天津院御影ー隻角の証明 その1ー
天津院御影は己を証明しなければならない。
≪大陸≫の極東、鬼族が治める≪皇国≫の第六王女、そして皇位継承権第一位。
第六王女だが、第一位だ。
それが己の肩書である。
父は現王、母はその妾の人間。片角、即ち混血として生まれた御影は本来であれば皇位継承権を与えられることすらなかった。
だが、鬼族の身分制度は人間のそれとはいささか異なる。
人間であれば、例えば≪王国≫や≪帝国≫は血統によるものだし、≪共和国≫なら合議制、≪聖国≫であれば王である教皇からの指名、西方の≪連合≫であればそれぞれの氏族全員が王であり、こちらも共和国とは聊か形は違うが合議制だ。
そして≪皇国≫は血統主義と実力主義。
鬼の王族において、最も物理的に強いものが王になる。
正妻、妾の子問わず上に兄が4人、姉が1人、下の弟妹も3人いるが、皇位継承権が第一位なのはそういうこと。
純粋に、今の世代で御影が一番強いのだ。
他国から野蛮と言われることはあるが、しかし種族として最も血の気が多い類なのだから仕方がない。むしろ、まともに国になっているだけ大したものだと、亜人氏族が集まった≪連合≫を見ていて思う。
だから、姫であり続けるためには強くあらねばならない。
混血故か、通常の鬼族では発現しない属性・系統に恵まれ、本来劣化するはずの純粋膂力も純血には劣らない。むしろ、鬼族には稀な系統はこれまでになかった術を身に着けることができた。
王位を求める理由はいくつかある。
一つはまず母の為。
鬼族の国にあって、人間の妾というのはどうしたって浮いてしまう。
王の妻の一人ではあるため、というかそもそも種族が理由で迫害ということはないが、それでも御影が頭角を現すまで立場としてはかなり弱かったという。
一つは父の為である。
王という立場はあれど、父と娘として愛情を注いでくれた。
幼いころは御影の立ち入りが良いものではなかったから時間は取りにくかったが、強くなり発言権と存在感を高めていけば時間の共有も取れるようになり、稽古も付けてくれた。
一つは民の為でもある。
混血なれど王族。角の美しさこそが最も美意識として問われる鬼族の姫において生まれつき片角なれど王族である。
加え、鬼族の女性は背が小さく肉付きが薄い方が好まれる。
貧しい方がいい、ではなく持ちうる力を小さな体に押し込めることこそが雅という文化があるからだ。その点、背も高く、胸も尻も大きい御影は醜くはないが愛される容姿ではない。
全く胸も尻も身長ももっと薄かったらよかったのに。
民からは出自と容姿相まって良いように思われなかったのも知っている。
だが、それも御影が今の皇子皇女で最も強くなったら何も言わなくなった。
現金な連中だとは思わない。鬼族とはそういうものだから。
王族として彼らを率いる責務は自分にあるのだから。
結局、鬼族において戦闘力こそが最も重要視されるのだ。
だから、力を示さなければならない。
20年前の≪大戦≫以降、最も発言権が大きく、最も優れた≪王国≫の出身国を問わない≪魔法学園≫に主席で入学することは名誉であり、未来への展望の明るさを意味する。
身分を問わず学びたい意欲があれば入学可能であり、そこから上位成績で卒業すればどの国でも将来に困らない。
各国王族も多く通っており、帝王学や政治も学べるのだから大したものだと思う。
そして御影は入学試験で最高成績を修め、主席で入学する―――はずだった。
「―――感謝する、全霊の果し合いを受け入れてくれて」
目前の少年が現れる前までは。
学園に8種ある演習場のうち、もっともオーソドックスな第一演習場。
円形のフィールドに石造りの観客席があるコロシアムだ。
学園制服ではなく、戦闘装束を纏い、自身の得物を担いで「彼」と向かい合う。
装束は母自ら織ってくれたもの。
戦斧は入学祝いに、父自ら鎚を振るい打ったもの。
隻角に収まる角輪は姉の贈り物だ。
特徴の薄い少年だと思う。
≪王国≫では珍しい、≪皇国≫ではポピュラーな黒髪黒目。身長は170を超える御影とさほど変わらない。
主席や次席、成績上位者等々全てが決まってから現れた少年だった。
ねじ込まれた形になるが、彼の推薦者は前年に引退したばかりの学園長。≪大戦≫で猛威を振るった翁の推薦ともなれば学園は拒否できず、彼自身の特異性から主席が確定していた。
「君が主席となったことに、実はさほど異論はないんだ。挑んでおいてなんだけどね」
薄く笑いながら告げれば「彼」は困ったように首を傾げた。
「いや本当だとも。前学園長は英雄であり、大いなる力を持つ。そんな彼が認めたのなら主席入学という点では拒否はしまい。現学園長始め、教師陣が納得するのならば学ばせてもらう立場の私にはそれを受け入れるのみだ」
観客席、見ている者はさほど多くない。
本来予定だったエキシビションマッチは、言い方は悪いが台本ありきの様子見。対してこれは全力で行う私闘だ。故に教師陣と、一部許可された入学者と在校生のみ。
己の言葉に頷くものもいれば、納得してないものもいるだろう。
だが、今はそれを確認する時ではない。
「だから」
大戦斧―――≪伊吹≫を構える。
「証明してくれ。今後、君が私たち学ぶ者の筆頭であり続けるにふさわしい者であるということを」
彼は、一度目を伏せた。
そして、一度長く息を吐き、右拳を握りしめ。
期待に応えます、と。決して大きくはない声量で、しかしよく通る声で言った。
特徴のない長剣を左手で握り緩く構える。
悪くない。
なんとなく自分に対して、だけのようには見えなかった。
御影が父母や民の為に斧を握る様に、彼も誰かの為に剣を握るのだろう。
そういう相手と戦うのは好きだ。
唇が歪むのを自覚する。
発達した犬歯がむき出しになり、角が疼く。
「――――やろうか、少年」
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