桜色のちょこ
佐々木 煤
第1話
小学生の国語の授業で、2人だけで暮らす兄と妹の話を聞いた。仲良く暮らしていたが、世間知らずのため黄色のトマトを金だと思い周囲からバカにされてしまう。感想を問われて、「ずっと2人っきりで暮らした方が幸せに暮らせたんじゃないか」なんて答えた。けれど、本当はそうは思わなかった。周りの人が優しく受け入れてあげればよかったのに。
「りゅ〜くん、帰りましょ〜」
教室の前扉から桜が大きな声で僕を呼ぶ。クラスメイトはいつもの事だと驚かない。むしろ、桜に話しかける奴もいる。桜は渋谷を歩けばスカウトに会うほど可愛く、知る限りでは半年に一回は告白をされている。けれど、どんな魅力的な誘いにも応えたことはない。
「桜ちゃん、これからスタバ行くんだけど一緒に行かない?おごるからさ」
「えっと…ごめんなさい。知らない人と話しちゃいけないって言われているので…」
「木下だよ!昨日も一昨日も話したじゃん~。」
桜は物を識別する認知能力が欠けている。幼なじみや家族のことはわかるが、同級生の名前は1人も言えないし、シャーペンと鉛筆を間違える。物と名前を一致させるのが難しいのだ。教科書類を鞄に入れて桜に近づく。桜はこちらを見るとにこっと笑った。
「りゅ~くん、今日は公園によってこっ」
「そうだな。木下、いつもごめんな」
「みじめになるからやめろよ。桜ちゃん、また明日~」
軽く手を振って教室を後にする。
桜と僕は幼稚園からの幼馴染みで小学校の頃から毎日一緒に帰っている。恥ずかしい時期もあったが、高校生になった今でも一緒にいるのは罪滅ぼしの意味もある。高校から出ての帰り道、マンションが続く通りに小さな公園がある。子供の頃よく遊んでいた公園だ。
「チョコあるから一緒に食べよ」
桜がベンチに座り、鞄からカラフルな箱を取り出した。
「何のチョコ?」
「わかんないけど、箱が可愛いから買ってもらったの!ね、さくらと同じ色のちょこだよ!」
桜の横に座り、チョコを貰う。フルーツアソートのようだ。ベンチに座ると、交通事故にあった場所がよく見える。
小学生の時、よくこの公園で遊んでいた。桜も含めてドッチボールをして、夢中になって僕は道路に飛び出した。そこへ車がやって来ているのにも気づかずに…。目が覚めたら、病院で寝ていた。ぼーっとしながら起き上がった僕を、両親は泣きながら抱きしめた。そして、桜が僕を突き飛ばしたおかげで軽症ですんだこと、少し様子がおかしいことを話した。今に至るまで、桜の認知力は回復していない。
「さくらのいちご味だった~。これおいしいね!覚えておこ!」
「そうだな、一緒に買いに行くか」
命の恩人で初恋の人の調子が戻るまで、僕は隣にいるつもりだ。
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