Sid.5 少しずつ変化する幼女だ

 四歳になった。

 すでに幼稚園に通っていることから、手間が掛からなくなってきた。

 はずなんだけど。


「週に二回は変わらんのか」

「夜の仕事で、ストレスがピークに達してるみたいだからねえ」

「辞めて昼の仕事にすりゃいい」

「学歴の壁があるの」


 アホだ。高校くらいは出ておけば、最低限の仕事はあったはずなのに。

 中卒なんて、どこに行っても使えないと判断される。最低が高卒。平均を目指すなら大卒は必須だろうに。

 まあ、低学歴だからこそ、DV夫なんかと一緒になるんだよ。つまりバカ。


「俺も大学入試が控えてる。予備校にも行きたいし」

「受験テクニックだけ学ぶのが予備校でしょ」

「それだけ上位校は入るのが厳しい」

「入学したら何の役にも立たないのに」


 金だけ掛かって、後に役に立たないテクニック。そんなもののために、大枚叩いてどうすると言われたけど。

 三流大で良ければ、予備校に行かずとも入れる、と言ったら。


「それでまともな会社に就職できるの?」

「無理だろうな」

「予備校に行かずに上位校」

「無理だっての。競争激しいんだから」


 母さんは女子大だったらしい。偏差値は高くない。だからか楽に入れたとか。

 名前を書けば入れる、って言うほどにアホな大学じゃなかったそうだが。それなりのレベルにはあったとか。


「あんたもやればできる」

「無理」


 三流卒と一流卒では就職時の選択肢の多さが違うからなあ。

 やっぱ予備校は行った方がいい。乃愛の世話なんてしてたら、確実に落ち零れる。


「ってことで、もう四歳だし母さんが」

「あんた、まだ愛情持てないの?」

「四歳児に愛情なんて持てるかっての」

「薄情」


 父親と認識してる子を引き離すのか、とか言われてもな。

 俺の青春を食い潰すガキでしかない。未だに彼女すらできてないし。無理に作る気は無いけど、せめて童貞くらいは卒業しておきたい。「やらはた」なんて言葉もあるみたいだし。

 そんな負け組の強がりみたいな状況は嫌だ。

 しかし、俺の生活の中心に乃愛が居る状況だし。奉仕する相手が違う。


「童貞卒業したいの?」

「あのなあ」

「だったら池原さんに頼んでみたら?」


 疲れ切った面を晒してて、とても相手にする気になれん。しかも元DV夫と比較されそうだし。バカな奴でもテクだけはあったり。対して俺は童貞。へたくそだとか思われたら嫌だしな。

 じゃねえよ。


「なんで池原さん」

「若い子とできれば元気も出るでしょ」

「母さんとは違うと思うぞ」

「じゃああたしで卒業」


 気色悪さもここに極まった。


「死んだ方がましだ」

「あんた、失礼だね」

「親で卒業なんて狂気の沙汰だっての」

「そうだけどねえ」


 本当にそう思ってんのか?

 とにかく、乃愛の世話をしてると彼女すら作れん。


「そろそろ母さんにバトンタッチで」


 手も掛かりにくくなってるし。ただ、なんでも疑問を呈する頃だ。相手にするのも面倒臭い。


「ちゃんと面倒見なさい。必ず先々役に立つから」


 母さんはすでに子育ては終了間近だとか言ってる。俺を大学にやれば晴れて、子育てから解放されて肩の荷が下りるとも。

 余生を謳歌するんだとか言ってるし。余生ったって人生百年時代に、残り何十年謳歌する気だよ。


 そしてなぜか、池原さんは土曜日を完全休養日にしてる。金曜の夜から日曜日の朝まで、うちで乃愛を預かることになってるんだよ。

 甘え過ぎだろ。人の善意に付け込んで。

 やっぱ夫婦そろってろくでなしってことだ。


「許してていいのか?」

「子どものことを考えるとね、たぶんきちんと向き合えないから」


 そうなると不幸なのは娘だそうだ。週一日でも完全に自由にさせることで、子どもに向き合えるようにするのだとか。

 ここで自力で育てろと言ったら、まず娘に対して愛情を注げないだろうって。


「若いし覚悟も無く計画性も無かったんでしょ」


 加えて元旦那は無職のDV夫。子どもを愛せるとは思えないそうだ。

 少なくとも高校生くらいになるまでは、サポートが必要じゃないかって。とんだ慈善事業だな。


 金曜日。

 乃愛がうちに預けられる日だ。

 家の少し先に園児の送迎バスが停車するから、そこまで迎えに行くのも俺の役割。俺は学校があるから、延長保育で遅い時間にしたそうだ。余計なことを。お迎えくらい母さんがやりゃいいのに。

 送迎バスが来て停車すると、先生に連れられ乃愛が降りてくる。


「ぱぱぁ!」


 送迎バスから降りると同時に、俺に向かって駆け寄る乃愛が居る。

 そして抱き着いてくるんだよ。その光景を微笑ましい表情で見る、幼稚園の先生だ。


「さようなら。また月曜日にね」


 先生に言われて会釈をする乃愛だ。

 でだ、俺を見て微笑む。その笑みが意味するものはなんだ? 俺は本当の父親じゃないぞ。勝手にパパ呼ばわりされてるが。

 バスが走り去ると家に入り、まずは手洗いうがいだ。

 済むとリビングのソファに腰掛け、今日の幼稚園での報告をしてくる。ソファに腰掛けてる姿はあれだ、でかいぬいぐるみが転がってる感じだな。


「きょうはね、おはなしたくさんしたの」

「そうか。それで?」

「はなちゃんとぉ、いちかちゃんとぉ、おはなししたのぉ」


 何の話をしたのか聞いてるんだが。親に似て頭のできは良くないのか。


「どんな話をしたんだ?」

「あのねぇ、すきなひとぉ」


 マセガキ。


「乃愛は居るのか?」

「ぱぱ」


 要らん。まあ、幼児だし身近な人を好き、なんて思うんだろう。俺くらいの年齢が思う「愛」や「恋」じゃないな。親を好きだと思う気持ちと同じだろう。

 じゃなきゃパパなんて呼ばれたりしない。


「ぱぱは、あたしのことすきぃ?」


 いや。そろそろ手を切りたい。と素直に言えないんだよな。言ったら泣き喚きそうだし、子どもだから純粋な気持ちで聞いてるんだろうし。


「まあ好きだな」


 こら、首傾げるな。


「あんたねえ、子どもだからって舐めた返答してんじゃないの」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「ちゃんと気持ちは伝えなさい」


 面倒な。


「えっとだな。乃愛のことは大好きだぞ」


 だから首傾げるなっての。


「気持ちが籠もって無いからでしょ」


 マジ面倒。


「俺も乃愛のことを好きだから、思いっきり甘えていいんだぞ」

「ぱぱぁ!」


 両手を広げて迎え入れる体制を取る。

 これで騙せたか? しっかり抱き着いてくるし。抱き着いてきたら腕を回してやる。腕の中で嬉しそうな笑顔を見せる乃愛だな。

 まあ、こうして見ると子どもだから、たぶん可愛いと思うんだろう。今ひとつ、そう思えない俺が居るけどな。


 夕飯になると、以前と違ってしっかり自力で飯が食えてる。まあ零すには零すけどな。

 少しずつ成長してるのは分かる。

 けどな、同時に四歳児にも反抗期ってのがあるらしい。時々シカトするし駄々こねるし。

 面倒臭いんだよ、扱いが。


 ただ、風呂に入る時だけは、やたら上機嫌ってのがなあ。


「ぱぱぁ、おふろぉ」


 そう言って俺の手を引く乃愛が居て、母さんに見送られて風呂へと向かう。

 いい加減、別にした方がと言っても無駄だった。どうせだから中学生くらいまで一緒に入ればいいと。楽しめるかもよ、じゃねえっての。

 もう四歳児になると意識するのか、じっと見つめてくるんだよな。股間を。


「ほれ、入るぞ」

「うん」


 入るとやっぱり手が出てくるし。


「駄目だっつってんだ」

「のびぃってしないのぉ?」

「しないんだよ」


 もう何年かこんなことをされてると、いい加減慣れも出てくる。

 好きにさせているときりが無いから、適当なところで風呂の方に集中させる。


「なんでぇ?」

「これはな、大人のおもちゃだ」

「ぱぱのすきだよぉ」

「大人のためのおもちゃだから、乃愛が大人になったら」


 イヤイヤしてみたり、きゃーきゃー喚いて握ろうとしたり。変態も過ぎるな。


「こら」

「なんでだめなのぉ?」

「だから」


 ああ面倒臭い。

 こいつ、徐々にだけど手の出し方が上手くなってないか? 前より握られそうになる確率が上がってる。

 先が思いやられるだろ、これ。


「ぱぱのちんちー!」

「てめこら」

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