Sid.14 夜逃げ母親と幼女の扱い
家の中が少々慌ただしい。
乃愛には極力悟らせまいと思うも、俺の動揺もあって何かしら、問題が生じていると認識しているようだ。
母さんも憤りを隠せない感じだし。
父さんが帰宅すると「乃愛を連れて部屋に」とか言われる。聞かせたくないんだろうけど、すでに雰囲気で察してると思うぞ。
「乃愛のことなんだから、省かず聞かせてもいいんじゃ?」
「聞いても整理できないだろ。理解も難しいだろうしな」
「でも、当事者」
「ぱぱ? どうしたのぉ?」
俺の隣に座っていたが、膝の上に座り直す乃愛。見上げて少し不安そうな表情だな。背を預けていたけど、向きを変えて抱き着いてきてるし。そして胸を刺すひと言を。
「のあ、へーきだよ。ぱぱがいるから」
幼いながらにも状況を理解してる?
父さんも母さんも辛そうな表情になってるし。
「自分のしたことを理解してないな」
「子どもにとって親の存在が、どれだけ大切かなんて、分かって無いんでしょ」
「まあ、あの子の親もまた、子に愛情を注げなかったんだろう」
この手のことは、親から子へと連鎖するらしい。それを断ち切るには、きちんと愛情を注ぎ温かい家庭を経験させること。施設に入れても結婚すると繰り返してしまう。施設では愛情を過不足なく受けるのは不可能。集団生活の術は学べても、親の愛を知らないのだから、当事者が子を儲けた際に、どう愛情を表現すれば良いのかも分からない。
だからこそ、養子縁組で家庭に迎え入れるのが良いのだが。
「通常の手順通りにすると、うちで乃愛を引き取れないしなあ」
「じゃあ、家庭裁判所で審判」
「児相とかに相談したら引き取られるし」
家裁の審判も一筋縄では行かない。子を育てるに相応しい環境であること。この点では問題は無いはずだと言う。俺がすでに居て、それなりに真っ当に育ってる。しかも乃愛に対しての愛情もあれば、自覚も持ち始めたこともある。兄として申し分ないだろうと。
経済的にも不動産経営にプラスして、父さんが仕事をしているから、他所より裕福であることは確かだ。
養子を得る動機にしても、ここまで世話してきて施設送りは、どう考えても理不尽。子のことを考えてない。だから引き取るってのも立派な動機だろう。
「その前に池原の両親に連絡をした方がいいな」
「引き取らせるの?」
「本来はそれが筋だ」
「それでいいの?」
父さんは本来あるべき姿をまず考えるようだ。母さんはうちで引き取る気満々。
「まずは夜逃げした母親に変わって、許可を得る必要もあるだろ」
「ああ、そう言うことね」
引き取る気が無ければ、養子として迎え入れる。そのためにも許可は必要。逃げた母親からは口頭でのみ許可はもらっている。でも、それだと家裁では通らない。文章にしたためて効果を得る類のものだからだ。
現状だと、ただの誘拐。
まずは手順を踏んで池原の両親に電話するようだ。その後、きちんと手続きを踏んで許可を得る。
それを済ませないと家裁に審判請求もできない。
「特別養子縁組の同意書だな。乃愛はまだ未成年者だから、法定代理人による同意を得る必要もある」
法定代理人は親なのだが、その親は居ない。となれば池原の両親になるわけで。
すべきことは多く、それをすべてやっても、養子に迎え入れるのは難しい。日本はとにかく煩雑で複雑な手続きが必要。これも理由あってのことだろうけど、本気で子どもの幸せを願っての制度なのか。
この状況を見て疑うなら、司法もどうかと思うけどな。
父さんが、まず電話で母親が逃げたことを伝え、乃愛を引き取る意思があるか、それも確認しているようだ。
電話口の雰囲気からは、引き取る意思も無さそうだ。薄情だな。だから娘も薄情者になるんだ。
電話を終えた父さんだけど憤慨してるし。
「なんだ、あの両親は!」
親の反対を押し切って一緒になり、あげくできちゃった婚で、しかも犯罪者の子なんて要らないと。熨斗付けてくれてやる、だそうだ。
確かに池原の元旦那は知能が虫レベルの犯罪者。けどさあ、孫が可愛いとか無いのかよ。
同意書は必要だから行く、と伝えると、勝手に引き取ってくれていいとか。
養子手続きに必要な書類は、ひとつも欠けることなく必要だと伝え、後日池原の実家に行くことになったらしい。
「親もまた無知が過ぎる」
「だからでしょ。無責任な娘になったのも」
揃って憤慨してるし。俺もめちゃ腹立った。殴っていいと言われたら殴り倒すぞ。
とりあえずの方針は決まり、必要書類が揃い次第、手続きに入るそうだ。
「蒼太。乃愛をお風呂に入れちゃって」
もうそんな時間か。
乃愛の手を引き風呂に。さすがに目の前でいろいろあると、自分のことだと認識するんだな。まだ四歳だってのに。
これが心の傷になって一生残ったりとか。それだと可哀想すぎる。
風呂から上がり乃愛の髪を乾かしてる間、どうしても気になるのが、うちで引き取れるのかどうかだ。
「乃愛はずっとうちに居たいか?」
「ぱぱといっしょがいい」
「そうだよな。俺も乃愛と一緒がいいぞ」
愛らしい笑顔を見せるとな、大切にしようって気持ちが強くなる。
当事者の意思を汲むのかどうか知らんけど、父さんの言ってることからすると、それも容易じゃないんだろう。子どもの意思なんて幼児だと尊重しない。それで本当に幸せを得られるのかよ。
杓子定規に法に従うだけで、それならAIでもできる仕事だろ。感情が入り込む隙も無いならな。
裁判官も役人も全部AIに置き換えできるっての。公務員の数を一気に減らせるな。真っ先にやりゃいいんだよ。どうせ感情は不要なんだから。
この現状が法治国家の姿だとすれば、これほど冷徹なシステムは無いな。
こんな幼児ひとり幸せにできない国って。
また抱き締めちゃっただろ。哀れすぎて。
「ぱぱ?」
「ずっと一緒だ」
「うん、いっしょだよ」
「だよな」
ああ、そうだ。将来の目標に司法関係もあっていいかもな。血の通った司法って奴を目指す。今の司法は機械と一緒だ。きっと裁判官には熱い血潮じゃなくて、オイルが流れてるんだろうよ。しかも新しいオイルと交換しないで、古いオイルに継ぎ足し継ぎ足し。だから結論が過去の判例主義に則るんだよ。
でもあれか、政治家じゃないと法改正できないんだっけ。
だとしたら政治家? でもなあ、あんなのやる気にもなれないし。政党に所属した時点で、自分のやりたいことなんてできないだろ。
それができる頃には年食いすぎて、道半ばなんてことにも。
無所属じゃ、それこそ力が無いから、居ても居なくても一緒。
誰のための政治なんだか。
乃愛を寝かし付け、リビングに行くと、まだふたりとも神妙な表情だ。
「乃愛は寝かせたのか?」
「寝てる」
「お前の意見も一応聞いておこうか」
答えは一択。他の選択肢は無い。
「乃愛をうちで」
「まあ、そう言うと思ったよ」
「蒼太に任せて正解だったね」
いずれ、こんなことが起きる、そんな予感はしてたそうだ。
だからこそ、家族が全て意思を同じくし、乃愛を全力で守れるようにと。そのために必要なことだったとかで。
最初は面倒臭いだけだったけどな。今はすっかり乃愛が居て当たり前になってる。
「今はあれだな。乃愛の居ない生活はちょっと」
「少し過剰なほどに入れ込んだのは、想定外だけど」
「そのくらい強い愛情が無いと、他人の子なんて面倒見れんからな」
軽く話をして俺も寝ることに。
ベッドに潜り込む際には、起こさないよう慎重に。ベッド、もう少し大きい奴がいいなあ。これだと乃愛が成長したら狭い。い、いやいや。いつまで一緒に寝るつもりだっての。
こんなのは小学校に入ったら、ひとり部屋を与えて自立させるべきだよな。
まあ、母さんもその辺は考えてるんだろう。
すやすや、その言葉通りに寝入る乃愛。
名前に愛とあっても親の愛を受けられない子。どんな気持ちで名前を付けたんだか。
週末の予定だけど、どうするか。乗り気じゃなくなった。
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