帰り道の婚約
惣山沙樹
01
今日も
俺よりかなり背の低い沙世と、横並びに歩道を歩いていると、彼女はこう言った。
「
「また?」
「だってボク、お腹すいたんだもん」
沙世は一端立ち止まり、制服のスカートをふわりと揺らしながら、俺の目の前に立ちふさがった。
「ねえ、悟。お願い」
そんな風に上目遣いでねだらなくても、俺は拒否なんてしないのに。
「いいよ、その代わり、安いやつな」
こうして下校時の買い食いが癖になってから、小遣いの減りが早い。
「やったぁ!」
沙世が飛び上がると、癖のあるおかっぱの毛先もぴょこんと跳ね上がった。俺は財布の中身を頭の中に思い浮かべた。
再び並んでコンビニへと歩く道中、俺は沙世に話しかけた。
「肉まんにしようか。確か今週、十円引きなんだ」
「ボクは構わないよ。っていうか悟、よく知ってたね?」
「たまたまCMを見たんだよ」
バイトが禁止されている高校に通っている以上、たった十円だろうと倹約したい。そうした思いを知ってか知らずか、沙世はこう言った。
「悟って、いい旦那さんになりそうだよね」
「はいはい」
毎日連れ添って帰宅しているせいで、俺と沙世は周囲から付き合っていると思われがちだ。実際は、違う。
大体、俺には異性を好きという気持ちが分からない。かといって、同性が好きなわけでもない。男同士のやらしー話、とかに俺だけがいつもついていけない。初恋なんかも、したことがない。
そんな俺はきっと、変わり者なのだろう。だから、同じように変わった奴と仲良くなってしまったんだろう。
「良かった! 肉まん、残り二つだよ!」
コンビニに着くなり、沙世が大声でそう叫ぶので、店員さんに笑われてしまった。恥ずかしいが、彼女とずっと一緒に居ると、こうしたことに慣れてきてしまったのも事実である。
肉まんを買った俺たちは、近くの公園へ行き、ベンチに腰をおろした。沙世はぱくりとそれに噛みついた。
「あー! 生きてるって感じ!」
沙世は何かを食べるとき、たまにこんなことを言う。お昼のお弁当も美味しそうに食べるし、本当に食事というものが好きなのだろう。
好き、といえば、沙世は俺のことをどう思っているのだろう。特にそれについて聞いてみたことは無い。このときなんとなく、それが気になった。
「なあ、沙世」
「なーに?」
「沙世って俺のこと、好きなのか?」
「うん! 好きだよ!」
なんともあっさりした返事。俺は拍子抜けした。そうか、好きなのか。
「でもね、ニンゲンとして好き、って感じかなぁ? ボクって、彼氏とか彼女とか、よく分かんないんだよね」
「俺もだ」
「そっかぁ。ボク、小学生の頃からね、コイバナとか興味なくってさ。沙世ちゃんって変わってるね、ってよく言われてた」
自分と沙世が同じ考えを持っていたことに、俺はどこか安堵した。その途端、どこにでもあるコンビニの肉まんが、ひどく美味しく感じられた。
俺たちはしばらく、無言で肉まんにかじりついていた。ふいに、沙世が言った。
「ねえ、悟」
「なんだ」
「結婚しようか」
「ぶふっ」
俺は肉まんを喉に詰まらせた。沙世はおろおろと手を振り、俺が咳き込み終わるまでずっとあたふたしていた。
「ご、ごめんね?」
「おい沙世、結婚ってどういうことだよ」
「お互いさ、大人になって、誰のことも好きになれなかったら、結婚しようかってこと」
「なるほどねぇ……」
それは悪くない話だと思った。沙世のようなニンゲンと一緒に住み、互いの世話を焼くというのは、退屈しないで済みそうだ。俺は彼女に大事なことを尋ねた。
「大人になって、って何歳のときだ?」
「んーと、二十歳じゃ早い? じゃあ、三十歳!」
「平均初婚年齢がそれくらいだもんな」
「ヘーキン……なにそれ?」
「気にするな」
説明が面倒なのでそう言ったら、沙世は本当に気にしなくなった。そして、続けた。
「三十歳になるの、楽しみだね」
「そんなに?」
「うん。だってボク、誰のことも好きになれないと思うの。恋愛なんてできないよ、きっとこれからも」
「それは俺も同じだ」
二人ともの手から肉まんが消えて、俺たちはベンチから立ち上がり、ゴミを捨てに行った。
そのまま帰路に着いても良かったのだが、さっきの約束の内容をもう少し詰めたくて、元のベンチに座り直した。
「親への紹介、もう済ましとく?」
そんなことを沙世が言ったので、俺は反対した。
「いや、ダメだ。もしかしたら、好きな人ができるかもしれないだろ? そのときどうするんだ?」
「ボクはできないから大丈夫!」
「とにかく親はまだ早い」
「そっかぁ」
沙世は暮れゆく空を見上げた。そして、ネコのようにしなやかな足をぷらぷらさせながら、ため息をついた。
「ボク、悟のご両親に早く会ってみたいのに」
「そうなのか?」
「だって、いい人そうだもん。いつも話してるじゃない」
確かに、沙世には家族の話をよくする。一人っ子だから、父母のことだが。逆に、彼女の家族のことはあまり知らない。
「沙世の家族はどんな人たちなんだ?」
「ママは忙しいからなぁ……。最近ちゃんと話せてないや」
そうして、俺は沙世が母子家庭であることを知った。彼女が物心つく前に父親とは離別し、それ以来会っていないらしかった。
「結婚したら、うちの親父が義理の父親になるな」
「それいいね! パパがいたらどんな感じなのかなーって、ずっと気になってたの。やっぱり、早くご両親に会いたいな」
そう言って沙世は自分の手を組み合わせ、リズミカルに左右に動かした。まったく、こうやってすぐ態度に出るんだから。
しばらくすると沙世は動きを止め、急に真面目なトーンで語り出した。
「それにしてもさ。面倒だよね? オトコとかオンナとかって。なんで性別が二つに分かれてるのかな? いちいち面倒だよ。オトコノコだから、オンナノコだからって」
「まあ、俺が男で沙世が女だから、簡単に結婚できるっていうのはあるぞ。日本は同性婚が認められてないからな」
「まーた悟は難しい言い回しするんだから。そうだ、結婚したら、そういう難しいことは頼んだよ!」
そんなに難しいことを言ったつもりは無いのだが、沙世にとってはそうらしい。俺は意地悪っぽく、口の端を歪めながら問いかけた。
「じゃあ、沙世は何をしてくれるんだ?」
「ボク? そうだな、料理は頑張るよ! 悟にはお腹いっぱい、食べさせてあげる!」
「そいつは楽しみだ」
三十歳になるまで、あと十五年。今まで生きてきたのと倍の時間。果たしてそのときまで、俺たちは誰のことも好きになれないのだろうか? もし、好きになったとしたら?
「沙世」
「はぁい」
「誰かのことを好きになったら、隠さずきちんと言うんだぞ?」
「うん、わかってる。悟もだよ?」
「もちろん」
バカな約束だと、他の人に笑われるかもしれない。それでも、俺と沙世は、こうして婚約した。
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