第10話 ストーキング眼鏡
私は一番最初に籤を引いた。たまたま籤を持ってきた人の近くに居たから。
引いた番号は22番と書かれていたのでその番号の扉から外に出される。その退出するあたって説明をもう一度受け、その際に持ってきたらしいボストンバッグを受け取って中身を確認させられた。自分の持ち込み武器と入れ忘れ対策らしい。
中にはちゃんと自分で選んで購入した分厚い鉈が入っていた。全てはアレの脳天をかち割る為に。
ふふふふふ、嗚呼⋯⋯早く殺したいわぁ。
自分のうっとりとした表情が映り込むくらいピカピカの刀身を眺めていると、引き攣った顔の係員から退出を促されてしまった。いけないいけない。
外に出た私は、急いで広範囲を見渡せる木に登って出てくる参加者達の監視を始めた。アレの見た目は独特だから遠くからでもわかる。早く出てこい。私から見える出入口から⋯⋯お前だけは、私の手で、殺す。
他の誰にも譲らない。絶対に⋯⋯絶対にだッッ!!
監視開始から凡そ五分後、特徴的な髪を持つ女の姿を捉えた。
圧倒的僥倖⋯⋯ッッ!!
この展開⋯⋯悪魔的だッ⋯⋯!!
ざわ⋯⋯ざわ⋯⋯と、この時の為に誂えたかのように昇っている木が風に煽られて騒めく。
「降って湧いたかのこの幸運⋯⋯絶対にモノにしてやるわ⋯⋯くふふふふ」
此処に来る前は普通の学生、虐められっ子だったとは思えない身の熟しで木から音もなく降り、ターゲットにバレないよう一定の間隔を空けながら、慎重に後を着いていった。
自分の感覚では大体後、十分。
サイレンが鳴ると共に、太腿に全力でこの鉈を振るう⋯⋯ッ!! アレが持っているのは釘バット。錆びている釘を使っているから気を付けなきゃいけない。
反撃は喰らわないよう気を付けながら、拾った小石をばら撒きながら残った方の脚の膝へと前蹴りを放つ⋯⋯ッッ!!
外せば、負け⋯⋯ッッ!!
反撃を喰らえば、生き残れない⋯⋯ッッ!!
だが、それがいい。
狂気の沙汰ほど面白いッッ⋯⋯!!!
―――不意に一陣の風が草木を揺らした
ざわ⋯⋯ざわざわ⋯⋯ざわざわ⋯⋯と、自然も彼女の復讐を祝福しているかのようだ。
眼鏡スレンダー、一世一代の大博打が今始まる!
◆◆◆◆◆◆◆
怒りでどうにかしていた。ただ怒ってただけなのに、なんでこんな事になってるのよ。
あの時は、本当にどうにかしていただけなんだから帰してほしい⋯⋯
後悔ばかりが募っていく。
精一杯強がって動揺を表に出さないようにしているけれど、あと少しで本物の殺し合いが始まると思うと怖くて怖くてしかたない。所詮アタシは小さい世界の中でイキるファッションヤンキーでしかない。
数日ぶりに見たアイツは変わっていた。まさか、アイツまで参加しているとは思わなかった。
弱々しい容姿とダッサい眼鏡と美しい髪はそのまま、目だけが異質な光を宿していた。
あの目がアタシを睨んだ瞬間⋯⋯情けないけど震えてしまった。絶対に、アレはこのイベントの最中に私を殺しにくると確信させれた。知り合い⋯⋯それも好きな人が参加していて嬉しいと思ったのは一瞬。その後は恐怖と後悔しかなかった。
アレは手足が捥げかけていようが、臓物がはみ出していようが、致命傷を負っていようが、命が消える瞬間が来る前に絶対、這いつくばって血反吐に塗れながらアタシの前に現れて、アタシを殺しにかかる。
何でアタシはっっ!! なんでアタシはあんなヤり方しか出来なかったのかっっ!! ⋯⋯あの日からずっと後悔している。
わかってる!! わかってるよ!!
処女特有の好きな人にちょっかいを掛ける馬鹿なクソガキムーブをカマしてただけって事は!!
でもさ!! 生き方も、タイプも違う相手に、クソレズガチ処女でコミュ障のアタシがどうアプローチすれば良かったのよ⋯⋯
ざわ⋯⋯ざわざわ⋯⋯
「ひうっ」
風が吹いただけでこのザマなんだよ⋯⋯どうすればいいのよ⋯⋯助けてよ⋯⋯許してよ⋯⋯
持ち込んだ釘バットを必死に握り締めながら、落ち着ける場所を探す。お願い良い場所見つかって⋯⋯お願い⋯⋯
ヤンキー女は自然と駆け出していた。
心細くて、怖くて怖くて怖くて怖くて⋯⋯その場から人目につかない場所へ向かって逃げ出した。
恐怖からも好きな人からも逃げるように、恥も外聞も無く、死に物狂いで走って逃げる。枝が肌を掠めて血が出るが構わず走る。
この突然の奇行には追跡していた眼鏡スレンダーも驚きを隠せなかったが、素人でも一目でわかる痕跡を残してくれていたので苦もなく追跡を続けられた。
走って、走って、走って、走り抜けた先に偶然廃屋が見つかった。
雨も風もギリギリ凌げるだけ、辛うじて元住居とわかる荒廃っぷりだが、中の状態を即把握出来る状態ではなく、隠れられる場所だけは沢山ありそうと判断して即入居を決めたヤンキー女。
普段ならば足を踏み入れるのを躊躇うような場所へ、救われたかの様な表情で侵入っていったのがとても痛々しい。
僅かばかり遅れてヤンキー女に追い付いた眼鏡スレンダーは、廃屋へと続いている足跡を見てニタリと、嗤う。
―――女が嗤ったのとほぼ同時に
◆◆◆◆◆◆◆
⋯⋯ふふ、サイレンが鳴ったわ。
あのクソは今頃このクッソ汚い廃屋でガタガタ震えているんでしょうね。この場所がお前の墓場になるのよ。嗚呼、楽しみだわぁ⋯⋯
これだけ汚い廃屋、積もり積もった埃や汚れの数々は薄暗くてもわかる痕跡が残されている。多分だけど、もう既に私の存在に気付いているからアレは狂ったように走って逃げた。
ならば⋯⋯静かに移動するなんて面倒な事はしないわ。
ギシッ⋯⋯ギシッ⋯⋯
一歩進む毎に床が軋む。まるでホラー映画やホラーゲームのようだわ。
「―――ッ」
足跡を追って進んで辿り着いた寝室らしき部屋。
こんな近くに居たのね。フフフフ⋯⋯
気配も消せていないし、息を呑む音が丸聞こえよ。
足跡は此処で途切れている。
その先に見えるのは、ボロボロの押し入れ。
当初立てていたプランは殆ど意味無くなったわね。でもこれは相手あっての事だから仕方ないのよ。臨機応変に対応しなきゃ。
でも私のやる事は変わらないのよ。ただ、アレを殺す事。
それだけ。
◆◆◆◆◆◆◆
誰か、来てるッ⋯⋯!!
ジャリッという土を踏みしめる音が、この廃屋の外から聞こえた。
「やだよォ、怖い、怖い、怖い、怖いィ⋯⋯」
お願い、始まらないで!!
棄権したい、帰りたい、あの子に、謝りたい⋯⋯
廃屋の中で唯一確り隠れられそうだったから入った押し入れからは、外の様子は殆ど見えない。
敵から見付からないよう必死に縮こまって息を殺して過ぎ去るのを待つ。
ギシッ⋯⋯ギシッ⋯⋯
中に侵入してきた誰か。そりゃそうだよね、拠点って言うにはボロすぎるけど、屋根のある場所は誰もが欲しがるもの。
ギシッ⋯⋯ミシッ⋯⋯
心臓の音が煩い⋯⋯これ、心臓の音が外に聞こえてたりしないよね? てか、この侵入者は何なの? アタシのように急いでいないんならもう少し静かに動くべきよ。
ギシッ⋯⋯ギシッ⋯⋯
「―――ッ」
今、アタシの居る部屋の中に来てる⋯⋯
お願い⋯⋯此処には何もないから早く出てって!!
アタシの入った押し入れの前で止まった。
「見つけたわぁ♪」
声を出さなかったアタシを褒めてほしい。手に握った釘バットを声と同時に突き出しかけて⋯⋯止まる。
今、聞きたくなかった声が聞こえたから
今、一番聞きたかった声が聞こえたから
この子に殺されるのは自業自得だし、好きな人に殺されるなら満足と云う自分
絶対に死にたくない、好きな人を殺してでも生きていたいと云う自分
楽しそうな、隠された玩具を見つけたような、これまで聞いた事のない弾んだ声。それは⋯⋯とても耳障りが良く、そしてとても残酷な声。
殺される―――直感に従い、狭い押し入れの中で釘バットをなるべく縦になるように、身体を庇うように構えた。
次の瞬間、襲い来る衝撃。
二の腕から肩にかけてを掠めた大きい刃が見えてゾッとした。バットの置き所が悪くて釘の無い普通の木製バットならば、バットと真っ二つにされ、そのまま身体を切り裂かれて死んでいた。
切り裂かれた襖の隙間から覗く、汚泥のような昏さと爛々とした光を宿した瞳が私の姿を捉えていた。
「アハァ♪」
「ヒィッ⋯⋯」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ
今すぐバットを握り締めて反撃しろと脳が命令を下してくるが、身体は恐怖で縮こまるしかなく、頼みの綱の釘バットを握る手は衝撃から来る痺れで言う事を聞かない。
傷を負ってからかなり遅れたこのタイミングで刃物が掠めた箇所が痛み出した。ジクジクと熱を帯びた痛みが思考回路をバグらせる。
「い、いやぁ」
ピエロのような笑みを顔に貼り付けた女が、手に持つ大きな鉈で切りつけてくる。
無意識に上半身を守ってしまって無防備だった太腿に鉈の刃が食い込んでいた。
「あ゛ぁ゛っ」
深く食い込んだ刃が抜けないのか、鉈を左右に振りながら引き抜こうとする眼鏡スレンダー。その顔は狂ったピエロで、跳ねた血で化粧が施されている。
心臓の弱い人や子どもが見れば身体的なダメージがあるだろう。実際、グロに耐性のある観戦者の中にも悲鳴を上げてしまった者が居たくらいだ。
「い゛ぃっ」
埒が明かないと悟ったクレイジーピエロスレンダーは刺さった肉ごと思いっきり手前に引いて、押し入れからヤンキー女を引き摺り出した。
強引に引き摺り出されたヤンキー女は、床に落ちた衝撃と切り裂かれた太腿の痛みで泣き続けるしか出来なかった。傷口が拡がって、断面が良く見えてしまう。夥しい真っ赤な血と時々覗く白い脂肪、裂かれた赤身や筋肉が生々しくて気持ち悪い⋯⋯
だが、復讐心のみで動く眼鏡スレンダーは止まらない。止まってくれない。アタシに付いた深い傷を見て一層深く嗤っていた。
あぁ、死ぬんだ⋯⋯とヤンキー女は悟る。もう痛すぎて何が何だかよくわからない。
頼みの綱の釘バットは落ちた衝撃で手から離れて届かない位置にある。目の前で自分を見下ろす愛しい人は、膝に足を掛けて刺さった鉈を力尽くて引き抜いていた。
「ねぇ今どんな気持ち? ねぇねぇ。私はね、またアナタに会えて嬉しかったよ」
思ってもいなかった言葉に思わず顔を上げて愛しい人の顔を見る。
「えっ? なに? 嬉しかったの? でもごめんね、私はアンタの頭をこの手で、この為だけに買った鉈でカチ割りたかったって意味だから。じゃあね♡」
心底嬉しそうな顔で大きな鉈を振り下ろすのを、全てを諦めた顔で受け入れた。
自業自得だ。
でも、知らない人に殺されるよりはいいかな。
「アタシの事、絶対に、忘れないでね♡」
初めて殺した人として心の中に残り続けられるなら本望だよ。アタシの愛はアンタに届いて心の中で生き続けるね。出来れば、殺した後のアタシの肉を食べt⋯⋯
―――ガヅッ
「ア、アハッ⋯⋯アハハッ!! アハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハッッ!! やってやったわ!! ⋯⋯でもさ、最後に気持ち悪い事言って気分盛り下げてんじゃねーよ!! バーーーーカ!!」
恍惚としながら突如豹変するように不機嫌になる情緒不安定な眼鏡スレンダーは、頭部半ばまで刺さった大鉈から手を離し、落ちていた釘バットを拾ってヤンキー女の骸を殴り続ける。
視聴者は興奮とドン引きが半々で、気が済んだ頃には原型がわからない程損壊したヤンキー女の遺体が残った。
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