??? ー希望 その2ー
「…………んっん!」
恐るべき即レスである。
そのことにちょっとだけ嬉しさが胸の奥から滲み、頬が緩みそうになるのを抑えつつ咳払いで意識を切り替える。
次元世界最高の魔法使いはこの程度では揺らがない。
『……今回の件について、ですか。すみません、無理を言って』
「んんんっ、ん……うむ」
反応が速い。
流石すぎる。
咳払いを繰り返し、腹を決める。
「……そうだね。君の様子が少しおかしかったから。気になったんだよ。……あまり、掲示板で聞くのもどうかと思ってね」
『ありがとうございます。すみません……自分でも、ちょっと無理をしてるかなとは思いました』
「ふふふ、やっぱり」
笑い、改めてマグカップを手に取る。
なぜか妙に気恥ずかしくて、飲み物がないとやってられない。
足をずらし、胡坐をかいて彼の言葉を待つ。
『フォンさん。彼女は自分の境遇を変えようと必死で10年間鍛えて来たそうです。氏族の未来を背負って、そのためだけに。
そして少し間が開いて、
『―――――その気持ちが、僕にも分かったんです。僕もそうだったから』
「君は」
思わず口を開いた。
少し迷い、
「……聞いてもいいのかい?」
踏み込むことを、少女は選んだ。
『はい』
そして「彼」も応えて、
『掲示板でも話しましたけど、僕は転生の前に両親が死んで、妹は自殺しました。でもそれは少しだけざっくりで、本当はその間結構空いてるんですよね』
両親は死に、妹は自殺。そして中卒で働きに出た。
それが掲示板から知っている「彼」の生前だ。
掲示板に顔を出す者たちもあまり触れようとしてこと無かったものを、彼女は今触れようとしている。
『両親は良い人でした。お人好し、って言ってもいいかもしれません。父は小さいですけど会社の経営をしていて、母も優しかったし、妹は少しお転婆だったけど素直ないい子でした』
「君に似たのかな」
どうですかね、と文字だけど苦笑した気配を感じた。
けれど、言葉は続き笑みの気配は消えていた。
『僕が中学に上がった頃、父の会社が倒産しました。経営を失敗したとか、不景気だったとかじゃなくて、詐欺にあったということだけ聞いています。今となっては詳しいことは分からないんですけど、それでもとにかく父は仕事を無くし、もっと給料の低い会社になんとか再就職したんですけど、その間に家計をカバーしようとした母は体を壊した』
結果的に、その治療費で収入はほとんど消えて毎月ほとんど赤字だったらしい。
だから彼も中学生でできるバイトを探して、進学せずにそのまま就職したという。勿論中卒の給料は限られるが、それで数年は何とかしたという。
『あの日は、妹の高校の入学式でした。妹は勉強を頑張って特待生の推薦で入学したんですよね。その日僕は夜勤明けで入学式に直接向かってたんです。両親と妹は歩きで直接学校へ行って』
そして、
『――――両親と妹に、トラックが突っ込みました。両親は即死で、妹は後遺症が残るほどの大怪我で、リハビリも含めれば退院に半年くらいかかったんですよ。それでも足は動かず、片腕にも麻痺が残るものでした』
「……それ、は」
そんなことって。
そんなことってないだろう。
少女の高校入学という晴れの日にそんな悲劇だなんて。
家のことを考えれば、奇跡的に得たと言っても良い青春が一瞬で消えてしまうなんて。
けれど、それで終わらないのだ。
『半年後、なんとか妹は家に帰って。お風呂やトイレにもなんとかいれてご飯も食べさせて。練習はしてたけど僕も慣れてなかったからすぐに泥のように眠ってしまって』
目が覚めたら、
『妹が、台所で自殺していました。リビングで寝かしていたんですけど、片腕で這いつくばって台所まで行って』
「――――」
反射的に、手が動いた。
指が跳ね、五指に指輪が現れ光を帯びる。
マントが手に絡みつかなければ、衝動的に魔法を発動していたかもしれない。
ただの私情によるそれは己自身が禁忌と定めていたことなのだから。
「…………君は」
胸の奥に、久しく感じていなかった痛みがある。
掲げた腕から力が抜け、マントもしゅるりと滑り落ちた。
『遺書はなかったので、どうしてか分かりません。今後の生活に絶望したからか、両親を失った悲しみか、高校生活が台無しになったから、女の子が兄とはいえ異性に下の世話をされるのが嫌だったのか。理由なんていくらでも思いつきますけど、結果として妹は自ら命を断ちました』
それが全てだと、言外に告げていた。
『それからしばらく、僕は機械的に過ごして、そして死にました。死んだ理由はあんまり覚えてないんですよね。というより、妹が死んで―――希望を失ってしまったから』
「――――き、ぼう」
ふらりと、少女の体から力が抜け、マントが慌てたように支える。
何度か口を開きかけて、結局閉じて。
『だから、彼女を放っておくわけにはいかなかったんです。彼女は僕と同じで、一瞬で希望を失ってしまった。かつての僕と同じように。だから――僕は彼女を助けたい、助けます』
それは文字の羅列でしかなかったけれど。
それでも確かに確かな誓いが込められていた。
彼女の為ではなく、「彼」が「彼」であるが故に、助けなければいけないのだ。
転生したとしても、逃れられない魂の楔。
ふと、顔を上げて窓を見る。
夜の黒とランタンの橙が生み出す天然の鏡には白髪の眼付きの悪い美少女がいて、
「―――っ」
そこに、もはや摩耗した少年の顔が被った。
最後に思い出したことさえ思い出せない、自分の前世のことなんてはるか遠く。
かつてに縛られて生きるのには、少女は少女として生きる時間が長すぎた。
頭を強く振り、幻影を振り払う。
もう、思い出そうとしてもはっきりとは思い出せないものだし、今生が長すぎてかつての自分だと思えない。
「君は」
絞り出した声は、自分のものとは信じられないほどに弱弱しかった。
同じような話は、色々な世界でいくらでも聞いたのに。
それこそ聞き飽きたと言ってもいいのに。
森羅万象を見通す至高の魔術師と言われたはずの彼女は、どうしたって胸の奥が張り裂けそうだった。
「君は……今、希望を見つけられたのかい?」
返事には少し間を空いた。
続きを聞きたいような、聞きたくないような。
そして、帰ってきた返事に彼女は思わず通信枠を消してしまった。
何でも分かると思っていたのに、どうしていいのかわからなくて。
どうせ、きっと寂しげに苦笑している「彼」を抱きしめられないから。
『――――いつか、見つけたいですね』
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