天津院御影ー隻角の証明 その2ー
「――――やろうか、少年」
言葉と共に鬼道を発動し、身体強化の強化。それに伴い≪伊吹≫にも加熱、爆発、耐火、硬化、振動、崩壊を重ね掛け。
開始の合図と共に、
「覇ァッ!」
足元の地面を爆散させながら高速で飛び出し、大戦斧を叩きつける。
衝撃爆散斬撃、≪鬼道・鳳仙花≫。
火と地の属性に長けた鬼族において最も愛用される爆発する衝撃。爆発の系統があれば形になるそれの6系統鬼道はシンプルなれど高い威力を誇る父親仕込みの基礎にして奥義だ。
身体強化の≪鬼道・金剛≫と併用すれば入学試験の戦闘試験では半分の新入生をこれで沈ませた。
「―――やるなっ!」
だが、「彼」は危うげなく回避する。
しっかりとこちらの動きを目で追い、宙返りで飛び退いて剣を構え直した。
それだけで、反応速度と身体強化が凡百ではないことが分かる。
噂では≪王国≫の北端の辺境出身らしい。
大自然の地といえば聞こえはいいが、山と魔物だらけの過酷な土地だ。そんなところで育てばこうもなるというわけか。
「≪牡丹≫!」
振り抜き、飛ぶ炎の斬撃。
加熱、燃焼の2系統鬼道。本来斬撃を飛ばすには風属性を用いるのが一般的だが膂力任せてぶっ飛ばすのが御影、というか鬼族流。
これも避けた。
思わず笑みが濃くなる。
≪鳳仙花≫からの≪牡丹≫。爆散斬撃を逃れた者を飛ぶ炎撃でもう3割は戦闘不能にさせた。
そして残りの2割は、様々な形で御影が強者と認める者だ。
「―――いいな」
笑みが濃くなる。
角の疼きが強まる。
自分の連撃をここまで簡単に回避されるとは思っていなかった。
思っていたよりもずっといい。
歓喜を抑えながらも片手で≪伊吹≫を構え、叩き込む。
「―――?」
そして、見た。
「彼」の右腕に7色7本の魔法陣が浮かぶところを。
カタカタと音を立てて、5分割された円周のいくつかが光り、
「――――≪センパー・パラタス≫」
右拳を握りこむ。
そのトリガーヴォイスを、誰かからの大切な贈り物のようにしっかりと。
「!!」
ガァン、と鋼と鋼がぶつかる音が演習場に轟いた。
「――――」
思わず目をむく。
観客にもわずかなどよめきが。
御影も驚いた。
鬼族の膂力はこの大陸に数多いる種族でも最高位。それを「彼」は確かに受け止めている。
身体能力強化? だとすれば恐るべき練度。人間が強化された鬼族と正面から撃ち合えるなんてことはそうそう聞くものではない。
むしろ、彼の特性は他で決して聞くことのないものであり、
「全系統適正、凄いな! これは凄い! ―――いや、それを使いこなせる君の方が凄いのか! うん!」
ありがとうございます、と「彼」は誇らしげに言う。
「どういたしまして、だッ」
言葉を返しながら≪伊吹≫を連続で打ち込んだ。
轟音と炎熱を纏った連撃を、しかし「彼」は丁寧に捌く。
自分と正面から打ち合いを続けられる者は、入学試験でも僅か数人だ。
力任せではなく、こちらの動きを完全に把握し、一つ一つを一本の剣で拮抗させてる。
「―――は」
強い。
度胸もある。
真っすぐに黒い瞳がこちらを見据えてくる。
「―――はは」
あぁ、楽しい。
楽しいなぁ。
「はははっ」
強さの証明は父の為、母の為、民の為。
―――――そして、自分の為に。
鬼種として、強い者と戦うのはたまらなく楽しいのだ。
「はははははははは――――っっ!!」
笑い声を上がるのが抑えられない。
琥珀の瞳は欄々と輝き、角の疼きが止まらない。
身体から炎が溢れ、≪伊吹≫に纏わりつき物理衝撃以外のものが「彼」へ迫る。
片手で大戦斧を握り、
「≪鬼道・冠蛇≫!」
もう片手の指運で大蛇のようにとぐろを巻く炎を操った。
斧の斬撃とそれを追う炎蛇が一つ、逆方向上下から二つ。
「≪フォルトゥーナ・フェレンド―――アクア≫」
「彼」の拳が握られ、魔法陣が回転した。
「おぉ!」
4つの攻撃が、突如出現した4枚の障壁に受け止められた。
全て青く、おそらく水属性を中心に作られたもの。
恐るべきは発動速度。
全系統適性ということは選択肢が35通りで、組み合わせは考えるのも馬鹿らしい。
それをワンアクションで魔法発動しているのだから尋常ではない。
「ははっ!」
鬼力を注ぎ込んで、力ずくで破壊しようとするがそれよりも早く「彼」が飛び退いた。
四枚の障壁は単発ではなく、彼の周囲に、動きに追随して展開されているものらしい。使いやすそうな良い術だと思う。
良いものは褒めるべきだ。
「良い鬼道……≪王国≫で言うと魔法か。良い魔法だね」
ありがとうございますと、彼は繰り返した。
やはり誇らしげに。
「うぅむ」
ちょっと可愛いなと、御影は思う。
鬼族にはいないタイプだ。
思ったよりもずっと強く、素直で、愛嬌がある。
戦って負けた後、どうするかとかあんまり考えてなかったなと今更ながらに思った。
本能優先で戦いを挑んだので、それは反省。
主席を追いやられたことにちょっとばかり嫉妬があったかもしれない。
負ければ本国の、自分を疎ましく思っている連中に文句を言われる口実を作ることになる。
申し訳ない、父上、母上。
しかし鬼族なんてこんなものなのでまぁいいだろう。
人から見れば考え無しとよく言われるので、学園でそのあたりの機微を学びたい所。
―――だが、今はそれよりも大事なことがある。
「君は強い―――だから、こちらも全力で行くぞ」
斧を掲げた。
そして、全身から、角から、大地から炎が溢れ出し、わずかにスパークが舞う。
雷を纏う炎が竜巻のように御影の周囲を吹き荒れ、彼女の体と武器が金剛の如き硬度を得ることで自身が傷つくことはない。
御影の属性資質は火の加熱、燃焼、爆発、焼却、耐熱、土の振動、硬化、鉱物、生命、崩壊。
雷の電熱と発電。
火と土の系統を網羅し、得意ではないが雷も。この3属性は鬼族の基本資質と言える。
二種系統を網羅しているのは稀有だが、それだけではなかった。
「――――収束・圧縮」
光属性の収束と闇属性の圧縮により膨大な熱量が大戦斧の周囲に集う。
鬼族の純血種には発現しない光と闇属性。混血の御影だからこそ持つ2系統。
たかだか一つと侮ることなかれ。
収束と圧縮は全系統の中でも最も応用が利く類のもの。
全14種、持ちうる全ての系統の同時発動。
それを―――≪皇国≫では≪神髄≫と呼ぶ。
≪王国≫では≪究極魔法≫と呼ばれるものであり、個人が保有する全系統のうち10種以上の同時発動術式のみに冠せられる名。
個人で発動する術としての最高位。
それを可能とすれば一流と呼ばれる者を、御影は既に体得している。
全ての熱量が≪伊吹≫に収束していながらも、演習場にいる多くの者が流れ落ちる汗を拭った。
数人、気絶しているものもいたが御影は気づかない。知る限り≪神髄≫の使い手は新入生では彼女だけ。
「死んでくれるなよ!」
我ながら酷いことを、しかし鬼族としては最上級の賛辞をぶつける。
死にませんと、滝の様な汗を流しながら「彼」は返した。
黒い瞳で真っすぐに輝く琥珀を見据えて。
ちょっとキュンとしちゃうなと、御影は思った。
「彼」は長剣を逆手で握った左手を支えにしながら真っすぐに右手を突き出した。
正面から受け止めるつもりだ。
回避ではなく、迎撃するのか耐えきるのか。
どっちかは分らないが、
「うぅむ」
かなりキュンと来た。
鬼族的に必殺技を受け止める姿勢を見せるのも愛情表現だ。
多分彼は知らないだろうが。
後で聞くとしよう。
一度頷き、
「≪神髄≫――――」
笑みを深め、斧を振りかぶり、
「――――≪天津叢雲≫ッッ!!」
振り下ろす。
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