トリウィア・フロネシス―叡智の深淵 その2―
銃火器は≪帝国≫で普及している魔法発動補助道具の一つ。
火と土属性保有に恵まれた≪皇国≫では火薬を用いる物理銃が「火筒」と呼ばれ一般的らしいが、≪帝国≫では専ら弾倉を魔法発動媒体として用いる。
「彼」が銃を見て妙に驚いてるのが印象的だった。
銃を初めて見たというわけではなく、銃があることに驚いたという感じだったから。
一般的に、保有系統が多い者向けと扱われているのがリボルバー拳銃型だ。
保有系統の数が才能と言われるが、しかし同時に系統属性の多さは扱いの難易度に比例する。概ね15系統を超えると直感や単なる経験だけでは扱いきれず、一定の理論や発動補助が必要になると言われており、トリウィアにとってこの銃がそれである。
7弾倉一つ一つに系統を随時装填し、それが二つ分。それによって短期間における使い分けを実現している。
無論、それでも難易度は高いがトリウィアは膨大な知識量と理論によってそれを補っていた。
「―――ふぅ」
一度息を吐き、二丁の拳銃をリボルバー機構同士が触れ合う様に眼前で十字に構えた。
それはまるで何かに誓う様に。
それはまるで何かに捧げる様に。
何か?
決まっている。
「―――あらゆる未知を蹂躙せしめんが為に」
この世のあらゆるものを知るがために。
何もかもを叡智に捧げ、貪りつくすように。
罪深き欲望という叡智の十字架こそが彼女の本質に他ならないのだから。
天津院御影は彼女らしい豪快さを見せてくれた。
「彼」はその美麗極まる魔導の極地といっても過言ではない術式を見せてくれた。
あぁ、浮かれているなと思う。
目前、竜はもがきながらもトリウィアに血走った眼光を向けていた。
死にかけの獣ほど恐ろしいものはない。翼が無かろうと竜は竜。その顎は十分に人間を絶命させ得る。
ならば、徹底的に潰す。
やるならとことんやるのが≪帝国≫流。
それに、なによりも。
「後輩に、かっこいい所見せたいですよね」
呟き――――十字に交差した拳銃を弾かせ合う。
ガキンと鋼同士がぶつかる音が鳴り、ジャララとリボルバーが回転。
七色に輝き――――もう一度腕を振り、激突させることで弾倉を回す。
それがトリウィアの術式発動動作。
弾倉の回転がそのまま術式の構築となり、二つのリボルバーを回転させれば最大14系統。続けて行えば全28系統。
この時、腕を大きく振ることで白衣をはためかせるのが格好良く見えるコツ。
そして、全系統を用いるということは、
「―――≪魔導絢爛≫」
≪王国≫では≪究極魔法≫、≪皇国≫では≪神髄≫と呼ばれる奥義に他ならない。
視界の隅、御影がぎょっとしながら慌てて包帯を引き寄せて斧を回収し、「彼」と共に後ろに下がっていた。
流石の判断力。
フフフ、気兼ねなくぶっ放せるなぁとトリウィアは表情を変えずに思った。
前方に構えた二丁の銃口に魔法陣が展開される。
加熱、燃焼、焼却を爆発させ。
液化、潤滑、氷結を活性させ。
流体、気化、伝達を加速させ。
硬化、生命、崩壊を振動させ。
帯電、発電 電熱を落下させ。
拡散、反射、浄化を収束させ。
吸収、荷重、斥力を圧縮させ。
それぞれ各4系統ずつ用い強化した7属性を織り交ぜながら同時に放つ全属性内包殲滅砲撃魔法。
遍く知識と叡智、知恵へと捧げる深淵。
その名も、
「――――≪十字架の深淵≫」
●
「貴方は、何か目的とかあるんですか?」
ついつい良い所を見せたくて調子に乗って≪魔導絢爛≫でワイバーンを蒸発させ、御影に軽く引かれた後のことである。
ただ、それを言うなら入学早々「彼」に≪神髄≫をぶち込んだ彼女に言われたくないのだが。
聞いてみたかったことを「彼」に聞いてみる。
唐突な質問に「彼」が首を傾げたので、新しい煙草に火を付けながら言葉を続けた。
「貴方は強い。そして才能を見ても歴史上初の全系統適正。主席という立場を考えても卒業後どこからでも引っ張りだこでしょう。それこそ何にだってなれる」
「うむ! ≪皇国≫の王の婿とかな!」
アグレッシブだなぁと思いつつつ、「彼」の言葉を待つ。
「彼」はトリウィアが開けた崖の巨大な風穴を一度見てから、空を見上げて言う。
幸せになりたいだけですよ、と。
「………………は?」
思ってもいなかった回答に思わず目が点になる。
咥えた煙草を落としかけた。
「どういう意味ですか?」
目的というにはあまりにも曖昧で、しかし「彼」の言葉には確かな意思があった。
彼は笑みと共に語る。
自分の力をどう使うべきか、解らなかった、と。術式としてではなく、人生の指針として。
「それは……まぁ、そうでしょう。全系統適正はそれだけ貴重です。私のように28種でも大きく持ち上げられました。天賦の才というには陳腐ですが、それは考える必要があるものです。これだけの大いなる才を与えられた私たちには、それを扱う責任があるのですから」
それです、と「彼」は語る。
ある人に言われたと。
力に責任というものは付随なんてしないのだ、と。
「――――それは」
確かに、そういう考え方もあるだろう。
けれどそれは無責任ではないだろうか。
少なくともトリウィアの生まれた≪帝国≫ではそうはならない。
彼は苦笑と共に同意しつつ、その言われた言葉を口にする。
『馬鹿かね君は。力を持っているから、使わなければいけないなんてことはない。強い者が大事を為し、弱き者は何事も為せないのか? 否、否だよそれは。それは強いが故の傲慢さ。行動も結果も、どんな力を持っているかなんて関係ない。どうしたいか、どうするか、選択と決断のみがそこにはある』
だからいいかい、とその人は「彼」に説いたという。
『君はその力で何かを為してもいいし、何も為さなくていいんだ。誰に何を言われても気にするな。これは君の人生なんだから。小言を言う外野は無視してしまえ。君はもっと、生きるということを楽しんでいいんだ』
肩の荷が下りたんですよねと、彼は微笑む。
主席に選ばれてプレッシャーを感じていたが、その言葉で余計なものを背負わずに済んだらしい。
「……あぁ」
確かに。そんなことを言われたら、自分もそうかもしれない。
きっと彼は真面目なんだろう。だから学園主席という立場に真摯に向き合い、それに見合う様に背負おうとした。
だけど、その人はそんなものは要らないと言ったのだ。
もっと人生を楽しめ、と。
言い方は少し厳しい気もするが、根底の優しさが伝わってくる。
きっと素敵な人なんだろうなと、トリウィアは思う。
自分みたいな知識欲に囚われた女なんかよりもずっと。
その言葉が、「彼」を救っていたのだ。
「君は、その人のことが大好きなんですね?」
答えはとびっきりの破顔だった。
尊敬している先生で、師匠。
こんな教え子がいたら、その人もたまらないだろう。
人たらしの後輩だ。
だからと、「彼」は申し訳なさそうに口を開き、
「――――いえ、大丈夫です」
トリウィアは自身の人差し指で「彼」の唇を塞いだ。
少し顔を赤くしているのが可愛い。
「そんな話を聞かされては、制度といえど師匠なんて名乗れないじゃないですか。うん、それに術式に関しては私の方が学ばせてもらいたいくらいですし。師弟制度の申請は取り止めましょう。―――その代わり」
そう、その代わりだ。
胸の奥で、欲望が渦巻いている。
何でもできる力を持った「彼」は幸せになりたいという。
あぁ、それは。
なんて素晴らしい夢なのだろう。
珍しく、笑みが零れるのを自覚する。表情は硬い方だが、しかしこんな話を聞かされては頬が緩むのは仕方ないだろう。
だから、その夢を見届けるためにも、
「―――君のことを、もっと「知りたい」な」
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