 今現在の各氏族にも合わせて数人しかいないらしい。

 だからこそ、期待された。

 速度を第一に置く鳥人族で、13歳にして一番速く飛ぶことができた。

 戦い方が一番強い―――というわけではないのだが。それでも、鳥人族においては速さこそがステータスだ。

 

 そう呼ばれることになるのに10年の全てを掛け、鍛錬を重ねて来た。

 

 言葉にすればそれだけのことだけれど。

 それなりに大変なこともあった。高位獣化の能力は鳥人族において現在フォンだけのもの。

 鳥と半鳥人と人間、それらの体を効率的に動かす技術を自分で編み出さなければならない。

 来る日も来る日も研鑽と修練、失敗とわずかな進歩。

 まぁ、悪くはなかった。

 色々な形で飛ぶ練習と思えば楽しく感じることができた。 

 とにかく、飛ぶことと紐づければ大体どうとでもなるのが鳥人族の良い所だ。

 

 けれど、流石に≪七氏族祭≫前日に翼をもがれたのには堪えた。

 

 10年の積み重ねが無駄になったことも。

 これから10年間の可能性が潰えたことも。

 なにより、飛行不能になるほどの翼へのダメージは絶望だった。

 「彼」らが助けてくれなかったら、きっと死んでいた。

 命を落とすという意味でも、飛べなくなるという意味でも。

 生まれて初めて、恐怖と悔しさで泣きそうになってしまった。

 

 そして、今、

 

「うおおおおおおお!!! 主様! いいぞ! 凄いぞー! かっこいいぞ!」

 

 フォンは拳を振り上げ、弾けるような笑顔で「彼」を応援していた。

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