守りたいもの

店があのようになったので、メィリィは少し休むことにした。


給与のこともあるし、針子達には既存のデザインのドレスの制作をお願いした。

サイズ違いや配色を変えたものなど差異のあるものを増やしていく。


レナンがメィリィのドレスを採用したことにより、貴族の令嬢の間で人気が広まっているからだ。

リザにお願いし、追加オーダーでの刺繍も受け付けるようにしてもらった。


今は新しいデザインも思いつかず、ショックから立ち直れないメィリィは、自宅にて休んでいた。




「お嬢様、来客です」

先触れもなく、自分に?

今は伯爵である父もいない。

相手にもよるが、自分が応対するしかなさそうだ。

「どなたですか?」

「オスカー=カラミティ伯爵です」




「元気だった?」

今日のオスカーは黒髪の方だ。


真っ黒な髪に服も至って普通、とはいえ格式の高いものだ。


「まぁまぁ元気ですよぉ。それにしてもオスカー様、伯爵様だったのですかぁ」

促されメィリィはオスカーの向かいに腰掛ける。


そう言えば家名も何も聞いてなかった。

務め先からどこかの貴族令息であろうとは思っていたが、伯爵本人とは。


「まぁ領地もないし、あまり意味はないのだけど。でも王太子サマに仕えるには必要だったのよ」


オスカーは出された紅茶を優雅に飲む。


メイドは怪訝そうな顔をしていた。

格好と口調が一致しないので、戸惑っているのだろう。


「入れてくれてありがとね。急に来たから無理かと思ったけど、伯爵様がいないのなら、いつも通りでくればよかったわ」

自分の髪を手で持ち、憮然とした表情だ。


「オスカー様以外にオスカー様という名の方を知らなかったので。今日はどう言ったご用件ですかぁ?」

「店が閉まりっぱなしだから、心配したのよ。店長さんに聞いたら、ずっと屋敷に籠もってるっていうから様子を見に来たの」

「少し疲れてしまったんですの」


店への被害は少なかったかもしれないが、思わぬショックで心が疲弊しきってしまっていた。




強盗の黒幕は同じデザイナー界のものだった。

王太子妃からの依頼を受けたメィリィが、面白くなかったようだ。


「お店、辞めちゃうの?」

「どうしましょうね〜」

メィリィは力なく笑う。

どうしたらいいか本当にわからない。


「今決めなくていいんじゃない?少し落ち着いて進退を決めたらいいのよ」

「そうは言いますけど、皆の生活もありますからぁ。それに、父との約束も。結果が出せなければぁ、条件のいいところに嫁がなければなりませんのでぇ」


ミューズやオスカーが、出資者として資金を出してくれてても、父への初期費用はまだ返せてない。

結果が出せねば、結納金の多いところへ嫁ぐ、という条件で父から借りたのだ。

いくら娘だからとは言っても、お金の事はきちんとしなければならない。


「ならばアタシのところに来たら良いわ」

「はい?」

さらりとオスカーは言った。


「だって勿体ないもの。あの店はそのままにして、暫くは店長さんに任せたらいいのよ。商品に空きが出そうなら、うちの針子やあたしのデザインしたものも置かせてもらうわ。置ける商品がない〜なんてならないよう、体裁は保てるでしょ?婚約者が共同出資するのはよくある事でしょ、今日正装してきたのはそのためもあるわ。あなたの父親、ヘプバーン伯爵に了承を得るために」

ぴらっと書類を出す。


「こちらは…」

「婚約の書類よ、もうアタシの分は書いたわ」


オスカーのものと、オスカー側の証人のサインが既に記されている。


「アタシとだから、普通の結婚生活は出来ないし、強要はしないわ。悪いようにはしないと約束する。数年経って離縁したければ応じるし、それまでの助力は惜しまないわよ」

「何でそこまで…」


メィリィは信じられなかった。




これは自分にとって都合が良すぎる。

いち伯爵令嬢でしかない自分が受けるものではない。


「アタシ、あなたのデザインが好きよ」

オスカーは立ち上がり、メィリィに歩み寄った。


「ドレスへの考えが好き、オシャレなところも好き、アタシへの偏見がないところも好き、そしてあなた自身も、大好きよ」


優しい甘やかす声。


「頑張る女の子は応援していきたい、それが好きな子なら尚更だ。どうか俺と結婚して下さい」


オスカーの手から沢山の花が溢れる。

あっという間に両手いっぱいの花束となった。


メイリィは震える出でその花束を受け取り、微かな声でオスカーに返事をした。



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