空港にて
木村
#001 マイアミ
マイアミに着いたのは深夜一時過ぎだった。予約していたホテルに遅くなったことを
部屋で薄いシャツと短パンに着替えて、ホテルを抜け出す。
この時間でも気温は二十五度を超えているが、湿度が低く、
ボーイに薦められたホテル近くのナイトクラブはとても賑わっていた。ギラギラと
「踊らないの?」
振り返ると、一人の青年がカウンターに
スモークの
彼が慣れた手付きで腰を抱いてくるので、やめなさいと手の甲をつねる。彼はゲラゲラ笑う。彼からは甘苦いタバコの香りと使い古された革製品のような香りがした。少年のように笑う彼には背伸びをした匂いだが、この場所にはよく合っていた。フロアでクラクラになるまで踊ってから、バーカウンターに戻り、
その後彼は聞いてもいないのにお薦めのレストランだとか、夕焼けがきれいに見えるスポットだとか、最近のレジャーを耳元で叫んでくるから、結局三杯奢ることになった。香水を
ホテルに戻り、シャワーを浴びる。自分から香る匂いがいつもと違う。それで、いつもと違う場所にいる実感がわいてきて、すこし楽しくなった。
翌日、ショッピングモールで彼の香水を購入した。トラベルサイズのそれは、旅の思い出に丁度いい値段と重さだった。その後は観光客らしくビーチを散策し、海の匂いをまとい、ビールと
数日の
最後の日だからと彼の香水をまとうと、甘苦いその香りは彼よりわたしに似合っているように思った。すこしはこの街に
空港で土産を買い、
「ドクター、おかえりなさい。休暇は楽しまれましたか?」
空港に着くと、秘書が待機してくれていた。
迎えはいらなかったのにと告げると、秘書は「マイアミから帰ってこられなかったら困りますから」と笑った。それはそうだろう、もっともだ、とわたしも笑った。
秘書に荷物を預けると、不意に秘書がわたしの肩に鼻を寄せた。秘書にしては珍しい
「……ドクターにしては、なんというか……」
旅の思い出だよ、と答えると、秘書は「あぁ……楽しまれたようで……」と
秘書にこれからの予定を聞きながら空港を歩いていると、ふと自分から香るものがひどく異質に思えた。たしかにつけたときはあんなに馴染んでいたのに、今は借りてきた匂いのようだ。タバコのような、革製品のような、しかしどこか甘やかで、汗ばんだ肌を思い出すこの香り。
「わたしには似合わないかな、……甘すぎるね、この香りは……」
秘書の言葉を
この旅の思い出は自分でまとうのではなく、たまに
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