Sid.3 それは幼女の玩具じゃない

「ちんち」

「違う」

「ぱぱ?」

「違う」


 乃愛が二歳の頃、会話が少ないと言われた。


「たくさん話し掛けて、興味を持ったものに付き合わないと」


 会話が少ないと子どもが言葉を発しないとか。コミュニケーションは正常な発達に欠かせないとか。興味を抱いて様々な物に触れて行くから、きちんと教えてやるとか。

 知らねえっての。

 こいつが興味を抱いたのは俺の股間だけじゃねえか。


「握るな」

「にぎるぅ」

「引っ張るな」

「ひぱるぅ」


 こいつの将来は風俗嬢で決定だな。

 いつものように風呂に一緒に入ると、いよいよ遠慮が無くなってきてる。

 バスタブ内で後ろ向きに抱っこして入ると、こっちを向きたがり、向きを変えてやると笑顔で股間に手が伸びるし。ねじ込むぞ、そんな笑顔で握ろうとするならば。

 まったく反応しないけどな。ノーマルなようで何よりだ、俺。


 体の洗い方に関しても注意された。


「撫で洗いが基本だからね。間違ってもタオルでゴシゴシしないでよ」


 相手は一応性別上は女だぞ。撫でまわすってヤバくないか?


「肌がデリケートなんだから、あんたと違って」

「母さんはよれよれだけどな」

「まだ張りはあるから。象みたいなあんたの肌と同じにしない」


 誰が象だっての。

 張りとか二十年前の話をされてもな。よれよれしわしわ。

 それにしても。


「撫でるって、なんだそれ」

「しっかり手のひらに泡を広げて、全身優しく手で洗うの。それともあんた、発情するの? 子ども相手に」

「しない」


 幼児相手に発情するようなら俺は首を括る。

 股間に関しては洗いすぎは良くないとか。軽く洗う程度でいいらしい。って股間は洗浄便座にお任せってわけにいかないようだ。手で洗うって快楽に溺れたりしないのか? さすがに幼児だとそんなことは無いのか。

 さっさと自分で洗えるよう、教えた方が良さそうだ。


「頭もゴシゴシやる必要ないからね」


 指の腹で優しくが基本だそうだ。俺と違って臭い脂が滲み出るわけじゃないとか。臭くねえよ。加齢臭が漂う脂ぎった親父じゃあるまいし。

 まあ、体育の授業のあとは、それなりに汗臭いのはあるけど。


 乃愛が最初に覚えた言葉は「まんま」らしい。その後なぜか「ちんち」だったが。

 どこで覚えたのか知らんが、ちんちってなんだと聞いたら、俺の股間を指さしてたな。


「あんたが教えたんでしょ」

「教えたことはないぞ」

「ぶらぶらさせて、これが俺のちんちんだ、って言ったんじゃないの?」


 そんな変態染みたことはしない。あ、でも握ろうとするから、ちんちんは触っちゃダメだ、とか言ったかもしれん。

 すぐ手が伸びてくるからな。それを制するのもひと苦労だ。

 先が思いやられるな。


 日課のひとつに昼寝がある。

 だがこれも寝かしつけるまでが大変だ。徐々に活動量が増えてくると、好き放題動き回り暴れるからな。


「寝ろ」

「やぁぁぁぁ」

「じゃあ、俺と一緒に寝よう」

「ねるぅ?」


 懐かれたらしい。俺と一緒、と言うとわりと素直に言うことをきく。

 幼児サイズの布団。俺が幼児の頃に使ってた奴らしい。まだ保管してたってのが驚きだったが。

 そこに寝かしつけると、数分で寝息を立てる。散々動き回っていれば、疲れもあるのか知らんが、寝入るのが早くて助かるな。


「なんでこんな布団」

「なんかに使えるかと思ったからね」

「普通捨てるだろ」

「第二子も一応、期待してたの」


 そうか。俺に妹か弟ができたかもしれなかったのか。できなかったってことは、父さんの種切れか? いや、さすがにそれは無いか。薄すぎて駄目だったとかはありそうだ。


「なんでできなかった?」

「お父さんに放置されたから」


 よそに女作ってたんだろ。母さんに女としての魅力を感じなくなったから。子育てに集中すると女から母親になるとかで。そうなると男は放置されたと思うようだ。子育ての最中に浮気するのは男の習性だろう。

 口にする気は無いけどな。わざわざ口論の元になることは言わない。


 昼寝が終わると、また遊びに付き合う形になる。


「おうまさん」


 定番と言えば定番。だが、すでに女王様気質が芽生えたか? 将来はS嬢決定かもしれん。

 背中に乃愛を乗せて歩き回るが、膝が痛くなるんだよ。背中ではしゃぐ幼児は我関せずだな。


「お馬さんは疲れたと言ってるぞ」

「やぁぁ」

「お馬さんが足痛いと言ってるぞ」

「やぁぁ」


 くそ。

 すでにS嬢だったか。

 だからケツ叩くな。マジで馬扱いじゃねえかよ。

 立ち止まるとケツ叩いて走らせようとするし。


「お馬さんはストライキ中だ」

「はしるのぉ」

「だから待遇の改善が無ければ走らないっての」

「おうまさん、はしるの、しごとぉ」


 仕事じゃねえ。

 そんなことを繰り返すと飽きたのか、降りてバタバタ室内を動き回り出す。動き回るとコケそうになったり、コケたりして泣き喚くことも。

 マジで手が掛かる。多少知能があっても、まだケモノレベルに毛が生えた程度だ。

 人語を解するとは言え、すべてを理解するわけでも無い。オウムといい勝負じゃねえのか?


 夕飯になり自力でスプーンを持ち、口に運ぶ動作も増えてくるが。


「零してるぞ」

「んん?」


 手掴みとスプーンの両方。当然テーブルの上は零れ溢れた食事で埋まる。


「あんた、食べさせ方下手」

「知らねえっての」

「それでもあんたよりはマシかも」

「なんだそれ」


 俺の時はとにかく汚い食い方だったとか。覚えてるわけ無いっての。あげく食ったものを吐き出して、手に負えなかったとか言ってるし。

 記憶に無いことを今さら言われてもな。

 今はこれでもいいらしい。汚すのも子どもの仕事だとかで。

 食事が終わったら少しは勉強もしたい。だが、寝るまでは解放されない。リビングのソファに腰掛けスマホをいじっていると「遊んでないで面倒見なさい」とか。

 口煩いんだよ。


「蒼太。乃愛ちゃん、お風呂に入れてあげて」


 そんな時間だったか。

 乃愛を風呂に連れて行くが、この時だけは嬉々として付き従う。すでに変態の片鱗を見せているな。間違いなく将来は性欲の権化だ。

 服を脱がせるのだが、まだ上手に脱げないから手伝う。


「ぱぁぱ」

「パパじゃねえ」

「ちんち」

「今はまだしも、もう少ししたらエロ娘確定だから、その言葉は控えた方がいい」


 首傾げてるけど理解するわけも無いか。

 風呂に入りシャワーで軽く流し、そう言えば手のひらで撫でるとか。けどさあ、さすがに少し抵抗があるんだよ。性別は女だし他人だし。これが自分の娘なら、抵抗感は無いかもしれんけど。

 だがやるしかないわけで。

 なんで俺がこんなことを。


「洗うからじっとしてろ」

「ちんちは?」

「無い」


 だから股間を見つめるな。その視線の先にあるブツは、乃愛の玩具じゃ無いんだから。

 しっかりボディソープを泡立てて、腕や足から洗い始めるけど。

 だから、握ろうとするんじゃねえ。


「こら」


 俺を見て、実に物欲しそうな表情だな、おい。股間にばかり執着しやがって。母親も同様の変態なのかもしれない。

 体を洗い始めるとくすぐったいんだろう。体を捩ってキャッキャ言ってるし。それにしても子どもの肌ってのは、俺の肌と違って柔くて滑らかだなあ。けどな、象皮じゃないからな。


「さて、問題の部分だが。じっとしてろよ」


 念入りに洗う必要は無い。軽く流す感じで。

 しかし……これ、傍から見たら俺が変態。しかも幼児の股間を漁るペドフィリアだろ。マジで誰にも言えない経験をしてるんだよ。


「ぱぁぱ」

「話し掛けるな」


 すごい背徳感とあれだ、妙に柔い。先に学校の女子で慣れておくべきだった。未だに童貞なんだよ。

 それとだ、妙に神妙な面持ちになるってことは、その部分がデリケートゾーンって、こんな幼児でも理解してるってのか?

 やっぱ俺がやるべきことじゃ無いだろ。こんなのは母さんがすべきだ。


「ちんちー!」


 言われて気付くその形態。

 まさか、軽くでも反応を示すとは。そのせいかどうか、手が伸びてきて掴まれそうだ。


「こら! これはお前の玩具じゃない」

「ちんち!」

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