ドラゴンベインの英雄
三紋昨夏
【プロローグ】赤竜の一目惚れ
——それは真夏の出来事だった。
唐突で、何ら脈絡もなく、前置きとなる話さえないのだけど、僕はドラゴンの巣穴に迷い込んでしまった。
つまり、絶体絶命の窮地に僕は立たされているわけである。
現実逃避も兼ねて、まず僕の生い立ちについて語ろう。
僕はどこにでもいる
名前はルーファ。
あとちょっとで成人年齢の16歳になる。
身長は低め。成長途中だ。そのせいで遠縁のおじさんから子ども扱いされている。
立派な男子だというのに失礼な話だ。
会う度に幼児向けのお菓子を渡される。
僕が住んでいるのは、アランベール王国の辺境地域にある開拓村ストロマ。
そこで長閑に暮らしている。父さんと母さんも一緒。3人家族の慎ましい生活だ。
父さんは森番を兼ねている猟師。元々は傭兵をしていた。名の知れた傭兵だったと当人は主張している。だけど真偽はかなり怪しい。
父さんの腕前はよくない。仕掛け罠で捕まえた獲物を、クロスボウで仕留めたかのように持ってきている。母さんと僕は、知らない振りをしてあげているけど。
母さんは元冒険者だ。父さんと結婚してからは薬師をしている。
夫婦仲は良好。余談であるが、喧嘩すると母さんが勝つ。
母さんは槍術の達人だ。だけど、迷宮攻略中の大怪我で冒険業を引退してしまった。
現役を退いても腕前は健在。今でも箒の柄で、庭を荒らす猪を撲殺したりしている。
脳天を叩き割られ、鮮血が飛び散った凄惨な光景を目撃した僕と父さんはもちろんドン引き。でも、その夜に食べた
主要街道から大きく外れた開拓村での暮らしは味気ない。
質素倹約の毎日だ。税が安いので飢えはしない。けれど、変化に乏しい退屈な日々が繰り返される。
——僕は都会での生活に憧れている。
僕が生まれる前、父さんと母さんは都市部で暮らしていたそうだ。でも、市民権を持っていなかった。首都近郊の人口増加が社会問題化し、山奥の僻地に移住させられてしまったのだ。
若かりし頃の父さんは傭兵として、いろいろな人に仕えた。商人の護衛をするときもあれば、貴族の私兵だったときもある。
今の領主様、オールドマン男爵と仲良くなったのもその縁。父さんは巡り合わせに恵まれた。
傭兵業を引退した父さんは、仲良くなった領主様から森番の仕事をもらった。要するに森番はコネでの任官だった。
森番は騎士と違って地味な役職だ。だけど、森林の資源を守る立派な仕事だと思う。
それと何よりも定職であること。
傭兵や冒険者と違って安定した収入がある。
食い扶持を得たからか、父さんは都落ちの田舎生活を気にしてない。
傭兵は年老いた後も出来る仕事じゃないから、分かる気がする。やっぱり自由業は老後が不安だ。
冒険者だった母さんも今や立派な主婦。危険な冒険業から足を洗った。
昔を懐かしむことはあるらしい。けれど、田舎の生活に馴染んでいる。不満はなさそうだ。
若かりし母さんはやんちゃだったらしいのに⋯⋯。
年齢を重ねていくにつれて、スローライフを望むようになるのはなぜなのだろう?
結局、浪漫溢れる冒険者の魂は、父さんとの結婚を機に手放したみたいだった。
父さんと母さんが上手に田舎暮らしを謳歌している。その一方で、僕はどうかというと⋯⋯、僻地での生活を楽しめていない。
ここまでが僕こと、ルーファの自己紹介。さて、本題は目の前にいる巨大なレッド・ドラゴン。
——そういうわけで話は冒頭に立ち戻る。
「僕は虫が苦手でさ。ここら辺の山ってすごく大きな虫がいるでしょ? 困っちゃうんだよね」
昆虫は嫌いだった。見た目がとにかく怖い。
カブトムシのような甲虫類も視界にいれたくない。
「吸血蛭と紫ナメクジ、飛翔ムカデとかさ⋯⋯。カタツムリ系は触れなければギリギリ許容範囲かな」
「⋯⋯⋯⋯」
「ああいう生き物は本当にダメなんだ。生理的嫌悪ってやつなのかな? 背中がぞわぞわする。父さんや母さんは気にしてないけど、どういう感性をしてるんだろ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「この前なんて握り拳と同じくらいの蜘蛛が窓に張り付いていたんだ。防虫剤を使っても効果なしだった。はぁ。早く虫のいない冬になってほしいよ。ドラゴンさんは嫌いな生き物とかいないの? 虫は平気?」
「⋯⋯⋯⋯」
巨大な赤竜は黙っている。ずっと僕の退屈な身の上話を聞いてくれていた。僕が出会ったドラゴンは赤鱗の大竜であった。
紅炎色の瞳は微塵も揺らがず、ジッと僕を視ている。
「⋯⋯えっと」
「嫌いな生物はいないな」
「⋯⋯僕の話はすごく退屈じゃない? 続けてもいいの?」
「⋯⋯⋯⋯」
僕のくだらない話を遮ろうとしてこないので、そのまま続けることにする。
「じゃあ、続けるけど、今日は母さんに頼まれて、薬草を探してたんだ。領主様からの依頼で必要になったらしい。この辺の山腹は薬草が沢山採れる。
「⋯⋯それは災難だったな」
「そうそう。そうなんだ。本当に災難だった! やばかったよ。この山って穴だらけなんだね。転げ落ちてる間は『ああ、これ死ぬかなぁ』って思った」
縦穴は茂みに隠れていて、巧妙な落とし穴となっていた。
足を踏み外し、穴の中に落っこちるまで、僕は地面に大穴が開いているとまったく気付かなかった。
幸いにも垂直な縦穴はでなく、急勾配だったので落下死せずに済んだ。
垂直に落下していたら、きっと大怪我をしていたに違いない。
ゴロゴロと転がり落ち、身体の節々をぶつけた。けれども目立った怪我はなく、五体満足で地下の奥深くまで辿り着いた。
なんとか登れないかとよじ登ろうとしたが、砂利で滑り落ちてしまう。縦穴の勾配が急で、地上には戻れなくなってしまった。
落ちた穴から地上に戻るのは無理だったので、僕は別の出口を探すことにした。
「廃棄された古代の鉱山があるとは聞いてた。だけど、こんなに広いとはね。外に出ようと廃坑をさまよってたら、この巣穴に迷い込んだ。事情はそれが全てだよ」
「ほう。そうか」
「⋯⋯⋯⋯えっと⋯⋯うん⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
僕も無言。赤竜も無言。沈黙の時間が続く。気不味い空気が漂っていた。
「そのさ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
赤鱗の大竜は相づちをしてくれた。そして、そのまま黙り込んでしまう。
「うーん」
真紅の竜眼が僕を見下ろしている。
話を続けろということらしい。でも、これ以上は話すエピソードがない。ネタ切れだ。
「そういう次第なんだけど、僕って生きて家に帰れそう⋯⋯?」
この際なのでド直球の質問をぶつけてみる。
竜狩りの時代が始まってから、ドラゴン族は姿を隠した。
竜の逃亡先は人間が近寄れない雪山の山頂などだ。自然環境の厳しい極地のはずだった。
まさか僕が住んでいる村の山に、こんな巨大な隣人がいようとは思ってもいなかった。
「殺す気であったのなら、消し炭にしている」
「僕はまだ黒焦げになっていない。つまり、殺す気はないってことだよね?」
「そうだ。殺すつもりはない」
言質は得た。僕は一安心する。
「ああ、それは良かった。平和が一番。ドラゴンの博愛精神に感謝だね」
「博愛……。ふむ、愛か…⋯。そうだな……。そういうことになるのかもしれぬな。私は貴様に対して、博愛主義者ということになるのだろうな。いや、少し意味合いが違うか⋯⋯」
「え?」
「
ドラゴンの声には不思議な力が篭もっていた。
圧倒的なオーラがあり、弱者を支配する覇気をまとっている。だが、敵意は向けられていない。
むしろ遊ばれているような感覚を覚えた。
最悪のケースを想定していたので、僕は胸をなで下ろす。
ドラゴンの返答は友好的な態度を示すものだった。違うのかもしれないけど、僕は楽観的な解釈をしたい。だから、そう思い込むことにする。
「えっと、お名前を聞いても?」
「名前か⋯⋯。ふむ。名前⋯⋯」
「名前はあるでしょ?」
「無論だ。こうして他人と話すのは
「⋯⋯女性だよね?」
「ほう? 貴様の目では、私が男に見えるか?」
「声を聞いた限りではそうなのかなって……。失礼かもしれないけど、見た目だけだと分からないや。でも、優しそうな目付きをしてると思う」
ちょっと媚びてみた。母さん
「竜体であれば性別の見分けはつかぬだろうな。ドラゴンの姿であるとき、外見上の性差は現れない。本来、ドラゴンに性別はなく、意味もさしてない。だが、人の姿であるときは別だ」
やっぱり、このレッドドラゴンは善良な竜だ。
ちっぽけな僕に悪意を向けてこない。「馴れ馴れしいぞ! ちっぽけなヒュマ族のガキが! 身の程を教えてやるっ!」とか言って
とても温和な対応をしてくれている。
強大な力を有するドラゴンにとって、僕みたいな弱小種族は虫ケラに等しい存在だ。なのに、僕のくだらない雑談に耳を貸してくれている。
(お喋りしたいのかな? 寂しかったり⋯⋯?)
もしかすると、ずっと1人で暮らしているから、話し相手に飢えているのかもしれない。
「ベアトリアさんは善良なドラゴンなんだね。ドラゴン族は粗暴で残虐な種族だって聞かされてた。だけど、違った。実は子供好きで優しかったりする?」
「子どもは好きでも嫌いでもないな。不殺主義でもない。巣穴に入り込んだ侵入者は平等に始末する」
「えっと……殺すのは宝物を盗みにきた人はとかでしょ?」
「理由は関係ない。巣穴を知られれば、竜狩りが現れる。だから殺すしかない。口封じだ」
物騒な発言が
「この山にベアトリアさんが住んでいることは、秘密にするよ。絶対、誰にも話さない。約束する! 僕はすごく口が堅いよ!!」
「白竜大戦で勇者達に敗れて以来、ドラゴン族は世界の敵として追われる立場だ。巣穴を知られたからには⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「私が粗暴で残虐なであるかと問われれば、否定できぬな」
「えぇ⋯⋯。さっきと言っていることが違わない?」
「私は自身の安全を最優先に考えて行動している。これまでもそうであったし、これからも私は変わらぬ」
赤竜ベアトリアは淡々と告げる。
「僕は殺されるちゃう感じ⋯⋯?」
先ほどまでの朗らかな雑談は何だったのだろう。僕は半歩だけ後ずさり、いつでも対応できるように身構えた。
「ほう? 存外に勇ましいな。怯えている様子がない。まるで私と戦えるような心構えを持っているな」
物騒な言動に反し、今のところ殺気は感じない。攻撃をしかけてくる素振りもなかった。
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