第11話 狐の狩り
「ふざけんじゃないわよっっっ!!!」
ガンッ!!!
便座に座り用を足しながら、そのスラリと伸びた長い足でトイレのドアを蹴飛ばすアラサー女が居た。
ハニーブロンドのサイドテール、控えめなバスト、キュッと括れたウエスト、健康的なヒップに太腿、スラリとした御御足。
心眼を極めれば男に見えなくもないと人気だった水泳選手。残念ながら大怪我をして既に現役は引退したが、現役時代にCMに起用されまくったせいでアラサーながらえげつない程に金はあった。
―――が⋯⋯
「ヤンキー!! 挑発してんかってくらいの髪!! 気合い入った釘バット!! なんであんなナリしといてクソ雑魚メンタルなのよっ!!!」
それはそれ、これはこれ。
賭け事が好きな癖にクソ程極まった生来の負けず嫌いな性格とジュニア時代の逼迫した経済状況から、金を失う事が何よりも嫌いなのであった。
そして、大一番(試合限定)以外では運の悪い方な癖に大穴を狙いたがる傾向にあった。
「クッッッソがっ!!」
結果、ハズレ。
それも一番最初且つ開始数分で死んだ。
ワクワクした気分も、ゲーム本編が始まる前のフリータイム数分で無惨に霧散した。
アレに賭けるなんて事をしたイカれたギャンブラーでも流石に楽しむ間も無く殺されるとは思わなかっただろう。
「クソックソックソッ⋯⋯どうする? 二回目のベットは手堅く行くか⋯⋯それとも狙うか⋯⋯」
プロではないギャンブラー永遠の課題、手堅く行くか、デカいリターンを狙うか、全ツッパかの三択が元水泳選手の目の前に現れる(幻)。
鍛え上げられた脚力から放たれた蹴りの痕が残るドアを胡乱気な瞳で眺めながら、今後の展開を考えていく。
「次のベットタイムが来る迄、このイライラした気持ちを抱えながら過ごすのが辛いよォ⋯⋯」
元水泳選手は「次の給料日まであと一週間、財布の中と口座に札は無い状況なんてあの頃よりはマシなのだから耐えるんだ⋯⋯」と、ブツブツ言いながらトイレを出て、部屋に戻って不貞寝をした。
その後、コレと似たような器物損壊事件が同時多発的に数件起こった事が判明し、ついやってしまったという気持ちがわかる運営側の人間がやった者へのペナルティをどうするか頭を悩ませたのはまた別のお話。
◆◆◆◆◆◆◆
荒い息を吐く音に混じった狂気を過分に含んだ笑い声が廃墟を支配する。
鼻を突く濃い血の臭いと漏れ出た排泄物の臭気、埃と黴の混じった饐えた臭いの中、本懐を遂げ終えたばかり女の佇む姿が映ったモニターに会場のボルテージは一気に上がっていた。
『なんと!! 開始約三分で最初の脱落者が出ました!! 勝者へ惜しみない拍手をお願いします!!』
アングラ系イベント専門のベテラン解説者である彼女も驚きを隠せない。今回は全て自由参加となっており、参加者全員拉致してきたゲームよりかは早く殺し合いが起こるとは思っていた。
だがそれでも、復讐劇であり最初から最後まで信念を持って行われた殺人は観戦者や関係者を大いに楽しませた。その裏で発生する阿鼻叫喚は自己責任。
生で見る殺人――それも、仮に作り物だったとしても確実に年齢制限の掛かるスプラッターを見ても誰一人として気分を悪くする者の居ない異常な現場。やはり、一代で、若しくは先祖代々大金を稼ぐような人種はどこかしら精神構造が違う。
どこにでもいる普通の凡人が体験するような娯楽ではもう満足出来ず、かと言って金を持っていても性体験ができるかと言えばひと握りだけ世界。身体が求めて止まない本能を満たせないのならば、それに代わる刺激を求めていくのもまた自然の摂理なのだろう。
『大変な盛り上がりありがとうございます。さて、ここからはまた膠着する時間とお思いの皆様へ朗報でございます。今大会人気ナンバー1のフォックスが! 何と! 他の参加者を補足した模様です!! メインモニターにその様子を映しますのでお楽しみ下さいませ』
会場が割れんばかりの歓声と溜め息が沸き起こった。
◆◆◆◆◆◆◆
7番と書かれた扉から外に出された私は急いでその場から離れた。
逃げるのにお誂え向きな大きな木が犇めく鬱蒼とした森林に思わず笑みが溢れる。初期地点ガチャは私に軍配が上がったようでホッと一息。
でもここで油断してはいけない。私にも都合が良いように、相手側にも都合の良いフィールドなのだから。
「ハァハァ⋯⋯一先ず距離はこれぐらいでいいかな? うふふふふふ、このゲームで勝ち抜けばあんなフィクションを濃縮したような男が手に入るなんて!! さいっこーじゃない!!」
私は中堅のイラストレーター兼同人作家兼コスプレイヤーの梅おかか。由来は好きなおにぎりの具。
本名は
締め切り直前の追い込み明けでハイになっている時に、お気に入りのコスチュームを脱ぐのミスって破ってしまい失意のどん底にいた私の元に届いたこのゲームの招待に応じちゃったの。テヘペロ。
「でも後悔は無いわ。あんなエロフェロモンムンムンの男を手に入れるにはこれくらいの障害なんてあってないようなものよ!! 強請るな奪い取れ、さすればそれはお前のモノよの精神だわ梅おかか!!」
持ち込んだのはチェーンソー。くっそ重くて心折れそうだけど、心強さはエグいから大事に使うの。お前ンなもん使えんのか? と思うだろうけど、ド田舎出身でチェーンソーを使って気を切り倒すバイトをした事があるから素人ではないから大丈夫。
チェーンソーの重みでフラフラになりながら薮を掻き分けて更に奥へ奥へと進んでいく。
奥に行くと一際大きい木と地面からせり出した根を見つけたので、その上に飛び乗って身体を休めていた。
「ふぅ⋯⋯―――ッ!?」
煩わしいSNS社会と締め切り地獄からの解放の爽快感が、肉体と精神にバフを盛りまくり無事に安全そうに見える場所まで辿り着く事ができ、時間にして十分程その身を休められた梅おかかだったが、すぐに周囲を見渡し比較的背の高い草むらの中へと飛び込んで身をかがめた。
「⋯⋯はぁっ、はぁっ」
風にふんわりと乗って香ってきた、血の臭い。
この近くで戦闘もしくは殺人があったと告げる風。
「大丈夫、大丈夫⋯⋯親の顔より見た修羅場明けの腐った梅おかかを思い出すんだ」
締め切りになんとか間に合った三徹明けの屍状態を忠実にトレースし、生き物としての存在感を余すこと無く隠蔽して隠れる。
そして、その現代社会の闇が身に付けさせたと思わせるスキルと、木の根から降りて走って隠れたのではなく飛び込んで隠れたのが良かった。その直後―――
―――カサッ
とても、とても小さな音を、梅おかかの耳が捉えた。
だが梅おかかは動揺しない。締め切りが守れないのが確定してしまった直後に担当から来た催促の電話の音や、「あ、コイツダメだな」と確信している担当が家の扉を開ける音で目が覚めた時の恐怖に比べればこれくらい、全っ然怖くない。
だけど、この相手は人殺し処女をこれ以前からかもだけどパージしてるし、草と枝と落ち葉の中であんな僅かな音しか出さないなんて尋常じゃない。よって、このまま屍継続。
気付いて近付いてくるなら⋯⋯私はチェーンソーウーマンになってド頭カッ開いて脳味噌にゲロチューしてやる。
内心で壮絶な覚悟を決めたものの、敵は周囲を探りながら遠ざかっていった。念の為もう少し屍状態は継続しておく。ふふふふ、私は多分勝ち残れないかもしれない。けど⋯⋯こんな序盤に死ぬのなんてつまらないから頑張って生きなきゃね。
◆◆◆◆◆◆◆
ワタシは現代を生きる侍。
偉大なるご先祖様が興された歴史ある道場の次女として生を受け、
赤ん坊のワタシを一目見ただけで姉よりも才能があると、そう何故か曾祖母に看做されご先祖様の名の一文字を頂いた。今はご先祖様を心の底から尊敬しているし、姉は刀の才能は壊滅的に無くワタシには刀の才能があった為、何も言えない。けど、生まれたての赤ん坊からどうやって才能を見出したのか本気で問い詰めたい。もう死んでるから無理だけど。
因みに歴史ある道場の長女に才能が無いとなると肩身が狭く嫌な思いをしているかといえば全くそうではなかった。
曾祖母が振る才能は無いが扱う才能はあると言っていたらしく、今は研ぎ師として名を馳せている。また若干26歳ながら刀鍛冶としても間も無く独立出来る程の腕前らしくて、逆にワタシの方がコンプレックスを抱いているくらい。
このご時世的に人斬りの技術なんかよりも、人々の暮らしの為に役立つ技術の方が良いに決まっている。ワタシなんて人斬りの才能だけで生産的な活動と勉学は壊滅的だもん⋯⋯
ただそれだけでなく、姉は人格も素晴らしくて次女のワタシなんかの為にその技術を用いてずっと支えていくなどと宣言したのだ。この時はキツかった。姉さん、人生を縛り付けてしまって本当に申し訳ない。
そんなワタシの目的は、姉の婿を勝ち取る事。ただそれだけ。流石にこんな巫山戯たイベントに飛び付きはしなかったけど、銃器無しとのルールを見て参加を決めた。
ワタシの愛刀、姉が丹精込めて研いでくれたご先祖様の愛刀だったと云われる
「婿なんかよりもアンタが大事」と言って、ワタシなんかを泣きながら引き止めていた優しい姉。デスゲームだって説明する前は前屈みになっていたから濡らしてたんだろうけど。
参加表明してしまったらキャンセル不可という事で最終的に折れてくれて、その日から出立の前日迄、この刀のメンテナンスに心血を注いでくれていた。
血を次代に繋げるのなら、絶対に姉の血を残すべき。
ワタシは姉の股から零れ落ちたお精子様を貰って処女受胎をすればいいのだ。
「―――殺気ッ」
姉の事を考えていたら急に背筋が粟立つ感覚を覚える。瞬時に臨戦態勢となり愛刀の鯉口を切り、居合いの構えのまま周囲を探っていく。
「スゥゥ」
一度大量に肺に空気を取り込み、以後は浅い呼吸を繰り返し意識を研ぎ澄ます。
ワタシはバカだけど、本当に戦闘に関してだけは天賦の才がある。そのワタシですら居場所が読み切れない相手とか本当に馬鹿げている。でも、このヒリつく感じは普通に生きていては味わえない⋯⋯楽しい。
「キヒッ」
おっと、危ない。笑うな、冷静になれワタシ。
姉に男を持ち帰るんだろ?
なら、殺れワタシ。
チリチリと肌に突き刺さる殺気が痛くも心地良い。嗚呼、ワタシの生きるべき世界は此処だと確信すると途端に全てがクリアに映りだす。
「スゥ――」
集中が極限に達したその時、これまでどうしても補足出来なていなかった敵の位置を、本能が把握した。
「シッッ!!」
剣は瞬
剣とは速さ
求めるは、神速の一撃
剣を振る事以外、他に何も得意な事がなかった剣士が、初めて剣を握った日からこれ迄、何時使うのかすらわからない技を延々と繰り返し繰り返し行い、正に理想通りの求めてきた至高の一撃が繰り出され――
「ざぁんねん♪ 惜しかったねぇ」
――ソレは、簡単に狐に化かされ不発に終わった。
天賦の才を持つ剣士が悔やむべくは、今回が初の
「⋯⋯ゴボッ」
首が熱を持っている。
何かで深く斬られた。
ダメ、助からない。
嗚呼、無念⋯⋯
「大丈夫、強かったよ、お侍さん」
横一文字の切り傷が付いた狐面を動かなくなった侍の顔へと嵌めながら、強敵へ最大限の賛辞を送る。
終始余裕そうに見えた殺し合いだが、実は紙一重。
神速と神速。
ギャラリーはこのハイレベルな戦闘を殆ど誰も理解出来ないだろう。
だけどそれでいい。
「ふぅ、危なかったわぁ⋯⋯」
背中に冷たい汗をかきながら、狐は次の獲物を探しに森へ消えた。
──────────────────────────────
・人物紹介
25歳 処女 膜無し
梅おかか タレ目 ショート
人気は有るが締め切りが守れないのが玉に瑕でイマイチ売れっ子になれない残念な子
コスプレ会場ではっちゃけている姿が良く目撃されている
おにぎりの梅とおかかが大好き
ナイスバディ
21歳 処女
見た目ロリ 腰くらいまでのポニーテール
産まれた時から剣の才能を見出された天才
剣の才能に全ツッパされていて他は絶望的な可哀想な子
シスコン
ボンキュッボン(寝る時以外はサラシ着用キュキュボン)
29歳 非処女
元水泳日本代表 目を細めて遠くから見るか心の目で見れば男に見えなくもない 楽なのでずっとサイドテール
金に異様な執着を見せる一方でギャンブル狂い
ハイリターンを狙う傾向があり負け続けるが時たま大きいのを当てるので現在までの生涯収支はトントン寄りのマイナス
超絶負けず嫌いで刹那的
典型的女子水泳選手体型
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます